地涯の決戦 1



 愛と憎しみは、相反しながらも背中合わせに在る。
 その合わせ目に気付くのか、気付けぬままなのか。
 それが、違いだったのかもしれない。



「皆に話しておきたいことがある」
 照りつける陽射しが、甲板に屈強な男たちの濃い影を落とす。軽やかな海鳥の鳴き声が飛び交い、のどかな港のざわめきが遠巻きに聞こえていた。
 一様に緊張した面持ちの乗組員たちをぐるりと見回し、アルトは息を吸った。
「伝承の通り、神鳥を蘇らせることが出来た時には、この帆船でポルトガに帰って欲しい」
 どよめきが広がった。傍らに立つサーラたちも目を見張っている。
「ずっと考えていたんだ。何にしても、海から魔王の城に攻め込むことは出来ない。神鳥が蘇る時は、奴との決着をつける時。皆には本当に助けられたから、この機会に故郷へ帰って欲しいんだ」
 ネクロゴンドへ向かうこととなった時、彼らの反応を見てから決めていたのだ。困惑する乗組員たちを静め、ダンが進み出た。
「アルトの旦那の言う通りだ。もう、おれたちが出来ることは残りわずか。役目を果たしたら、お言葉に甘えてポルトガに帰港させてもらうよ」
「ダンさん……本当に、お世話になりました」
 握手を求めると、ダンは熊男のような顔いっぱいに笑みを広げた。
「よしてくれよお! まだあんたらを送り届けるっていう仕事が残ってんだ!」
 お別れの握手はそれからだ、と手を叩き返し、ダンは乗組員たちに号令をかけた。
「よし! 南東のレイアムランドに向けて出航だ!」
 最後の務めが言い渡され、野太い声がいくつも上がった。
 まだ年端もいかないアルトの船旅を支えてきた、気のいい男たち。彼らの働きが祖国でも労われるために、是が非でもバラモスを倒さねばならない。
 既に帆船は、ジャックの魔法によりランシールの港まで転移している。四日程でレイアムランドに到着する予定だ。
 波風を受け、帆船が海原へ繰り出した。アルトは舵を取るダンの隣に並び、水平線を望む。同じ海は、一日たりともない。
「旦那。あんたはずいぶん、いい面構えになったな」
 性根が真っ直ぐなダンはお世辞を口にしない。感謝を述べると、ダンは遠い目をして口元を緩めた。
「おれらはどうしても、この船を守るために過ごす時間ってのが多かったけどよ。旦那が戻って来るたびに、何だか息子の成長を見ているような気分だったなあ」
 照れくさくなり、アルトは苦笑してみせた。
 ダンにも、ポルトガに妻と二人の息子がいると聞いたことがある。彼にとっては、アルトも乗組員たちも、息子のようなものなのかもしれない。
「ポルトガに帰ったら、息子さんたちといっぱい、遊んであげて下さい」
「おう。その時は旦那の話をたくさんしてやろうかね!」
 豪快に笑うダンの横顔に、アルトは似ても似つかない父の面影を重ねた。



 レイアムランドは、まっさらな氷床が延々と続く島だった。
 年中岩場のような起伏に富んだ氷雪に覆われ、人間はおろか植物の生育すらも拒む。夏の盛り真っ只中の現在は冬着で事足りたが、厳寒期は入念な防寒対策をしないと足を踏み入れる前に凍り付くという。
 かつてはアリアハン、エジンベアなどが調査に訪れたこともあったとダンが教えてくれたが、国領とするにはあまりにも資源に乏しい島だったため、手つかずのまま現存しているらしい。
 ダーマ大神官ヨシュアは、この島を『南の天涯』と称していた。神鳥の守護者が住まうとされているが、果たして健在なのかは全く分からない。
 ただ、幸い季節柄好天に恵まれ、上陸から程なくして島の中心部にそびえる塔の姿を捉えた。
 不慣れな地形に手間取りながらも足を進め、一行は一日がかりで塔まで辿り着いた。太陽は、西の方角を黄金色に染め上げていた。
