英雄の息子 7



 バハラタから北東に望む、高山の頂に築かれた神殿を見上げ、サーラは感嘆のため息をついた。
「ここが……ダーマ神殿」
「そ。いや〜、いつ来てもここは寒いね。さ、早くジイさんに会いに行こうぜ」
 賢者の正装に身を包んだジャックが、先陣を切って歩き出す。バハラタから四人をいっぺんに移動魔法で転移させたのも、彼にとっては何の苦でもないようだ。
 モエギはその背中を眺め、「あいつ、すっかり我が者顔なんだから」と呆れた口調でつぶやいた。しかしどこか、その横顔は嬉しそうだった。
「やっと四人揃って来れたな」
 隣でアルトが満足そうに微笑む。サーラもうなずき、ジャックの後を追った。
 バハラタ南の漁村で再び船を預け、モエギの両親に挨拶してからすぐにここへ飛んできた。初めてルーラを体験したサーラが褒めると、ジャックは「こんなのまだまだよ」と案外あっさりした返答をした。
 今まで道中訪れた土地のどこよりも異質で、精密に造られた神殿。色々話は聞いていたが、かつてネクロゴンドからやって来た民たちが、どのようにしてこの神殿を建造したのか、想像もつかない。サーラは内部を見渡しながら、ダーマの神聖な空気に心までもが透き通る思いがした。
 一方、アルトやモエギはすっかりダーマに慣れているようで、いつものように会話を交わし始めた。
「そういえばさ、モエギはジャックの修行中カンダタと一緒にいたこともあったんだよな?」
 アルトは何気ない質問をしたようだが、モエギはふいに足を止め、どこか落ち着かない様子で辺りを見回した。
「あ、そうだったっけね。カンダタ、まだここにいるのかな……」
 心なしか声がしぼんでいる。モエギとカンダタの話も聞いていたが、あんなにも毛嫌いしていたカンダタを気にかけているモエギが、サーラには不思議に映った。
「おーい、ちゃんとついて来いよ!」
 ジャックが振り返りながら先を進んでいく。早足で追いながら、サーラはモエギに語りかけた。
「モエギ、カンダタぐらいの奴なら、一人でもまた新しい生き方を見つけているだろう」
 モエギはやや間があったが、「そうだね」といつもの調子でうなずいた。
 狭い廊下や階段を抜け、奥まった所にある重厚な扉の前でジャックは足を止めた。おそらく、ここで大神官が待っているのだろう。
「ジャックです。ジイ……大神官にお目通り願います」
 なかなか賢者もさまになってきたようだな、と忍び笑いをしていると、程なくして扉の向こうから年若い少女が出迎えた。
「待ってたわよ。お祖父様もお母様もいるわ。……あら?」
 朝もやに包まれた海のような髪をした少女は、サーラに目を留めると、みるみるうちに緋色の瞳を輝かせた。
「あなたが、サーラさんね!」
 飛びつかれそうな勢いで手を握られ、サーラは目をしばたたかせた。
「お会い出来て光栄です。わたしは、ダーマ大神官ヨシュアの――」
「ああ……クラリス様ですね。こちらこそ、初めまして」
 一礼すると、クラリスもうやうやしく礼を返す。初対面とはとても思えない懐かれ様に、ジャックはこの少女に自分のことをどう話していたのだろうと、内心首を傾げた。
「モエギさんもお久し振りね。髪も少し長くなったみたい」
「うん。クラリスも元気そうで良かった!」
 モエギとはすっかり友人同士のようだ。さらにアルトとも親しげに話すクラリスを見ていると、想像していたよりずっと年頃の少女らしい印象を受けた。
「はいはい、今日はお前に会いに来たんじゃないの。早く通してくれない?」
「分かってるわよ! 本当、あなたはいつ会ってもそうね!」
「だってお前にまで愛想振りまいてられっかよ、このジャック様がよ」
 従兄であるジャックにあしらわれると、クラリスは一変してむくれた。このあたりは話に聞いていた通りだなと、二人の賢者のじゃれ合いは微笑ましく思えた。
 ようやく入室すると、その一角で銀髪の老人と、ダーマの神官服を纏ったふくよかな女性が待ち構えていたように立ち上がった。
「ジャック、そして皆さん、わざわざここまで来てくださってありがとう。今お茶を用意しますから」
「お母様、わたしが行くから座っていて」
