夢の続き 7



 活火山の噴火は二日にわたって続き、集落は溶岩と火山灰でほとんどが暮らせる状態ではなくなった。混乱状態となった民たちを導いたのは、サーラたちではなく、皆カツヒコに従える宮の者たちだった。
 宮も半壊状態となったが、ジパングの民は全て宮で受け入れ、老若男女問わず働ける者は弱った者の世話や雨風しのぎの壁を作った。
 宰相カツヒコは、女王ヒミコの亡骸のそばで憔悴していたが、部下の兵士に支えられ、宮の片隅で死んだように眠っている。
 そのすぐ近くで、アルトとサーラは、同じく昏々と眠り続けるモエギとジャックに付き添っていた。
 ――輿入れの一団にいた兵士たちによると、洞窟の奥で旅の扉が出現した際、ジャックはモエギを腕の中に抱いたまま意識を失っていたという。それを兵士たちが保護し、噴火の間も安全な所に避難させていたらしい。サーラたちは兵士たちに礼を言い、自分たちも手持ちのわずかな薬草や回復魔法で、疲弊した民の世話にあたった。
 それが一段落し、灯された明かりのそばで休息を取っていると、女官に案内されヤヨイがやって来た。娘はなりふり構わずモエギのそばに膝をつき、口を両手で押さえた。
「モエギさん……」
 自分の身代わりとなり、傷付いたモエギへの申し訳なさなのか、それとも安堵なのか、はらはらとヤヨイは涙をこぼした。
 サーラが声をかけようとすると、さらに誰かがやって来た。頭上を仰ぐと、治療の世話になった巫女のフジノだった。
 フジノは折り目正しく正座をし、サーラとアルトに深々と礼をした。
「……貴女がたには、感謝してもしきれません。結果、ヒミコは己の身を滅ぼしましたが、これからはわたくしたちも、民を避けず、ジパングのために尽力するつもりでございます」
「そんな……顔を上げてください」
 アルトがたしなめると、フジノは奥で眠っているカツヒコに目をやった。
「……ヒミコの魂が、浄化されていくのを、わたくしたちは感じました。ヒミコは決して恵まれた人生ではありませんでしたが、唯一救いがあるとすれば、一族の中で最も……愛を知った者でした」
 固く身を寄せ合う二人が思い起こされ、サーラはやり切れない感情に苛まれた。立ち上がり、フジノに告げる。
「モエギとジャックが、目を覚まさないのだ。身体的なものは、カツヒコ殿より重症だろう。貴女の腕を見込んで頼む。診てやってくれないか」
 フジノは承知し、丁寧に一礼した。さらにヤヨイにも声をかける。
「ヤヨイどのも、しばらくモエギについていてやってくれないか。私は少し、風に当たってくる」
「サーラ、俺も」
 アルトの申し出には返答せず、サーラは民で埋め尽くされた宮の中を抜け、外に出た。
 噴火の数日後、大雨が降り、今は湿気をはらんだ夜風が荒れた集落を通り過ぎていく。サーラは宮を離れ、集落の方へ足を向けた。
「サーラ、待てよ!」
 足音が近付いてきた。振り返ると、アルトが屈んで大きな息をついた。
「……カツヒコさんと、女王ヒミコのことか?」
 サーラは小さくうなずき、灰にまみれた田圃に目をやった。
「……あの二人は、何故このようなことになったのだろう」
 分かりきったことだった。本来、結ばれぬはずの二人だった。それでも、二人の心が互いを強く結びつけた。
 ヒミコを思って、薬草を選び目を細めた、カツヒコの表情が蘇る。
「私は、二人を、この国を歪ませた、黒い宝珠というものに、他意を感じるのだ」
「他意……? 誰かがわざと、やったってことか?」
 サーラはそうだ、と爪が食い込むくらい、拳を握りしめた。
 ジパング帰りの商人から渡された、女王ヒミコの品から感じ取ったものは、てっきりヒミコ自身のものだと思っていた。
 だが、今思い返すと、あれはヒミコの弱みにつけ込んだ、邪悪な他意だったような気がするのだ。
 そう語ると、アルトはサーラの肩に手をかけた。
「サーラ、もしそうだとすれば、俺たちがそれを暴いて、討つしかない。それが、あの二人のためにもなる。そうだろ?」
 アルトの労わるような微笑みに、今まで感じていたいたたまれなさが一気に膨れ上がり、サーラはアルトにしがみついた。アルトは動じることなく、サーラを受け止めた。
「私は……許さない。人の人生を弄ぶような、ささやかな幸せを壊すような、狂った存在を……」
 見えない意図への憎悪と悲嘆に、涙を流すサーラを、アルトはしっかりと抱きしめてくれた。強く、温かで、優しい力に、少しずつサーラの感情は癒されていった。
「アルト……」
 涙に濡れたサーラの頬を撫で、アルトは静かに口付けてきた。
 心地よい熱を感じながら、サーラはしばしの間長い口付けに身を任せていた。