 大聖堂の鐘楼のような、荘厳な雰囲気を漂わせる塔は、近くまで来ると首を真上まで持ち上げてもてっぺんが伺えない。いつの時代に建造され、どれだけの年月を風雪に耐え忍んできたのかは不明だが、人間が築いてきた文明とは一線を画すたたずまいだった。
 地上二階分程の背丈がある、両開きの扉の前にアルトは立った。気配らしきものは感じられない。
「誰か、いるのかな。人の気配がしないんだけど」
 裏地が毛皮になっているポンチョを身に着けたモエギが、訝しげに扉を凝視する。
「何がいるか分かんねえからな。ジイさんも言い伝えを知っていただけで、守護者っつっても人外かもしれねえし」
 ジャックは変化に乏しい風景に飽き飽きしているようで、不満こそ口にしないもののどこか冷めた口調だ。
 厚手のマントを羽織ったサーラが、宝珠をまとめた荷袋を握りしめた。布の袋越しに、色づいた六色の輝きがはっきりと透けて見える。
「人間ではないにしろ、何者かがいるのは確かだろう。この塔に来てから、どことなく宝珠の色が強くなっている気がする」
 緑の宝珠を手に入れた後、ランシールの神殿を初めて訪れた際は宝珠が妙な光を放っていた。宝珠について知識を得てからは、極力普段は持ち歩かないようにしていたが、今の輝きはあの時よりも数倍増していた。
「とりあえず、中に入れるか試してみよう」
 うなずき合い、アルトは扉に手をかけた。
 外気で冷え切った扉は、びくともしない。呼びかけようと深呼吸した時、内側からひとりでに、扉が開いた。
 重々しく招かれた先には長階段が続いており、上段の方がぼんやりと明るい。吹き込む風は外と同じく、鼻から抜けてみぞおちの辺りをすっと清める。
 アルトは目配せをして、先頭を切って階段の一段目に足をかけた。
 硬質な石の階段は狭く急で、梯子を上るのと大差ない。手すりにつかまりながら慎重に上っていくと、開けた場所に出た。
 実質、塔の屋上となる広間は、迫り来る夕闇を直に浴びていた。一抱えの金の台座に囲まれた中央には祭壇があり、人の背丈よりも二回りは大きいまだら模様の卵殻が安置されている。
 祭壇の手前で、小柄な人影が一対、こちらを振り向いた。
 斜陽に浮かび上がったのは、有機的な装飾の髪飾りを被った、瓜二つの少女二人だった。しっとりとした光沢のある長衣を纏い、愛らしい面立ちは揃って凛としている。
「ようやく」
「来ましたね」
 容姿は人間だが、年相応の無邪気さが全く感じられなかった。ノアニールの森で出会ったエルフのように、年齢という概念が欠落した存在に思える。
 彼女たちの視線は、サーラが手にする六色の光を内包した袋に注がれた。
「私たちは」
「卵を、守っています」
 どうやら、この双子らしき少女たちが神鳥の守護者のようだ。
 一体、いつから。どう接したらよいのか考えあぐねいていると、無表情のまま返答があった。
「六つの宝珠が、この世界に産み落とされてから」
「この日を、どんなに待ち望んでいたでしょう」
 わずかな抑揚に、安堵らしきものが混ざる。鈴を鳴らすような声音だ。
「六つの宝珠を、金の冠の台座に捧げた時」
「伝説の不死鳥、ラーミアは蘇りましょう」
「ラーミア……それが、神鳥の名前か」
 アルトがつぶやくと、小さな手のひらが対称的に広げられた。
「さあ」
「宝珠を、台座へ」
 交互に話す不思議な少女たちに促され、それぞれ宝珠を取り出すと、六角形に配置された台座に一つずつ置いていく。
 台座は、上部が杯のような椀型となっている。収まった宝珠は、ようやく帰るべき所へ戻って来た喜びを表すかのごとく、各々の色に満ちた。
