愚者の矜持 1



 全身が、消え入りそうな頼りなさに見舞われている。
 何もかもが億劫で、どこもまるで、使い物にならない。木偶の坊とは、まさにこのことだろう。
 血と等しく通っていた魔力も、きれいさっぱり抜き取られた。暗闇に横たわっているかのような虚しさに、包まれていた。
 誰もいない。何もない。
 生きているのか、死んでいるのかすら、分からない。
 成す術が、ない。
 ただひとつ、言えるのは――あの化物を倒しても、終わりではなかったこと。
 最後の力を振り絞って辿り着いたのは、自らの終着点だったのだろうか。
 とんだ結末だ。ふと笑いがこみ上げたその時、すぐ側に気配を感じた。
 頬に柔らかな感触を覚える。懐かしい、ぬくもり。
 誰かのもとへ、やって来られたのか。引き寄せられるように、呼びかけた。
 彼女の、名を。



「……ジャック?」
 ぼんやりとした視界に立つ人物を眺めて、ジャックは若葉色の目をすがめた。
 よく見覚えのある部屋。幾度も目にしてきた光景。だが目の前の彼女は、記憶よりも随分と大人びていた。
 頬からぬくもりが遠のく。彼女は張りつめた表情で、唇を震わせた。
「あんた……気が付いたの?」
 返そうにも、喉がからからに乾いて、息を吸うのも苦しい。
「何で、うちの前に倒れてたのよ。まだ、誰にも言ってないけど……何なのよ、そのぼろきれみたいなの」
 おそらく、焼け焦げた衣のことだろう。倦怠感と分厚い毛布に阻まれ、説明もままならない。どうやら、手厚く寝台に寝かされているらしい。
 差し出された水差しを一口含み、ゆっくり流し込むと、かろうじて声を発することが出来た。
「……また、お前の世話に、なるとはな。リズ」
 彼女――リズは、怒りと困惑がないまぜになったようなため息をつき、所在なげに視線を落とした。
 盗賊団の一員として夜闇を駆けていた頃、傷を負っては彼女を訪ね、この部屋で面倒を見てもらっていた。青い記憶が口端に滲む。
 勝ち気だが、気立ての良い幼なじみの彼女と、一時は恋仲になった。彼女の幸せのために自ら突き放したというのに、おめおめと舞い戻ってきてしまったのか。
 ざまあない。心の中で自嘲する。
「店の方は? 相変わらず、繁盛してるみてえだけど」
 ひとまず差しさわりのない話題を持ちかけると、リズは水差しを脇の卓上に置き、低く問い返した。
「……あんた、今、何が起こってるか、知らないの?」
 怯えた瞳が、固く閉ざされた窓の向こうを見つめる。耳に馴染んだはずの故郷の喧騒は、全く聞こえなかった。



 世界の脅威であった魔王バラモスを討ち、英雄オルテガの息子アルトとその一行がアリアハンに帰還した。
 彼らの功績は、精霊神ルビスを信仰する全ての土地に伝えられた。アリアハンでは日没寸前にもかかわらず、沢山の民が出迎え、彼らを讃えた。
 翌日、国を挙げての宴が急きょ催されることとなった。
 当日は生憎の空模様であったが、どこ吹く風と、城下町では陽の昇らぬうちから準備が始まった。女たちが腕によりをかけたごちそうと、ありったけの酒が振る舞われ、人々は平穏の再来を信じてやまなかった。
 王城では、盛装したアルト一行が国王と対面し、数々の武勲を称され労をねぎらわれた。また、後日世界各国の賓客を招き、大々的な祝典を執り行う、と国王は朗らかに宣言した。
 祝宴の号令として、近衛隊の金管が高らかに響いたその時だった。
 天から降り注いだいかずちが、王城を突き刺し、地の底を穿ったのは――



 空は黒い雲が垂れ込め、夏の盛りとは思えない寒気が押し寄せた。つい先刻まで賑わっていた城下町は、針のように冷たい雨で灰色に霞んでいる。
 アルトは生家の食卓で、呆然と王城での出来事を反芻していた。
