地涯の決戦 4



 地上からごう、と大きな振動を感じ、アルトは頭上を仰いだ。にわかに外が騒がしくなった気がする。
「アルト君、サーラは……」
 下り階段で立ち止まると、モエギが神妙な面持ちで頭上から尋ねた。しばしの間耳を澄まし、アルトは一つうなずく。
「大丈夫。多分、この気配は魔物側の混乱だ。それに、ダーマでサーラが発した魔力の波動を感じる」
「だな。サーラさん、どうにかやり遂げたか」ジャックも笑みを滲ませた。
 数日前、奴を自らの手で討たねばならないと語ったサーラを反芻する。彼女は復讐心に見舞われるどころか、あの男を憂いていた。同情の余地などない相手に、何を見出していたのだろうか。
「……一旦、上まで引き返そう」
 かぶりを振り、アルトは後ろの二人を促して一階へと戻ることにした。
 入ってすぐの部屋は研究所の名残などなく、がらんとした大部屋に地下へ続く階段がぽっかり口を開けていた。すぐにサーラも駆け付けることだろう。
 狭く急な階段を上ろうとした時だった。突如、足場がすうっと闇に溶けた。
 声を上げる間もなく落下し、強かに尻を打つ。ジャックが腰をさすりながら歯噛みした。
「くっそ……やたら長ぇ階段だと思ってたら、あれ自体が魔力で出来てたのか……」
「ってことは、もしかして……」
 モエギが青ざめた顔でつぶやく。アルトはすぐさま立ち上がり、周囲に目を走らせた。
 妙に甘い匂いが漂っている。視界は紫煙で遮られ、一つ息を吸うごとに汗が噴き出す。じっとりとした蒸し暑さではなく、鉄板の上で焼かれているような熱気が立ち込めている。
 怖気立つ暗がりの前方から、息苦しい程の妖気が放たれていた。
 鞘から剣を抜き、唾を飲み込む。モエギとジャックもすぐに跳ね起きた。
 アルトは暗闇を見据え、呼びかけた。
「……そこにいるんだな。魔王、バラモス」
 周囲が照らされた。配置された燭台に火が灯り、闇から巨大な影が浮かび上がった。一斉に構える。
「ついに、ここまで来たか……」
 見上げた祭壇の玉座に収まった声の主は頬杖をつき、喉の奥で笑った。
 バラモスは、一言で言い表せば、老獪なトカゲの姿をしていた。目玉は残忍な光を宿し、尖った口は余裕を描いている。距離を置いていても、威圧感がすぐそばに差し迫っていた。
「身の程知らず共が。せいぜい悔やむがよい」
 悠々と語りかけ、身動き一つしない。モエギが一歩踏み出した。
「悔やむのは、あんたの方よ……!」
 にたりと、玉座から笑みが放たれる。
「ほう? この大魔王バラモスさまにそのような口を利くとは、それ相応の自信があるようだな」
 脂汗を浮かべ、モエギは拳を震わせた。ゆらりと巨躯が立ち上がる。ジャックも息を呑んだ。
「アルト……」
 アルトは無言でうなずいた。
 ようやく、ここまで辿り着いた。
 奴を、討つ。
 諸手を挙げ、バラモスは咆哮を響かせた。
「よかろう! そなたらの腸、二度と生き返らぬよう喰らい尽くしてくれるわ!」
 天井にかざした両の手から妖力の塊が生まれ、一瞬のうちに投げつけられた。瞬時に左右に飛び退く。
 叩きつけられた光熱波が大爆発を起こし、アルトは爆風を受けて壁に叩きつけられた。
「ぐっ!」
 何とか体勢を整えるが、右肩に激痛が走る。モエギとジャックは反対側の壁際へと難を逃れ、目立った負傷はなさそうだ。
 バラモスは高笑いを上げながら跳躍し、こちらの三倍はある体躯をものともせず突進してきた。右腕が振り上がると同時にアルトは懐に入り、一太刀浴びせる。
 モエギもかけ声と共に蹴りを食らわせるが、一見肥えているばかりの肉体は思いの外皮膚が固い。
「ジャック!」
 声を張り上げる。遠のいた場所から魔力の波動が沸き起こる。
「おらよっ! バイキルト!」
 援護を受け、アルトとモエギはすぐさま次の攻撃を繰り出す。しかし、剣と爪は纏った衣を切り裂くのみで、肝心の皮膚への手ごたえがない。