 それぞれの宝珠から、意図せずとも真の力を引き出した人々に思いを馳せながら、アルトは最後に青の宝珠を手に取った。
 憎悪に駆られ、恐れから生きるのではない。
 大切なものを取り戻し、守り抜くために。
 覚悟が揺るぎないものへと変わった時、きっと宝珠は応えてくれたのだ。
 全ての宝珠が台座に収められると、六つの宝珠は厳かな乳白色の光に包まれた。祭壇の前に集まり、一行は固唾をのんで周囲の様子に目を配る。
「光が……溶け合っていく」
 モエギが外套の合わせ目を握りしめた。六色が淡い光と同化し、徐々に肥大化していく。
 光はゆっくりと中心部に凝縮され、星の瞬きを帯びる。六つのきらめきが一際大きくなった瞬間、一斉に祭壇上の卵殻へ向かい弾け飛んだ。目がくらむ程の閃光が散り、アルトは思わず視界を腕で覆った。
 おそるおそるまぶたを持ち上げると、守護者の少女たちは微かに感嘆の息を漏らし、祭壇から一歩後ずさった。
 微動だにしなかった卵殻が、振動を始めていた。
 みし、みしと殻に縦の亀裂が走る。薄膜が現れると、少女たちは胸の前で両手を組み、一行に訴えた。
「さあ」
「祈りましょう」
 サーラが祈りの姿勢を取る。アルトも隣に並び、それにならう。モエギとジャックはあごを引き、静かに目を閉じた。
 二人の少女は手をつなぎ、空いた方の手を壇上へと伸ばした。
「時は来たれり」
「今こそ、目覚める時」
 砕けた殻の破片が飛び散り、振動が激しくなる。突き破かんばかりの生命の意志が鼓膜を震わせる。いつしか、全身が心臓になったかのように激しく脈打っていた。
 やがて、卵殻が左右に割れ、静寂が訪れた。
 ――新雪を纏ったような羽毛に、燃え盛る鶏冠。背後にちらつく尾は孔雀を思わせる優美さ。
 窮屈そうに身じろぎしたそれは、雛と呼ぶにはあまりにも成熟していた。
 生まれたての神鳥は、黄昏の中でもうっすらと白銀の輝きを帯びている。侵し難い神聖さのあまり、誰もがその姿を仰ぎ、身動きが取れずにいた。
 しかし、やはり動作は雛らしく、神鳥はきょろきょろと広間を見渡すと、ふいにアルトへ視線を定めた。とっさに身構えるが、視線をそらさないように唇を引き結ぶ。
 黒目がちな瞳は、親鳥を認識しようとするあどけなさを宿しつつも、アルトを見定め瞬き一つしない。
 すると、神鳥は首を反らし、歌うように産声を響かせた。天まで突き抜ける一声は、この世界に生まれ出た喜びを物語っているかのようだ。
 身をよじり、窮屈そうな卵殻を押しのけると、神鳥は両翼を広げ最初の羽ばたきを始めた。
 風圧のあまり、アルトの胸元までしか上背のない少女たちは髪が弄ばれ、身をかばいながらも踏みとどまる。この瞬間のために生きてきたであろう彼女たちは、一時も神鳥を見逃すまいと頭上を見上げている。
 穢れのない両翼が翻るたびに、上空の冷気が広間を掻き回す。アルトは仲間たちと寄り添い、夕暮れに縁取られた神鳥を一心に見つめた。
 少女たちは再び手を取り合い、声を張り上げる。
「大空は、お前のもの」
「舞い上がれ」
 少女たちの影が合わさり、翼を広げた鳥をかたどった。
「空、高く!」
 澄んだ声が重なると同時に、鉤爪が祭壇を蹴った。
 神鳥は、高らかな鳴き声と共に飛翔した。塔の最上部をぐるりと旋回すると、北の空に向かい、姿を消す。
 アルトが慌てて奥の開けた柵に走ると、サーラたちも後に続く。頬や指の先がかじかみ、たちまち痺れに見舞われた。
「さ、さみっ!」
 ジャックが歯を鳴らしながらばたばたと暴れる。横髪を押さえつけながら、ぼんやりとサーラはつぶやいた。
「あんなに美しいものが、この世にいるなんて……」
