夢の続き 4



 闇の中に、忍び寄る微弱な気配を感じた。
 サーラはまぶたを持ち上げた。家の外は、重たげな寒々しい空気が漂っている。物音を立てぬよう、ゆっくり上半身を起こし、昨夜のことをぼんやりと思い出す。
 ハナを落ち着かせると、翌日カツヒコに素性を明かし、おろち神の啓示について問い質すことを決めた。同時に、オーブの在り処も吐き出させることも。
「もし」
 いきなり声をかけられ、サーラは枕元にある剣の鞘に手を伸ばす。目を凝らすと、居間の奥――確か、倉庫への階段がある暗がりから、細い影が近付いてきた。
 剣の柄に手をかけたまま息を詰めていると、声の主はサーラの布団の脇に膝をついた。同時に、押し殺した声で告げられる。
「どなたかは存じませんが、今すぐお逃げください」
 顔がはっきりとはうかがえないが、年若い娘の声には覚えがあった。
「……もしや、ヤヨイどのか」
 娘は、こくりとうなずいた。
「今まで、倉庫の壺に身を潜めておりました。ですが地下の上から嫌な気配がして、いても立ってもいられず……」
 まさか自分の家に隠れていたとは予想だにしなかった。だが、それどころではない。
 耳を澄ますと、わずかだが、数名のうごめく気配を外から感じ取った。サーラはアルトたちをすぐさま起こし、ヤヨイには奥で眠っているハナとムツミの元を離れないよう言いつけた。
 家の周りを取り巻く気配は、人のものでありながら、研いだ刃のように殺意のみを宿している。
 サーラたちを不審に思ったヒミコ、あるいはカツヒコの差し金だろうか。それにしては、あまりにも短絡的すぎる。
 だが、ここで黙って降参する程おとなしくはない。普段の防具を身に着ける余裕はないが、靴を履き、荷に忍ばせておいた各々の武器を持ち出す。モエギとジャックが入口の左右に伏せ、サーラとアルトは二人の隣にそれぞれ身を潜めた。ぴりぴりと、痺れるような静寂。
 風が、凪いだ。
 同時に、黒い突風のごとく装束を纏った輩が飛び込んできた。待ち構えていたモエギが掴みかかり、みぞおちに膝蹴りを喰らわせる。黒装束の右手に短刀が光った。
 鋭い刃がモエギを狙うと同時に、ジャックのメラが手元ごと炎上させた。黒装束は短い悲鳴を上げ後退する。その隙に四人は外に飛び出した。分身のような黒装束が他に五、六名。
「ここは、一旦かく乱させて……」
 ジャックが発動の構えを取ると、針のようなものがジャックの首筋に突き刺さった。黒装束の一人が吹矢を放ったのだ。
 ジャックは喘ぐ魚のように口をぱくぱくさせている。今の吹矢で、何か毒を盛られたのかもしれない。一向に魔法は発動しなかった。
 黒装束たちがにじり寄る。今まで人間相手に殺生は避けてきたが、相手は明らかにサーラたちの命をもぎ取るつもりだ。こちらもその覚悟がなければ、殺される。
 間合いを保ったまま、双方とも最初の一手が繰り出されるのを待つ。
 ふいに、背筋に悪寒が走った。
 サーラが背後を仰ぐのと、家の屋根から黒い塊が降ってきたのはほぼ同時だった。剣で受け止める間もなく肩口を小刀で破られ、サーラは鋭い悲鳴を上げ膝から崩れた。
 しめたとばかりに、黒装束たちが一斉に襲いかかってきた。アルトたちが立ちふさがるのを横目に、サーラは激痛に歯を食いしばりながら、飛び降りてきた伏兵の体術から身をかわす。端から見れば、地面をのたうち回るような見苦しい有様だろう。滴り落ちる血が乾いた土を赤黒く汚していく。
 せめて、一太刀。サーラは渾身の力で、振り下ろされた足を薙ぎ払った。黒装束はひっくり返り、鮮血が噴き出す左足をかばう。立ち上がり、自分の血に染まった忌々しい小刀を蹴って草むらの中へ押しやる。さらに顎のあたりを蹴りつけると、黒装束は白目をむいて気を失った。
 前方を見やると、既に黒装束の内一人が地面に転がっている。サーラは肩口を押さえ加勢しようとしたが、負傷した右肩から下の神経がだんだん麻痺し、それでも必死に剣の柄を握りしめた。