 歓びの時を一瞬にして奪い去った、姿形も分からない存在。天地を揺るがすかのような語りかけは、聞く者すべての身も心も凍りつかせた。
 声の主は、大魔王ゾーマ、と名乗った。
「どうなっておるのじゃ……。魔王は、もうこの世からいなくなったのではなかったのか!」
 窓辺に立つ祖父エルガンが、全身を震わせながら杖を打ち鳴らした。
「アルトよ、お前が確かに奴を討ったというのに、何故なのじゃ!」
「お義父さん、気を確かに……」
 今にも崩れそうな祖父を支える母イリアナの顔色もまた、血の気が失せていた。
 隣に腰を下ろしたエルガンが、がくりと肩を落とす。同じ卓に着いているサーラとモエギも、うなだれたまま口を利かずにいた。
 ゾーマが下したいかずちは、その場に居合わせた近衛隊や臣下、下仕えの者たちを軒並み消し炭とした。鼻がもげそうな臭いが充満する中、同席していたソイと国王はかろうじて防御呪文により難を逃れた。
 儂がいる限り、この世界は闇に閉ざされるであろう――ゾーマの宣戦布告は、ようやく成し遂げた魔王討伐を無慈悲に覆した。
 ゾーマの気配が遠ざかると、国王は今しがた起こったことを他言せぬようソイに伝えた。アルトに一言詫びるのもやっとだったのだろう、程なくして国王は気を失ってしまった。
 階下の者は気付いていなったのか、人々のざわめきが遠く聞こえていた。ソイはひとまず宴を切り上げる、と厳しい表情で告げ、人を避けて一旦王城から離れるよう言い残し、その場を後にした。
 アルトたち三人は、始めからゾーマの標的から外されていたのだろう。惨状を、見せつけるために。
 ソイと入れ替わりに、モエギが膝をつき、泣き崩れた。一晩経ってもジャックが戻らず、追い打ちをかけるように襲撃を受けたのだ。かける言葉もなかった。
 立ち尽くすアルトに対し、サーラはモエギを連れて謁見の間を出るよう告げた。力をなくしたモエギがいたたまれず、アルトはおとなしく従った。
 一人残ったサーラは、自身の浄化の炎で、犠牲者を弔ったという。
 過去の凄惨な光景が脳裏に焼き付いているサーラだからこそ、冷静に対処したのだろう。だが、アルトにはその落ち着きようが物悲しく思えた。
 いつもそばにいるはずのサーラを、一瞬、とても遠く感じたのだ。
 ふいに湧き上がった不安を振り払い、アルトは口を開いた。
「奴は、闇の世界を支配する者と口にしていた……。闇の世界っていうのは、どこを指しているんだ」
 誰も応えない。しばらくの間の後、サーラが顔を上げた。
「……おそらく、私たちがいる世界ではないことは、確かだろう」
 自分たちの知らない世界。未知の事態に遭遇した時、頼ることが出来る人物は――
 アルトは大きく卓上を叩き、立ち上がった。迫り来る暗雲を、払拭するように。
「このまま、ここで頭を悩ませていても、何も変わらない。むしろ事態は悪化するだけだ」
 うなだれていた母も祖父も、伏し目がちだったサーラも、一言も口を利かなかったモエギも、アルトを見上げた。
 皆を見渡し、アルトはよく通る声で告げた。
「これから、俺はホビットの集落を訪ねようと思う。あの人たちなら、今の状況に対して何か分かるかもしれない。サーラも、一緒に来てくれ」
 サーラは真っ直ぐにアルトを見つめ、深くうなずいた。アルトもうなずき返すと、モエギに視線を移した。
「モエギは、ダーマ神殿に行ってくれないか。大神官様やクラリスに頼んで、ジャックの消息を追うんだ」
 モエギは虚ろな瞳を向けた。いつも先立って皆を励ますモエギとは別人のようで、アルトは思わず歩み寄り、モエギの両肩を強く掴んだ。
「ジャックは、必ずどこかで生きてる! モエギが捜しに行かないで、誰が行くんだよ! そうだろ!?」