「何で!? 全然歯が立たない!」
 一旦間合いを取り、モエギが唇を噛む。ジャックも舌打ちした。
「くっそ、なら……ルカニ!」
 素早く詠唱し次の手を打つが、バラモスはひるまず大きく息を吸った。膨れ上がった腹から、火の海が吹き出す。
 アルトはバラモスの背後に回り免れたが、激しい炎は容赦なくモエギに迫り来る。相殺するには間に合わない。
「フバーハっ!」
 ジャックが冷熱防御の魔法を発動させたが、炎の勢いは留まらず、たちまちモエギを絡め取った。
「モエギっ……!」
 押し寄せる熱波から身を守るのに精一杯で、助けに向かえない。目を開けると、焼け焦げた賢者の衣が視界に入った。床に転がったジャックの腕の中に、黒髪が覗いている。幸い、二人の身体はまだ動きが見て取れた。
 間一髪直撃を避けたようだが、ことごとくジャックの補助魔法が不発に終わっている。バラモスの魔法への耐性が高いのか、それとも別の理由があるのか。
 いずれにせよ、立ち止まっている訳にはいかない。アルトは再び飛びかかっていった。
「小賢しいわ!」
 振り向きざまに、右の手のひらから極大の火の玉がぶつけられた。迎え撃てばこちらの熱量に変えることも可能だが、今は難しい。
 アルトは左側に転がり、壁を蹴ってバラモスに斬りかかった。反動をそのまま一撃に乗せる。でっぷりと肥大化した腹を横裂きにし、どす黒い鮮血が飛び散った。
 決して勝てない相手ではない。否、勝つしかないのだ。
「ジャック! しっかりしてっ!」
 ふらつくバラモスの裏で、モエギがジャックを揺り起こしている。水色の衣は無残にちぎれ、所々に焼けただれた素肌が覗いていた。
 せめて、回復魔法を。アルトが向かおうとすると、直ちに行く手を阻まれる。
「図に乗るな! 小童が!」
 バラモスの爪先から稲妻のような鋭い光がほとばしる。床に当たって弾けた気泡を見た所、メダパニだろう。
 ジャックが駄目なら、こちらはどうだ。アルトは妖術の矢をかいくぐりながら魔法を編み上げた。
「マホトーン!」
 光線が止み、唸るもう片方の手を剣で受け止める。鉤爪の先端が鎧にめり込むが、両肩を守る物騒な刃も相まってバラモスの怪力を押し止めていた。
 しわ混じりの顔面を歪めるバラモスの肩越しに、ジャックの声が上がった。
「アルト! オレは大丈夫だ! しばらく、その太っちょの相手してろ!」
「太っちょ、だと……?」
 バラモスが後方を睨む。ジャックはへっ、と皮肉めいた調子で吐き捨てた。
「どうよ、バラモス。今までこんな罵倒すら浴びて来なかったんだろう? 減らず口はオレのたしなみなんでね」
 青筋を走らせ、バラモスの力が強まる。この戦況下でも口達者なのは有り難かったが、埒が明かずアルトはひとまず飛び去った。
「人間風情が……! 強がりもほどほどにしておかねば、命取りになるぞ!」
 再度腹部を膨張させるバラモス。またあの炎を吐き出すつもりだ。
「させるか!」
 この身に流れる血が新たな魔法を呼び起こす。心に秘められたその名を、アルトは叫んだ。
「アストロン!」
 手負いのジャックと、支え立ち上がろうとしていたモエギが炎に呑み込まれる寸前だった。二人の身体は瞬く間に鋼鉄へと変化し、火炎の激流に舐め尽くされた。
 残り火が床を這う中、彫像のように硬化したままのジャックとモエギを目の当たりにし、バラモスは怪気炎を上げた。
「おのれ……! ならば!」
 アルトに向き直ると、バラモスはむき出しの爪を振りかぶった。殴りかかる両腕をかわし、剣で防ぐものの、こちらの優位になかなか持っていけない。玉の汗が絶えず飛び散った。
 閉塞された空間は、バラモスを守護する結界に等しい。おそらく何らかの力が働き、アルトたちの弱体化を引き起こしているはずだ。
 打開策はないのか。懸命にバラモスの猛攻を受けているうちに、アルトは祭壇の手前まで追い詰められた。
「ここまでだ、名ばかりの勇者よ! そなたの手の届かぬ所で、先にあやつらを始末してやるわっ!」