 左右から突進してくる黒装束から逃れるように、モエギが素早くしゃがみ込むと勢い余って黒装束たちが仲良く激突する。その隙にモエギが一人に足払いをかけ腕をへし折り、もう一人はジャックが首を羽交い絞めにし気絶させた。
 残った二人の内、一人が果敢にも短刀をアルトに向け喰らいつく。アルトは淀みない身のこなしで短刀をかわし、相手の懐へ入ると容赦なく腹に痛烈な鉄拳を叩き込む。吹き飛んだ黒装束はさらにモエギの回し蹴りで木の幹に叩きつけられ、ぐったりと倒れ込んだ。
 最後の黒装束は気圧されたのか、二、三歩後ずさると、脱兎のごとく逃げ出した。逃すまいと、アルトが自分の剣の鞘を投げつける。オルテガの大剣を収める鞘が鈍い金属音を立てて命中すると、黒装束は前につんのめって転倒した。アルトはすぐさま黒装束の方へ向かい、もどかしいと言わんばかりに鞘をどけると馬乗りになり、胸倉を掴んで詰問した。
「お前ら、何が目的だ! 言え!」
 激昂するアルトに対し、装束をねじ上げられた残党は先程までの勢いはどこへやら、情けない悲鳴を漏らした。
「答えろ! さもないと、今ここでお前たち全員を斬り殺すぞ!」
 アルトの形相に、黒装束は口元を覆っていた布を外し、諸手を上げた。その拍子に吹矢が転がる。
 怒りに我を忘れたアルトを止めるべく、サーラは肩をかばいながらアルトの脇に膝をついた。モエギとジャックも後に続く。
「アルト……駄目だ。殺すな」
 サーラが途切れ途切れに声をかけると、アルトは顔だけを向けた。起き抜けのことで鎧も纏っていない、汚れた寝間着と傷口に視線が注がれる。怒り狂う闘犬をなだめるように、サーラはアルトの瞳をただ見つめた。
 道の先は宮へと続いている。震える吐息をつくアルトの代わりに、モエギがきつく浴びせかけた。
「あんたたち、宮の誰かの命令であたしたちを狙ったのね? 今すぐそいつの所へあんたを差し出してやるから、案内しなさい!」
 面を露わにした黒装束は年若く、すっかり観念しこくこくとうなずいた。
 アルトは黒装束に視線を戻すと、掴んでいた手を荒々しく離し、怒気をはらんだままゆっくり立ち上がった。
 ジャックが他の黒装束から縄を拝借し、年若い黒装束を拘束する。まだ吹矢の効果が消えないらしく、ジャックは険しい表情をしていた。
 モエギとジャックが黒装束を見張っているというので、傷の具合が芳しくないサーラはアルトと共に、一旦ヤヨイの元へ戻った。
 喧噪で目を覚ましたハナと、祖母を抱きかかえていたヤヨイはサーラの怪我を一目見、すぐに手当てを施してくれた。アルトに頼ればベホイミ程度の回復魔法で治療してもらえるのだが、アルトはサーラを傷付けられた怒りに駆られているのだろう、祈りの言葉を口にすることは出来ないようだった。
 傷口を洗い流し、サーラの手持ちの薬草で簡易湿布を作り、包帯で湿布ごときつく覆う。ヤヨイとハナの手つきは慣れたものだった。
 サーラは痛みに時折顔をしかめながらも、手当ての間に黒装束のことを話した。ハナは黙々と手を動かしていたが、ふと口を開いた。
「……そいつらは、カツヒコ様の手駒だよ。もとは、豪族の長だった、カツヒコ様のお父上の隠密部隊が黒装束だったと、聞いたことがある」
 となると、カツヒコがサーラたちの命を狙ったというのか。否、女王ヒミコから何か良からぬことを吹きこまれた可能性もある。安静にしているよう、ハナやヤヨイに諭されたが、サーラは直接カツヒコから真相を聞きたかった。
 だが、襲撃の緊張が抜けたのか、思うように力が入らず、サーラはヤヨイに支えられ座り込んでしまった。重い息をつくと、傍らでじっと床を見つめたままのアルトに声をかけた。
「……アルト、すまない。モエギとジャックについて行って、話を聞いて来てくれないか」
 アルトは口を結んだまま、サーラのすぐそばまで身体を移した。手当ての間に、先程までの激しい怒りは落ち着いたようだ。沈んだ瞳をしている。サーラはわざと明るく苦笑してみせた。
「背後を取られるとは、ざまあないな」