 されるがままに揺さぶられたモエギの顔色が、わずかに血色を取り戻した。唇が震える。
「……そう、だよね。だって、あたしは……」
 モエギが口にせずとも、想いは痛切な程に、知っている。
「行こう。まだ、終わりじゃなかった。ただ、それだけの話だ」
 更なる恐怖に怯える暇などない。三人は手早く支度を済ませ、キメラの翼を放り目的地へ旅立っていった。
 転移の間際、頼もしげに、しかしどこか寂しげに見送る、母の笑顔が見えた。



 今時期は黙っていても汗がにじむというのに、リズは袖の長い羽織りものをかけ、窓辺で両腕を抱いていた。
「倒れているあんたを見つけたのと同じ日だった。南西の空から、見たこともないようなどす黒い雲が押し寄せてきたの」
 雨が降る訳でもなく、ただどんよりとした雲が滞留するうちに、アッサラームの周辺では魔物が凶暴化し、市街地にまで乗り込んでくるようになったという。
「最初は街の自衛団や、有志の人たちが撃退していたけれど、魔物は全然減らなくて……今は急ごしらえの防壁でしのいでいるけれど、この三日間で、誰も街に出なくなっちゃったのよ」
 リズの父であるバートの仕入れた噂では、どこの土地も同じような雲に覆われているという。さらには、魔王バラモスが討たれたにもかかわらず、魔物の勢いは衰えるどころか増しているというのだ。
 ジャックは上半身を起こしたまま、茫然と手元を見つめた。
 おそらく、元凶となっているのは、あの大穴を封じる直前に突如現れた何か。
 魔王として世界を脅かしたバラモスをも軽く凌駕する、もっと強大な、何者かだ。
 こんな所で養生している場合ではない。行かねばならない。
 なのに、身体は動かない。
「ジャック……あんたは、魔王をやっつけるためにこの街を離れたんでしょ? なのに、どうしてこんなことになってるの……?」
 気丈なたたずまいに、かつて守りたかった脆さが透けて見える。
 言えるはずがない。何と遭遇したのか、よもや得体の知れないそれに、全く歯が立たなかった、などとは。
 それでも取り繕うことは忘れていないようで、苦し紛れに笑っていた。
「ああ、もうオレ、お役御免になったんだわ。だから、賢者もやめやめ。そうしたらさ、なんかお前の顔が見たくなって」
 リズがたじろいだのは、一瞬だけだった。彼女は自分の手首を握りしめ、あらかじめ用意していたように答えた。
「……あたし、もうすぐ結婚するの」
 束の間、周囲の音が遠のいた。
 揺るぎない瞳を目の前にして、覚えたことのない鈍い痛みが、胸の奥に広がっていくのを感じた。
 リズは、相手が常連客の紹介で出会ったこと、貿易商の息子であることなどをぽつぽつ語ったが、するすると耳から抜けていくだけだった。
 固まったままのジャックを見つめたまま、リズが口を開くのと同時だった。慌ただしく階段を上る音が迫り、部屋の扉が開け放たれた。
「誰っ!?」
 身体を強張らせ、リズが立ちはだかる。廊下の暗がりからふらふらと、ふたつの影が姿を現した。
 上質な白の外套を纏った青い髪の娘と、旅装束の黒髪の娘が、ぜえぜえと息を切らしていた。
 黒々とした瞳がみるみるうちに潤んでいくのを目の当たりにして、ジャックは反射的に寝台から飛び出した。だが、あえなく平衡感覚を崩し、床に転がった。
「ジャック!」
 細い腕に抱き起される。とっさに飛び込んできたクラリスが、青白い顔で咳き込むように詰問した。
「あなた、何でこんな所にいるのよ!? 散々捜して家にもいなかったのに、モエギさんがここじゃないかって言って、まさかと思ったら……」
 声もなくクラリスを見上げ、視線を動かす。モエギとリズは足が張り付いたように、互いに見つめ合ったまま硬直していた。
