ごめんね



 ダーマへ登る途中カンダタと出くわしたその夜、モエギが寝入ってしまうと、下火になった焚火を囲みながらカンダタがふいに切り出した。
「お前、本当に嬢ちゃんのことは何とも思ってねェのか? オレから見りゃあ、結構親しげに見えるンだけどなァ」
 ジャックはモエギの寝顔を見つめた。これでも年頃の女だろうに、口元からはよだれが覗いている。夜もカンダタお手製の干し肉を数枚平らげていた。
「何言ってんだよ。こんなよだれ垂らして寝てる女、恋愛対象じゃねーよ」
「でもよ、お前散々モテねェって連中に馬鹿にされてたじゃねェか」
 手持ちの酒をちびちびと味わいながら、カンダタがにやつく。ジャックは椀を突き出し、憮然とした声で言った。
「……オレだって、女くらいいたぜ」
「へェ? そりゃ初耳だなァ。いい女だったか?」
 なめらかな曲線を描いて注がれた酒を口にすると、一瞬燃え上がるような熱が頭に染み渡った。相当きつい酒だが、昔の女の話をするにはこれくらいがちょうどいい。ジャックは幼なじみの、勝気な表情を思い返した。
「……ああ。気が強くて、そのくせ涙もろくて、自分から甘えたことは出来ないくせに、オレが甘えるとつられて甘くなっちまう奴だった」
「そこまでのろけられるたァ、まだ未練あるんじゃねェか? 今も切れてねェのか?」
 いや、とジャックは首を振った。
「オレが団を抜けた時に黙って行方くらませて、帰ってきた時にゃ頭領の件で色々あってよ……オレから他の男探せって、突き放した」
「そりゃあな。オレたちゃカタギじゃねェから、あちこちで恨み持った奴から狙われるかもしれねェ。その時女なんかいたら、真っ先に弱みになっちまう」
 そういうことで別れを告げたのではないが――ジャックは椀の中の透き通った液体を見つめた。あいつの店で酒を呑むことは、もうないだろう。
「……言えなかったんだよな」
 酒瓶に口をつけようとしていたカンダタが、こちらを不思議そうに見た。
「……どうしたァ?」
 ジャックは椀の中に視線を据えたまま、つぶやいた。
「ごめん、ってよ。あいつが、オレを許したから」
 カンダタはしばらく黙っていたが、酒瓶を突き出すと顎で飲むよう示した。
「わりぃ。……言えても、そのくらいだな」
 自嘲気味に微笑むと、カンダタから瓶を受け取り、一気にあおった。
「……そいつァ、本当にいい女だ」
 カンダタのつぶやきは、焚火のはぜる音に混じり合って、夜闇に溶けていった。



「穏やかな100のお題」より
配布元・シュガーロマンス