 焦がれるような瞳が、夕日を浴びて煌々と燃えている。何故か今にも泣き出しそうで、アルトはそっと肩を寄せた。
 神鳥は島の北部を悠然と飛び回ると、再びこちらを目指し、緩やかに下降していった。誰ともなく胸を撫で下ろす。
「びっくりしたあ……。あのままどこかへ飛んで行っちゃうのかと思った」
 モエギが途端に脱力する。振り返ると、宝珠は元の鈍い輝きに戻っており、守護者の少女たちが歩み寄って来た。表情に乏しかった顔は、高揚の名残か赤みが差していた。
「ラーミアは」
「再びこの世に、生を受けました」
 折り目正しく一礼すると、二人の少女はにこやかに微笑んだ。
「ラーミアは、神のしもべ」
「あなたがたならば、その背に乗ることができましょう」
 満ち足りた笑顔の少女たちに、アルトは大きくうなずいた。
「貴女たちは、神鳥が蘇ったらどうするのだ?」
 サーラの問いに、少女たちは顔を見合わせ、淡々と告げた。
「私たちは、ここから」
「ラーミアと、あなたがたを見守っています」
 そうか、とサーラは目を細めた。ネクロゴンドでシリルとの別れを経験したばかりだったが、彼女たちは事の行く末を見届けるために残るのだ。
「ありがとう。ラーミアの力を借りて、俺たちは必ず、魔王を討つ」
 毅然とアルトが言い放つと、少女たちも希望溢れる眼差しを返してくれた。



 地上へ降りると、神鳥ラーミアは塔の横脇でのんびり毛づくろいをしていた。周囲の氷床が掃かれたようにつるつるとしている。既に日没間近だったので、ジャックが松明を用意してくれた。
「う〜ん……。もう夜だし、あの子たちの言う通り乗せてもらうにしても、ちょっと危ないよね」
 腕組みをしてモエギがうなる。アルトも首をひねった。
「そうだな……フクロウみたいに夜目がきくとは思えないし、ラーミアに聞く訳にもいかないし」
 そもそも、動物と接する機会が少なかったため、どのようにして交流を図れば良いのか見当がつかない。
「そんな難しく考えることねえよ。仮にも神鳥だぞ? こっちが何言ってんのかくらい分かるだろ」
 なっ、と屈託なくラーミアに笑いかけるジャック。当のラーミアは小首を傾げ、じっとこちらを見つめている。要領を得られないのではなく、問いを待っているように見える。アルトはラーミアの首元まで歩み、話しかけてみた。
「あの……。俺たちを、ここまで連れて来てくれた人たちがいるんだ。今日はもう遅いから、一旦その人たちの所へ戻って、明日の朝また、ここへ来るよ。その時、四人とも乗せてもらっていいかな」
 出来るだけゆっくり話すと、ラーミアは間を置いて、ぴるると小さく鳴いた。不思議なことに、アルトにはラーミアがいいよ、と承諾してくれたように聞こえた。
 ジャックに伝えると、今度はけしかけた本人が目をしばたたかせた。
「え? 何か、人間の言葉が聞こえたとか?」
「いや、何となくだけど。拒否しているようには思えない」
 すんなり意思の疎通が図られたのが意外だったのだろう、ジャックは「はあ……」と涼しい顔をしたラーミアを眺めた。
 すると、サーラもラーミアに近寄り、どこか思い詰めた表情で、怖々と首の付け根に手を乗せた。つやつやとした羽毛を撫でられると、ラーミアは心地良さそうに目を閉じた。
「サーラ……?」
 アルトが声をかけると、サーラは手を止め、肩越しに囁いた。
「何でもない。ただ、とても懐かしい人に再会したような……変な気持ちなのだ」
 声が滲んでいた。ラーミアはというと、頭を垂れうっとりとまどろんでいる。まるで、雛が親鳥に甘えるように。
 ラーミアは、神のしもべ。もしかすると、ラーミアもまた、精霊神ルビスにゆかりがあるのかもしれない。儚げな背中を丸ごと包みたい衝動に駆られ、アルトはじっと耐えた。