 アルトを元気づけようと、さらに言葉を探してみたが、それ以上は続かなかった。沈黙が滞る。アルトは気遣わしげに、こちらを見つめている。
 人前ではあったが、サーラは構わず、自由になる左手でアルトを包んだ。ハナやヤヨイが息を呑むのが伝わったが、そのまま耳元で思いを伝えた。
「……私は大丈夫だ。ありがとう」
 身体を離すと、アルトは渋々ではあったが、ようやくうなずいた。
「……ごめん」
 それだけつぶやくと、手早く身支度を整え、アルトは去っていった。



 人質以外の黒装束は、まとめて大木の幹にくくりつけられていた。その中の奇襲をかけてきた一人を睨み据え、アルトは拳を硬く握りしめた。
 人質の黒装束を捕獲したまま待機していたモエギとジャックは、サーラの容態を聞くと安堵のため息をこぼした。ジャックが申し訳なさそうにうなだれる。
「すまねえ。喋れるようにはなったんだけど、こいつの吹矢が厄介なモンでな。どうも魔力の流れを麻痺させられたみたいで、魔法がまだ発動出来ないままなんだ」
「そこまで狙ってやったのが憎たらしいったらもう! でも、こいつ何を聞いてもだんまりなの」
 モエギがどつくと、黒装束は泣きそうな顔でこちらを見てくる。卑劣な手を使ったくせに、厚かましいにも程がある。アルトは侮蔑の眼差しで返した。当のジャックはというと、地面に目を落としたまま何かを考えていた。
 モエギとジャックがまだ寝間着のままだったので、交代で着替えてくると、人質を道案内にアルトたちは宮へと足を進めていった。
 手前まで来ると、衛兵二人がすぐさま目を見張った。
「お前たち、一体何事だ!」
「とぼけんじゃねえよ! 夜明け前にこの黒装束どもがオレたちを襲ってきたんだよ!」
 ジャックの訴えに、衛兵は顔を見合わせる。白々しい、というにはあまりにも理解が遅い。モエギが黒装束を突き出すと、最早気力も失せたのかそのまま地面に倒れ込んだ。衛兵も黒装束の元にひざまずく。
「本当なのか? 何故、このような旅の商人どもを……」
 黒装束は一向に口を開こうとしない。訝る視線は自然とアルトたちに向いた。
「何なの……? じゃあ、極秘であたしたちを暗殺しようとしたっていうの?」
 モエギが身震いする。アルトは前に進み出、衛兵と向き合った。
「俺たちの中の一人が、こいつの仲間の手で斬られたんだ。何も知らないなんて言わせない、今すぐカツヒコと会わせろ!」
 宰相を呼び捨てにされ、衛兵は途端に長槍を構えいきり立った。
「何を訳の分からぬことを! 商人の分際で、我が国で不義を働くのであれば容赦はせぬぞ!」
「不義を働いているのはどっちだ! 罪もない女の人たちを生贄にして、嘆く民のことを顧みないお前たちに言われる筋合いはない!」
 唐突に生贄のことを引き合いに出され、衛兵たちは狼狽した。カツヒコの名を呼ぶため息を吸うと同時に、若き宰相が姿を現した。
「早朝から騒がしいぞ! 一体何事ぞ!」
 大気を震わせるような怒声が発せられ、衛兵たちはたちまちカツヒコの元に向き直り、ひれ伏した。カツヒコが階段を踏みしめるように降りてくる。表情は昨日の商談とはうって変わり、氷が張った水面のように温度が失せていた。
 カツヒコが黒装束のそばまで歩み寄ると、黒装束は途端に顔を上げ、申し訳ありません、と幾度も頭を下げた。カツヒコは沈黙したまま部下を見下ろしていたが、下がれと一言だけ述べると、アルトたちと対峙した。
「……ヒミコの言った通り、貴殿らはただの商人ではないようだな」
 やはり、ヒミコの口添えだったのか。ジャックがせせら笑う。
「宰相さんよ、あんたは結局ヒミコ様の言いなりなんだな。ヒミコ様のためなら、娘っ子の命も民の涙も見て見ぬフリか」
「だから言ったのだ。早々にこの国を立ち去られよと」
 まるで自分に責任はない、とでもいうような口振りが、アルトの神経を逆撫でした。アルトは考える間もなく、カツヒコのえり首に掴みかかった。
「どの口が言うかっ!」