 目が覚めた時、湿っぽい木と藁の匂いに、ひどく安心する自分がいた。ずっと、悪い夢を見ていた気がする。
「モエギさん……」
 視界には瞳を潤ませるヤヨイの顔があり、かろうじて微笑む。
「ヤヨイさん……あたしたち、何とか出来たの?」
 ヤヨイは何度もうなずき、その度に涙がきらきらと辺りに飛び散った。きれいな涙だ、とぼんやり思う。
「もう、誰も生贄にされることはありません。ジパングはめちゃくちゃになってしまいましたが、もうおびえて暮らすことはありません……」
 涙を振り払い、ヤヨイは一部始終を語ってくれた。
 断片的にではあったが、大まかな事の次第が分かり、モエギは複雑な思いでそれを聞いていた。
「モエギさんのことは、先ほどフジノさんが診てくださったのよ。強力な術による外傷や、精神への重圧があったとおっしゃっていたけれど、その痕跡が嘘のように治っていると……」
 確かに、大蛇の体内であの黒い宝珠に触れてから、自分が完全に封じ込められていた気がする。
 その間の残像がいくつかちらつき、モエギは勢いよく上半身を起こした。
「ジャックは!? ねえ、ジャックは……」
 病み上がりのモエギが突然跳ね起きたので、周りにいる兵士が何事かと顔をしかめたが、モエギは隣で横になっているジャックを認めると一旦落ち着いた。自分が負わせたはずの外傷が見当たらなかったのだ。
「ジャックさんも、フジノさんの治療を受けて、怪我はほとんど治ったようです。
 だけど、この方の精神力……鬼道を使える残量だとかおっしゃっていましたが、それがほとんど底を尽きているそうです」
 さらに、途切れ途切れの記憶が追いつき、モエギは声を失った。
 うっすらと感じていた。自分の中を支配する、黒い塊がある時を境に、徐々に消えていったのを。
 その間ずっと、とても優しいぬくもりに包まれていたことも。
 モエギは視界が歪むのを瞬いてこらえたが、堪えきれず涙をこぼした。ヤヨイはモエギに寄り添い、背中をさすってくれた。
「ジャックさんは、モエギさんの大切な方なのね。そんなモエギさんを、ジャックさんも守ってくれたのね……」
 モエギは言いようのない感情に満たされて、ただヤヨイの言葉にうなずいていた。
「フジノさんによると、何日か安静にすれば自然と回復し、じきに目も覚めるとのことよ」
 モエギは鼻をすすりながら、横たわるジャックを見つめた。
 静かすぎるジャックは落ち着かない。早く、いつものいたずらっぽい笑顔を見たい。そんな想いを込めて、モエギはそのまま端正な寝顔に見入っていた。