 サーラの気が済むと、ひとまず帆船までルーラで転移した。ダンはアルトたちを迎えるなり、大興奮で黄昏に舞うラーミアの姿を見たと訴えてきた。
「ついに、やったなあ! 今夜は祝杯だ!」
 このことを見越してか、乗組員たちは大量の酒を積み荷に乗せていたらしい。船内の食堂には所狭しと酒樽や料理係のごちそうが並べられ、残りわずかな時間を盛大に分かち合った。
 緑のない南の島に浮かぶ帆船は、夜通し明かりを絶やすことはなかった。



 翌日、ポルトガへ向けて出航する帆船を見届けると、再びラーミアのもとへ戻った。海の男たちは再会を願い、後腐れなく去っていった。
 話し合った結果、まずはダーマへ向かうこととなった。神鳥の伝承を教示してくれた、大神官ヨシュアに報告するためだ。さらに万全の準備を整えてから、ネクロゴンドへ攻め入る。
 各々帆船に積んでいた個人の荷物を背負い、うずくまっていたラーミアに頼むと、神鳥は胴体を傾け乗るよう促した。
 見目麗しいこの神鳥に、果たしてきちんと乗ることが出来るのかと懸念が行き交ったが、背にまたがると思いの外空間に余裕があった。少なくとも、眠りこけて派手な寝返りを打たない限りは、転落の心配もなさそうだ。
「なあ……多少時間かかってもいいから、なるべくゆっくり飛んでくれねえかなあ」
 先頭と最後尾は絶対嫌だと言い張るジャックは、サーラとモエギの間にちゃっかり収まると居心地悪そうに肩をすぼめた。モエギがうんざりとため息をつく。
「それなら、あんただけルーラでダーマ神殿まで移動すればいいでしょ」
「やだね。オレだけ仲間はずれになっちゃうもん」
「そもそも、何でそんなに高い所が怖いの?」
 修行の一環でガルナの塔に上った際、ジャックが散々怖気づいたという逸話を思い出した。高所恐怖症の賢者は忌々しげにうめく。
「高い所が大好きそうなお前に教えてやるよ。真下が見えるのがイヤなんだよ。そんで、もし落ちたらっていう想像が必ず付属するんだよ……」
 暗にモエギを馬鹿呼ばわりしていることに気付いたが、アルトは何も言わないようにした。
 全員背に乗ったのにもかかわらず、なかなか出発の合図を出さないためか、ラーミアがこちらを振り返る。謝ろうとすると、サーラが背後で先に口を開いた。
「ラーミア、待たせてすまない。ほら、余計なお喋りは着いてからにしろ」
 仲裁され、ジャックとモエギの会話が途切れる。
 思い返すと、二人の口喧嘩に割って入るのは、ほとんどがサーラだった。幾度となく繰り返されてきた光景だ。
 こうして、四人で和気あいあいと過ごせるのもあと少しなのだろう。ふいによぎった寂しさを紛らわせるために、明るく呼びかける。
「じゃあ、行こうか。ラーミア、ここから海を渡って、北東の岩山に囲まれた高地に神殿がある。そこまで、頼む」
 首筋を撫でると、ラーミアは意気揚々と鳴き、両翼をしならせた。振り落とされないよう、しっかり背にしがみつく。少しずつ、氷床が離れていく。
 一度胴体が沈んだ次の瞬間、ラーミアはアルトたちを乗せ、大空へ翼を広げた。
 上昇気流に乗り、みるみるうちに塔の高さを越える。一瞬だけ、屋上の広間にたたずむ少女たちが視界に入る。
 何度も足をとられながら歩いた極寒の地が遠のき、帆船に揺られながら進んだ海を生身のままで見下ろす。
 モエギが歓声を上げ、ジャックは「高い高い高い!」と悲鳴混じりに絶叫する。背中越しにサーラも感嘆の息を漏らした。
 数々の土地を回っても、こんなにもまだ、心躍る瞬間がある。いつしか、心の底から笑っていた。
 新しい世界は、陽光に隅々まで照らされ、風を切る爽快な香りがした。