 よく覚えていないが、面識があるようだ。しかも、出来れば会いたくなかったというような雰囲気が漂っている。
 先に口を利いたのは、リズだった。
「あなた……ジャックの」
 モエギはあごを引き、気まずそうにうなずいた。
「……あの、あなたが、ジャックを?」
 おずおずと問うモエギ。乗り込んできたはいいものの、酒場の給仕であるリズがジャックと関係のある人物だとは思っていなかったらしい。
 リズは砂塵にまみれたモエギの姿を眺め、しばらく黙り込んでいた。モエギが一向に警戒を解かないためか、やがてふっと肩の力を抜いた。
「そんな顔しないでよ。ねえ、あなた……モエギさん、だっけ。ちょっと、話がしたいの。聞いてくれる?」
 唐突な申し出に、モエギはぽかんとリズを見つめ、怖々と首を縦に振った。
 こちらには見向きもせず、リズはモエギを連れて廊下に出て行った。ジャックが立ち上がろうとすると、クラリスが有無を問わず制した。無理矢理寝台に押さえ付けられる。
「ジャック、言いたいことも聞きたいことも沢山あるのだけど、とりあえずあなたをダーマに連れて行くわ」
 ジャックは力なくうつむいた。ふるふると首を振る。
「……どうしたの? あなた、ギアガの大穴で結界を張っていたのよね。一体、何があったの?」
 全身を虚脱感が伝っている。乾いた笑いが漏れた。
「オレをあそこに連れて行って、何になるってんだよ。もうオレは賢者でも何でもねえ」
「ふざけないで。知ってるのよ、あなたが結界を張るのを条件に、賢者の資格を返納するって約束したのを。だけど今はそんな場合じゃ」
「使いもんにならねえんだよ。あの穴から吹き出てきたやつに、根こそぎ魔力を奪われちまったんだからよ」
 緋色の瞳が、大きく見開かれた。
 街の外は砂嵐が吹き荒れ、時折建物を揺さぶっていく。どこかで魔物の鳴き声がけたましく響いていた。
「皮肉なもんだよな。こんな時に限ってよ、本当に使えねえ野郎になっちまってたら、世話ねえよな」
 生来魔力を持って生まれた人間にとって、根底となる能力を失うことは、肉体の一部を失うに等しい。クラリスは絶句しながらも、ジャックを支える手に力を込めた。
 打ちのめされた衝撃から、魔力の残滓が奥底に滞っていた心残りをおのずと辿り、ここまで導いたのだろう。
 けれど自分は、もう再び燃えることのない熾火を、心の中で見つめていただけだった。
 クラリスは無言のまま、ジャックの腕を掴んで立ち上がらせた。
「……とにかく、行くわよ。お祖父様がきっと何とかして下さるわ」
 手を引かれ、されるがままに部屋を出ると、丁度リズが戻ってきた。リズはクラリスに目礼し、ジャックに布の包みを差し出した。
「父さんが。食欲が出たら食べて。水以外口にしてないでしょ」
 押し付けられると、小麦を焼いた柔らかい匂いが立ちのぼってきた。
 それと、とリズは強い眼差しを向けた。
「もうここには来ないで。今、あんたのそばで泣いてくれる人を、大切にして」
 勝気な瞳は、もう滲んでいない。口端をつり上げようとしたが、ほとんど動かなかった。
「……ああ」
 ひょいと片手を挙げて、思い出の染み付いた部屋を去った。
 一階に下りると、階段のすぐ脇にモエギが立っていた。
 すり切れた旅装束に、ほつれてぼさついた黒髪。一体どこを捜し回ったのだろう。いつか、この街を二人で散策した日を思い出す。
 きっと、モエギは途中で、自分がここにいると見当がついただろう。だが、真っ先に足は進まなかった。
 姿形ははっきりと分からずとも、モエギの方が先に、ジャックの奥底に沈んでいる存在に気付いていたのだ。
 目が合う。何を言われるかと思わず身構えたが、噛みつかれることはなかった。