 脇に控えていた衛兵がすぐさまアルトを押さえようと長槍を振り上げるが、カツヒコはそれを制止した。アルトは己の頭半分上にあるカツヒコと睨み合う。
「何故、俺たちを始末しようとした? 何を女王に吹き込まれた? 貴方は、一体何が目的なんだ!?」
 カツヒコは無言のまま、アルトの手首をねじり上げると地面に叩きつけた。くぐもった悲鳴を上げ倒れ込むアルトを、ジャックとモエギが支える。
「あんたね、こっちは仲間がひどい怪我を負ったのよ! このまま黙ってこの国から出てけなんて、よく言えたものね!」
 肩を抱えるモエギの手に力がこもる。カツヒコはそれでも動じない。ジャックはアルトをモエギに任せると、立ち上がりカツヒコの正面に向き直った。
「あくまでシラを切るつもりだな。まあ、オレたちゃ確かに商人でも何でもねえし、別の目的があって来たんだけどよ」
 ジャックは間を置いてから、絶対零度の眼差しでカツヒコを貫いた。
「テメーみたいなのが宰相じゃ、この国はとっくに終わってるな」
 途端に、カツヒコは激しい剣幕でジャックに食ってかかった。ジャックは胸倉を掴まれても全くひるまず、カツヒコを見据えている。
「貴殿に、何が分かる! 私やヒミコの、ジパングの何が分かるというのだ!」
「分かんねえに決まってんだろボケ! オレたちが知りたいのは、何でオレたちを殺そうとしたんだってことだよ!」
 カツヒコの手が緩んだ隙に、ジャックは後退し咳き込む。アルトもモエギに支えられ起き上がると、答えを待った。
 カツヒコは、唸るように言葉を押し出した。
「……貴殿らは、この国の均衡を破ろうとしている。そして、私とヒミコを別つ存在だと、啓示があった」
 すぐには飲み込めず、アルトたちは顔を見合わせた。だが、そもそもその啓示に疑念が湧いているのだ。次第に新たな怒りがこみ上げてくる。
「だからといって、貴方のやろうとしたことは許されることではないだろう! その啓示は本当に信じられるものなのか? 本当にこの国のことを思う神からの啓示なら、何故生贄を捧げるような真似をするんだ!?」
 カツヒコの顔からさっと血の気が引いた。「そなたたち、どこでそれを……」
「ヤヨイさんのおばあちゃんに聞いたのよ。カツヒコさん、あなたも本当は、ヒミコにだまされているんじゃないの?」
 険しい表情に、初めて困惑が浮かんだ。ジャックは地面に這いつくばったままの黒装束から吹矢をひったくり、手の中で弄ぶ。
「聞きたいことは山程あるんだけどよ。まず、オレたちの目的をあんたに話そう。そんで、あんたの話も聞かせてくれよ。なーんにも知らないオレたちにさ」
 皮肉たっぷりに微笑んでみせるジャックに、カツヒコはしばらく沈黙を保っていたが、根負けしたのか深くうなだれた。
「……分かった。まずは、貴殿らの話を聞こう。それから、このジパングの話をしよう」



 外での争いが聞こえていたのだろう、カツヒコの後に続くアルトたちに数多の視線がまとわりついた。カツヒコは昨日商談を交わした間にアルトたちを通し、人払いをするよう女官に言いつけてから、ぴたりと引き戸を閉じた。今度は足を崩すことを厭わなかった。
 カツヒコは折り目正しく正座をし、改めてアルトたちと向き合った。
「……私の部下が手負わせたのは、あの女人か」
 サーラの不在に気付き、黒々とした瞳が陰を濃くした。まだ腹の底に沈下している憤りに、アルトは唇を噛み耐えた。代わりにモエギが答える。
「そうよ。だけど、ヤヨイさんたちの手当てで大事には至らなかった。あとはジャックかアルト君が治癒魔法を施せば、治る怪我だから」
 黒装束たちを差し向けた当事者に向けてだというのに、何故か諭すような雰囲気になった。アルトはカツヒコの事情を聞くまで、怒りを押し殺すことにした。
 カツヒコも、アルトのただならぬ気配を感じ取っているのか、淡々と話を進めた。
「して、貴殿らが我がジパングに参られた理由は如何程に?」
 ジャックが中央のアルトを小突く。アルトは深呼吸し、口を開いた。
「……貴方は、数ヵ月前、異国の行商人から、宝珠を買い取りませんでしたか?」