 大噴火に見舞われたジパングの民は、宰相カツヒコの昏睡状態が続く中で、宮の者たちと力を合わせ、一歩ずつ復興に乗り出した。
 女王ヒミコの死はごく一部の者が胸に秘め、他の者たちには病死だと伝えられた。元々体調が芳しくなかったこともあり、誰も疑う者はおらず、ヒミコを弔う者が大多数であった。
 こんこんと眠り続けていたジャックも、目が覚めた時には心身ともにほぼ完治しており、数少ない術の使い手として、フジノら巫女たちと協力し負傷者やカツヒコの治療に奔走した。だが、ジャックは目覚めてから時折、難しい顔をして一人で考え込む姿が多く見受けられた。
 アルトたちも、数日間は復興の手伝いを買って出ていたが、カツヒコの意識が戻ると、四人揃って彼の元に呼び出された。
 作業は集落の方を優先しているため、宮は民が避難した時とさほど変わっていない。所々崩れた宮の奥で、カツヒコはまず感謝を述べた。
「結果は、民も、私も今後多くのものを背負うことになった。だが、部下たちの話を聞くと、おろち神への生贄に囚われていた頃より、皆ずっと生き生きしているという。
 異国からやって来た貴殿たちには、ヒミコのことも含め、大変世話になった。感謝する」
 心からの礼に、アルトたちもそれにならって頭を下げた。
「俺たちは、結局女王ヒミコのことは助けられなかった。本当は……」
 沈痛な面持ちのアルトを制し、カツヒコは憂いの宿った笑みを返した。
「ヒミコのことは私の責任だった。それに、あの宝珠が、ヒミコと私の最後を、救いのあるものにしてくれた」
 宝珠がカツヒコに見せたものは明かされなかったが、瞳の穏やかさが、彼に灯る希望を物語っていた。
「……まっ、オレはその時全然意識がなかったんだけど、あんたに仕える人間の働きっぷりを見てると、やっぱり宰相はあんたしかいねえな。カツヒコさんよ」
 ジャックが苦い笑みをこぼすと、カツヒコもにやりと笑ってみせた。
「身体の方が本調子になる頃には、本格的に復興の指揮を執ろうと思っている。貴殿たちは、この先の旅を急がねばなるまい。明日にはここを発たれよ」
 アルトたちは顔を見合わせた。確かにカツヒコの言う通りだが、ジパングの現状はまだ満足のいくものではない。
 渋っているアルトたちを見かねてか、カツヒコは眉根を寄せた。
「ここは、我らジパングの民の国。異国の者が深く介入出来る土地ではない。早々に立ち去られよ」
 ここを訪れて間もない頃、似たようなことを言われた気がするが、今はカツヒコなりの思いやりを感じられた。
 アルトたちが納得した所で、カツヒコは懐から紫の宝珠を取り出した。
「これは、約束通り貴殿たちに譲ろう。その力で、我々のように困っている世界の民を救って欲しい。ヒミコも、そう願っているはずだ」
 サーラが進み出、宝珠を受け取る。
「……カツヒコ殿、貴方がヒミコを想う心は美しかった。貴方は、きっとこの国を豊かにするだろう」
 カツヒコは痛みをこらえるような、苦い笑みでうなずいた。自分の部下がサーラに傷を負わせたのも、忘れてはいないのだろう。
 逆境を這い上がってきたカツヒコは、誰よりも人の痛みが分かる。そういう人間ならば、おそらく、大きく道を踏み外すことはない。
 ジパングが再び黄金色の稲穂に包まれる日を夢見て、双方は別れの挨拶を済ませた。



 急にジパングを発つことが決まり、世話になったヤヨイやハナは大層別れを惜しんだ。幼いムツミは何度言ってもモエギにしがみついたままで、モエギは泣き笑いしながら彼女らと言葉を交わし、互いに幸運を祈った。
 噴火の際に流されたのか、島へやって来た時の船はどこにも見当たらなかった。岸辺で、ジャックは頭を掻きながらため息をついた。
「あーあ、宿屋のおっさんの大事な船が」
「まあまあ。あのおじさんならあたしたちが無事に帰ってきたら、許してくれるよ」
 にこやかに微笑むモエギを見下ろすと、ジャックはにやにやしながら返した。
「そうだな。お前の元気すぎるバカ面見たら、んなことどうでも良くなるな」
「何、それ!? あんたこそ賢者のくせに締まりのない顔どうにかしなよ!」
 じゃれ合う二人を見て、ふとジャックの笑みが今までより柔らかくなったような気がした。
 サーラはそっと目を細めると、アルトの横顔を見つめた。どこか浮かない顔をしている。声をかけると、アルトは集落の方角を振り返った。
「……いや。俺、女王ヒミコの最期に、カツヒコさんにきついことを言ったけど、もし自分が同じ立場だったら、人のこと言えそうにないなと思ったんだ」
 サーラは灰混じりの潮風を浴びながら、いたずらっぽく笑い飛ばした。
「そういうことは、考えなくていい。私もお前も、こうして一緒にいる。それだけでいいんだ」
 風になびくサーラの髪を眩しそうに見つめ、アルトも満面の笑みを見せた。



 彼らは、この国で感じた『他意』が、さらなる勢いを増していることを、まだ知らなかった。