 バラモスの手のひらに、これまでと異なる波動が集まっていく。
 強大な熱量ではない。これは――
「失せよっ!」
 八方塞がりで喰らった衝撃はアルトの全身を束縛し、抗えぬ速度をもって天井を突き破った。



 礼拝堂の異変に気付き押し寄せた骸たちをさばいている時だった。前方に建つ研究所跡の壁が破壊し、何者かが空中に放り出された。
 あの姿は――サーラは上空を仰ぎ、とっさに叫んだ。
「アルト!」
 一瞬にしてアルトは遠ざかり、かき消えた。サーラは蒼白になりながらも、絶えず群がる骸を細剣で蹴散らした。
 あれはおそらく、強制的に対象物を転移させる魔法、バシルーラ。戦力が分散してしまった以上、一刻も早くモエギとジャックの下へ向かわねば。
「どけっ!」
 執念深い骸をはっ倒し、足蹴にし、死にもの狂いで突破する。
 研究所跡に入った途端、だだっ広い大部屋の床が真っ暗に抜けた。悲鳴を上げる前にサーラは下層部へ転落し、かろうじて受け身を取った。
「ほう、ようやくお出ましか。そなたが、例の娘だな」
 焼けつくような空間の奥から、興味深げな視線が投げかけられる。爬虫類の鶏冠を持つ、巨大な魔物がにたにたと笑っていた。
 やはり、こちらが本命だったのか。鋭く睨みつけ、サーラは口を開いた。
「……お前が、全ての元凶か」
「そうとも。しかし、いささか悠長に構えていた結果、そなたらのような人間をのさばらせてしまったがな」
 アルトを排除したためか、口振りの割には余裕がうかがえる。
「このバラモスの手中にはまった以上、生きては帰さぬぞ!」
 床を蹴り、バラモスが猛烈な勢いで迫って来た。
 まともに攻撃を受けてしまえば、サーラではひとたまりもない。すんでの所で脇に飛び、危うく回避する。鋭利な爪が床を砕き、破片が散乱した。
「サーラ! アルト君は!?」
 振り返ると、ジャックを支えたモエギが背後に立っていた。どちらも顔が煤けている。
「お前たち、無事か!」
 モエギはうなずき、アルトがとっさにかけた防御魔法でバラモスの炎をしのいだと教えてくれた。その前にいくらか被害を被っていたようで、ジャックはぼろぼろの衣を引きずっている。
 アルトがついさっき上空に飛ばされたのを説明すると、ジャックは地団駄を踏んだ。
「くっそ! ……いや、待てよ」
 ジャックが見上げた天井の右上には、丁度人ひとり分の穴が開いている。また、背後の壁に置かれた杯から沸く紫煙が穴に吸い寄せられていた。
 バラモスが胸を反らし、手のひらを開閉させた。
「何をぶつぶつ言っておる。まとめて炙り殺してやるわ!」
「また、あの炎が来る! 二人とも逃げて!」
 モエギが悲鳴じみた声を上げるが、ジャックは意に介さなかった。サーラたちの前方に躍り出、両手を前方に突き出す。
「お前らはオレの後ろに隠れろ!」
「ジャック! それじゃまた……!」
 サーラは猛反発するモエギの首根っこを掴み、ジャックを盾に退いた。この男はよほどでない限り、無鉄砲な真似はしない。
 バラモスの口内から、おびただしい火炎が放散される。
「フバーハ!」
 ジャックが叫ぶと、柔らかな衣が幾重にも連なり三人をくるみ込んだ。猛火はぱっくりと衣の側面を流れ、やがて勢いをなくした。
「モエギ! 後ろにある器二つ、手早く持ってこい!」
「え? ていうか、さっきより魔法が利いてる……?」
「いいから早く!」
 切迫したジャックの声音に気圧され、モエギは言われた通り手早く二つの杯をかっさらって来た。意図に気付いたのか、バラモスが目をつり上げる。
「ぬかったわ……ええい、ならばまとめて八つ裂きにするまで!」
 先に身体が動いていた。サーラは跳び、猛威をふるう腕を細剣で切り刻んだ。無数の斬撃が皮膚を断つ。
 バラモスがひるんだ隙をつき、ジャックが片手を頭上に掲げた。
「……リレミト!」
 転移の魔力に身を任せ、三人は一旦その場を脱出した。