 表情は、動かない。
「あたしたちは、その宝珠――オーブを集めているの」
 カツヒコは、さも可笑しそうに小首を傾げた。「貴殿らが、何のために?」
 昨日とは逆に、今度はジャックが機嫌を損ねる番になった。膝を立てて悪態をつく。
「テメー知らねえのか? 魔王バラモスが、この世界を乗っ取ろうとしてること。宰相ならちったあ外国のことも知っとかねえとよ」
「だから今聞こうとしているではないか。貴殿は少々口を慎まれよ」
「やなこった」
 まるで水と油である。耳をほじり出したジャックを不快そうに見やり、カツヒコは嘆息するとアルトとモエギに視線を戻した。
「魔王……とは、何か邪悪な存在なのであろう。そのものと、宝珠に何の関係が?」
 アルトは出来るだけ平静を装いながら、ダーマ大神官ヨシュアから教わったオーブの言い伝えを紐解いた。
 古の時代、竜の神が産み落とした六つのオーブは、本来は神鳥の子種として下界にもたらされた。しかし各国で保管されていたオーブは、同時に選ばれた者の願望や能力を最大限に増幅させるという稀有な力を持つが故、人間たちの欲にさらされ略奪や戦に紛れてほとんどが行方不明となっている。
 オーブを南の天涯レイアムランドに全て揃え、神鳥を蘇らせる以外、魔王バラモスの根城へ渡る方法は無いに等しい。
 アルトたちの手元にあるのは、滅びたテドンの村で偶然見つけた緑のオーブのみ。ヒミコの手中にあるオーブの色は不明だが、何にせよ譲ってもらうしか選択肢はない。
 さらに、自分たちの旅のいきさつや、魔王バラモスとその配下の横暴についても語って聞かせた。カツヒコは終始真剣な表情で聞き入っていた。
「ただでとは言いません。俺たちに出来ることがあれば何でもします。どうか、オーブを譲って欲しいんです」
 アルトが頭を下げる。しかしカツヒコの表情は曇ったままで、ジャックがわざと大げさにため息をついた。
「ま、何をするって言っても、この国の現状じゃあ、オレたちは引っ掻き回すだけかもな」
 鼻で笑うジャックに、カツヒコは静かに打ち明けた。
「……言い訳がましいかもしれぬが、貴殿らの暗殺を命じたのは、ヒミコだった。命じられた時、私は反対した。だが、今の私ですら、ヒミコには逆らえないのだ」
「ハナさんから聞いたけど、あなたは女王ヒミコに命を助けられたって、本当なの? だから逆らえないってこと?」
 モエギが疑問を投げかけると、カツヒコは小さく、だが確かにうなずいた。
「だが、昔の私は彼女を憎んでいた。何故なら、私の父が敗戦し、命を落としたのも、ヒミコの予言があったため……」
「それでも、あんたは女王と随分深い仲のようだけど?」
 含みのあるジャックの問いに、カツヒコの頬が朱に染まる。しかし一瞬のことで、すぐに暗い顔色に戻った。
「しかし、最早ヒミコは、私の愛したヒミコから遠のきつつある……。私は、娘たちを生贄にすることで、おろち神と密接に繋がるヒミコも元に戻ると思っていた。だがヒミコは痩せ衰え、目ばかりがぎらつく……」
 カツヒコはまだ何か言いたげだったが、口をつぐんだ。
 ヒミコの命により刺客を放ち、アルトたちを急襲したことは許し難い。だが、やはりカツヒコは鬼にはなりきれない、実直な心根を持つ男のように映った。
 アルトは、昨日対面した時のカツヒコを信じることにした。
「カツヒコさん。良ければ、貴方と女王ヒミコの話を聞かせて下さい。俺たちが力になれるのであれば、女王を元に戻すのを手伝いたいんです」
 カツヒコはアルトを眺め、揶揄するような笑みを浮かべた。
「それを、宝珠をもらう条件にしたいとでも?」
 時折、ひどく冷めた目つきをするこの男は、アルトたちが思うよりずっと狡猾で、それでいて繊細なように思う。アルトはあくまで真面目にうなずいた。
「願わくば」
 カツヒコは真摯なアルトの瞳を面白がるように受け取っていたが、やがて天井を仰ぎ、遠い目をした。
「……では、聞いてくれまいか。この島のこと、私のこと……そして、ヒミコのことを」