「……もう、いいの?」
 静かな声音だった。
 この身を案じて、最後までついて行くと言い張ったのを振り払った。同じ目に遭わせなくて良かったけれど、返す言葉が見つからない。
 ひとつうなずいてみせると、モエギはうっすら微笑んだ。
「そっか。……とりあえず、生きてて良かった」
 細められた目のふちが、赤く染まっている。ジャックはぶっきらぼうに、わりぃ、とだけこぼした。
 たいていのことを済ませてきた一言が、こんなにも重く感じるのは、初めてだった。



 北方大陸の森に住まうホビットの集落へ向かったアルトは、以前世話になった父の旧友ドミニクを訪ねた。
 彼は、産まれて間もない赤子の面倒を夫婦で見ている最中だった。アルトとサーラを温かく招き入れてくれたが、やはり世界の不穏な状況を察知していたらしい。妻に断りを入れ、アルトたちを長老の家まで連れて行ってくれた。
 ホビットの長老ウディもまたアルトを待っていたらしく、驚きはなかった。ドミニクに促され、長老はこう進言した。
「ここより北、険しい岩山の頂に住まう竜の一族の長を訪ねるがよかろう。かの方であれば、この世界が現在、どのような変化に見舞われておるのか、おぬしらがこれから向かうべき道はいずこなのか、指し示してくださるであろう」
 その長がどのような者なのかは、明言されなかった。
 岩山へ向かうには、神鳥の翼が必要だという。直ちにレイアムランドへ行こうとしたが、長老は現地へ赴かずとも、神鳥を呼び寄せればよいと告げた。曰く、神鳥と古くから親交のある血筋であるアルトとサーラは、心から念じれば神鳥の方から応えてくれるのだという。
 にわかには信じがたい話だったが、長老たちと集落よりも深い森の奥地に場所を移し、試みることとなった。
 北方大陸の森林に生息する魔物は、ゾーマの影響を受けてか軒並み凶暴性を増していた。半日の移動でも、度重なる襲撃で何度もドミニクの治癒に助けられる程だった。
 長老の案内により辿り着いたのは、世界樹の根元だった。実際に目にするのは初めてだったが、空を覆うように茂る大樹に、アルトとサーラはしばし見上げたまま圧倒されていた。
 長老は人間の胴より数倍ある幹を撫で、心なしか元気がない、とつぶやいていた。しかし神鳥の目印には十分だと気を取り直し、アルトにうなずきかけた。
 魔物との戦闘で張り詰めていた心を鎮め、アルトは清らかな翼をまぶたの裏に浮かべながら、ラーミアに呼びかけた。
 ぼんやりとした闇の中で、白い塊が輪郭を結ぶ。淀みのない双眸が、こちらを見据える。
 もう一度、力を貸して欲しい。まだ、やらねばならないことがある。
 仲間が、故郷が、世界が、このままでは失われてしまう――
 はやる思いを懸命に抑え付け、アルトは訴えた。それでも焦りは身体の表面に滲み出てしまったのだろう、サーラの気配が隣に寄り添った。
 あ、とドミニクの声が上がると同時に、アルトは目を開けた。
 頭上を、大きな影が舞っている。灰色に閉ざされた空を、まばゆく切り裂くように。
「ラーミア……」
 神鳥ラーミアは緩やかに旋回しながら、地上に降りた。長老によると、アルトが呼びかけてからほんのわずかな時間しか経っていないという。
 生まれて間もないラーミアは、初めこそ空を飛び移動していたが、本来神鳥は空間転移の能力を持つ。アルトの念を感じ取り、すぐに駆け付けてくれたのだろうと長老は述べていた。
 ラーミアは言葉を待たずして、背中に乗るよう胴体を傾けた。長老とドミニクに見送られ、アルトはサーラと共に北方大陸を発った。
 別れの際に、彼らは竜の一族の住まう岩山をこう称していた。
 レイアムランドと対をなす、この世で限りなく天に近い場所――北の天涯、と。