 放り出されたのは、ラーミアが降ろしてくれた城の屋上だった。依然として礼拝堂は燃え上がっている。モエギは辺りを見回し、杯の煙にむせながらもジャックに噛みついた。
「ちょっと、戻るなんてどういうこと!? ちゃんと説明してよっ! アルト君だってどっかいっちゃったのに!」
「お前は黙ってオレに従え!」
 程なくして、地響きが壁を伝い上って来た。地上に残っている魔物たちも何事かとうろたえている。
「ジャック、勝機はあるのか?」
 仲間にすら容易に手の内を明かさない賢者を見つめると、笑みを浮かべた口元に汗が滴った。
「ま、サーラさんはアルトを信じて待っててやれ」
 みしみしと木の幹や城の外壁が軋み、ろくに立っていられずサーラはその場に片膝をついた。モエギとジャックも身を伏せる。ジャックの視線は、研究所跡に注がれていた。
「……来るぞ」
 ジャックがつぶやくのとほぼ同時に、鼓膜を突き破るような爆音が起こった。
 身を乗り出すと、黒煙を上げる研究所跡の方向から巨大な塊が砲弾のごとく向かって来る。紛れもない、バラモスだ。
 見事に城の最上部に降り立った魔王はこちらを見下ろし、肩を上下させながら舌なめずりをした。
「このバラモスさまを外へおびき寄せるとは……どうやらこの城を墓場にしたいようだな」
「ほざけ、トカゲ野郎が。ここがテメーの墓標になるんだよ!」
 ジャックは唾混じりに吠え、モエギの腕を掴み上げた。
「いいか、あいつが突っ込んできたらその器をぶつけろ。そしたらオレの詠唱の後、サーラさんはありったけの炎を頼む」
 低く紡がれた指示に、サーラとモエギは固唾をのんで首を縦に振った。バラモスは仰け反ってひとしきり嘲笑した後、ごわついた頬の皮膚を歪ませた。
「勇者の欠けたそなたらがどうあがこうとも、もはや手遅れ。おとなしく、ワシの餌食となるがよいわ!」
 大気を震わせ急降下してきたバラモス目がけて、モエギが踏み出し抱えた二つの杯を投げつけた。紫煙の源となっていた香が飛散し、バラモスを取り巻く。
「いくぜ……バギクロス!」
 むき出しになった両腕を胸の前で交差させ、ジャックが一際大きな魔力を放出する。ネクロゴンドへの突入時、フロストギズモの大群が起こした暴風に似た大嵐が香を巻き込み、バラモスの視界を閉ざす。
「ぐぬぬ……!」
 身をかばい、立ち往生するバラモスを見据え、サーラは精神を集中させた。真空の嵐を受け、なぶられる髪が燃え上がっていく。
 息を吸い、一思いに放つ。
 手のひらから生まれた炎の大剣が突風の渦に突き刺さった瞬間、閃光が走った。
「飛び降りろっ!」
 ジャックに腕を引っ張られ、屋上から跳ぶ。その途端、すさまじい轟音とバラモスの絶叫が上がった。振り返ったサーラは思わず目を剥いた。
 屋上が黒煙に呑み込まれ、礼拝堂とは比べ物にならない大火災に見舞われたのだ。
 廃墟となった城下町跡に着地したサーラはすみやかに瓦礫の陰に隠れ、あちこちから飛び交う外壁の残骸から身を守った。隣にくっついて頭を抱えたモエギも、呆然と頭上を見上げている。
「ジャック……もしかして、これを狙ってたの?」
 身を屈め同様に黒煙を睨みながら、ジャックはうなずいた。
「そうだ。あの空間を包んでいたうさんくせえ煙が、おそらくこっちの魔法を抑えていた。アルトはあの煙から若干遠い所にいたから、何とか魔法を叩き込めたみてえだったけど」
 それが、思わぬ形で空間に穴が生じたため、ジャックも煙の影響が緩和されフバーハの発動に成功した。
「外とつながれば脱出も出来る。そんで、どうせならあの忌々しい煙を起こしている道具を利用してやろうと思ったのよ」
 曰く、杯に盛られていた香と強風、さらに炎の力で、粉塵爆発を起こしたのだという。あの短時間で策略を巡らせたジャックに、サーラは畏怖の念を抱いた。
「でも、ちっとばかし足りなかったかもな……やっぱり、あいつの炎の息を利用するべきだったか」
 ジャックは唇を噛んだ。黒煙の中心に、うっすらとバラモスの影がうごめいている。モエギが信じられないといった表情で眉根を寄せた。
「何て奴……まだ生きてるの?」
 揃って立ち上がると、屋上からバラモスの雄叫びが轟く。超音波により黒煙が霧散し、すり切れた衣を引っかけているものの、思ったより外傷は少ない。それでも皮膚からは所々白い煙が上がっていた。
「見くびるな、人間共よ!」
 バラモスは両手を打ち鳴らした。膨大な魔力の熱量が手のひらの内側に凝縮されていく。ジャックが盛大に舌打ちした。
「まさか……マホトーンの効果が切れたのか!」
 バラモスは光熱波の球体を諸手に掲げ、勝ち誇った笑みを見せた。
「とどめだ! もう逃さんぞ!」
「モエギ、サーラ! オレに掴まれ!」
 言われるがまましがみ付くと、ジャックの身体が沸騰した。
「マホカンタッ!」
 撃たれた二対の光熱体とサーラたちの間に光輝く鏡面が現れる。双方の魔力が衝突し、目も開けていられない程の白光が生じた。
 ジャックは圧されつつも全身の力を振り絞り、必死に熱波を抑えていたが、無情にも鏡面に亀裂が走り、乾いた音を立てて砕け散った。
 三人は爆風の直撃を受け、方々へ宙に投げ出された。
 全身が熱波にさらされ、骨まで溶けるような激痛に侵食されていく。声なき声を上げ、サーラは縋る思いで細剣の柄を握りしめた。
 ここまで来て、死ぬ訳にはいかない。
 奴を討ち、生きて帰らねば――
 遠のく意識を決して手放すまいと、サーラは強く、青年の名を心の中で唱えた。
 どこからともなく、空を裂くような甲高い鳴き声が聞こえた。
「サーラ……!」
 神風が吹いた瞬間、サーラはぐんと手首を引っ張られ、ひんやりと柔らかいものに包まれた。つい今しがたまで全身を蝕んでいた痛みが急速に引いていく。代わりにじんわりとした治癒の波動が浸透し、馴染み深い体温が寄り添う。
 うっすらとまぶたを持ち上げると、ラーミアにまたがったアルトの横顔があった。
「ラーミア。俺を奴の所へ運んだら、ジャックとモエギを助けてくれ」
 神鳥はぴるっ、と短く答え、立ち上る煙の中を疾駆しながら上昇していく。
「……アルト」
 懐に抱かれたまま小さく呼びかけると、アルトはこちらを向いた。
「ごめん。遅くなって。だけど、もう大丈夫だから」
 曇り一つない双眸は、ただ勝利を見据えていた。サーラの目尻からぽろぽろと涙がこぼれ、飛んでいった。
 眼下には崩れかけたネクロゴンドの城と、仁王立ちで待ち構える魔王の姿がはっきり見て取れる。ラーミアの背にサーラを預け、アルトは大剣を横手に構えた。
「ラーミア! 出来る限り奴に接近しろ!」
 返事の代わりにラーミアはぐんと身体を沈め、両翼を伸ばし一直線にバラモスへと向かう。魔王は両手を差し出し、喜々として迎え入れた。
「あの術を浴び、神鳥を従えて戻って来るとはな! 今度こそは、一息に葬ってくれる……!」
 正面衝突寸前まで迫ると、アルトは弾みをつけてラーミアから飛び降りた。両手で大剣を振りかぶり、真っ逆さまにバラモスへと狙いを定める。
 水平に前方へと抜けたラーミアの背に腹ばいになり、サーラはその瞬間を見守った。
 バラモスが放った特大の火の玉を一刀両断し、アルトはその身を刃にしてしならせた。
 意志のみを宿した剣が、魔王の中心を貫き、突き抜けた。ごぷりと、肥えた腹の中から濁った鮮血が溢れ返り、城を塗りつぶす。
 返り血に染まったアルトが背中を裂き、その場に膝をつく。小刻みに震え、荒い息を絶えず吐き出しながら。
 あんぐりと口を開け、目玉を剥いたバラモスは、青年を振り返る。
「ぐう……っ、お、おのれ……勇者よ」
 伸ばされた腕を振り向きざまに切り伏せ、アルトは黒い血を滴らせながらバラモスを静観している。
「わ……、わしは……! 諦めぬ……ぞ……!」
 爪の先でアルトを指したまま、バラモスはそのまま、動かなくなった。