 言うなりクラリスは部屋を出ていった。それを見送ると、銀髪の老人――大神官ヨシュアは、ジャックの叔母ソフィアの隣に並び、サーラたちを一瞥した。
「……うむ。初めて、四人全員と会うことが出来た。先日会った時は、もうさほど用がないと思うたが」
 年老いてはいるが、ダーマの大神官だけあり、凛としたたたずまいの賢人だ。アルトが歩み出、懐からアリアハン国王の書簡を取り出した。
「お忙しい中時間を割いて下さり、ありがとうございます。これを、アリアハン国王から預かってきました」
 ヨシュアは書簡を受け取ると、すぐに目を通し、一分もせずに顔を上げた。
「ふむ……サマンオサか。確かに、色々不可思議な事例がある。
 ソフィア、神殿内にサマンオサについて詳しい者がおらぬか、直ちに調べさせよ」
 ソフィアは短く返事をし、扉へ向かおうとしたが、モエギの横で足を止め、小さく手招きした。モエギは目をぱちくりとさせたが、素直について行った。
「何だ? おばさん、モエギに何か用でもあるのか?」
 ジャックが不思議そうに二人が出ていくのを見つめていたが、すぐにヨシュアに向き直った。
「そうそう。アリアハンのソイっていうご隠居にもちゃんと会ってきたぜ。ジイさんの知り合いだったんだな」
「うむ。ソイは古くからアリアハンの政に携わってきた功労者じゃ。あの男の家系は代々、皆あの国を支えてきおったのだ」
 けど、とジャックは口をへの字に曲げた。
「ご隠居は三つ目の鍵の在り処は知らなかった。だから、とりあえずオーブを探すことにしたよ」
 ヨシュアはそうか、と瞬きをすると、サーラに視線を移した。琥珀の瞳は、降り積もった雪のように静けさを漂わせている。
 この中で、自分だけが大神官と初対面なのだった。サーラは深く頭を下げ、簡単に自己紹介をした。
 すると、ヨシュアはサーラの目の前まで歩み寄り、じっとこちらを見つめてきた。
「ジイさん、まさかサーラさんにセクハ……いてっ」
 おそらくアルトがジャックを諌めたのだろう。だがサーラは口を結び、じっとヨシュアを見つめ返した。しばらく経った後、ようやくしわの寄った口元が動いた。
「……似ておる」
「え?」
 思わず聞き返したが、ヨシュアはそれ以上語らず、ジャックとアルトに目を向けた。
「お前たちは、確かムオルに行きたいと言っておったな。サマンオサの件は、儂たちが責任を持って調査を進めよう。必要があれば、アリアハンに使者も送る。
 今日は、長く暇が取れぬ。クラリスの相手でもしてやってくれ」
「ちょっ、ジイさん……」
 ジャックが引き止めるのも聞かず、ヨシュアは部屋の外へ行ってしまった。たちまちジャックは肩をいからせ、苛立ちを露わにした。
「だーったくもう! やっぱうちのジジイが一番腹立つ! 訳分かんねえ!」
 しゃがみ込むジャックの吐露も一理ある。まるで独り言のような、あの独特の喋り方には対応しかねる。何より、あの言動の真理が理解し難い。
「大神官は、サーラと誰が似てるって言ったんだろうな……」
 アルトも同じことを考えていたようだ。サーラは首を横に振った。
 母に? エルフに? それとも――
 しばらく立ち尽くしていると、クラリスが人数分の茶を持って戻って来た。その後に、重い足取りのモエギが続いている。目が虚ろだ。
「モエギ、どうかしたのか?」
 アルトが問いかけるが、モエギはうつむいたまま黙りこくっている。ただならぬ様子に、サーラもモエギたちの元へ駆け寄った。
「クラリス、モエギに何かあったのか?」
 クラリスも同じく沈んだ表情をしており、細い声で告げた。
「お母様が言ってたの。あの人が、地割れに飲み込まれて、消息不明になっているって」
「あの人……?」
 それこそ誰のことだろうか。気付くと、ジャックがいつの間にか隣に立っていた。
「おい……クラリス、あいつのことじゃないだろうな」
 普段とはまるで別人のようなジャックの声音に、突如不吉な予感が押し寄せた。
 ジャックとクラリスの修行に力を貸したという、モエギと、もう一人――
「……なによ、あいつ……バカじゃないの」
 静まり返ったこの空間でも、やっと聞き取れる程度の声だった。
「ここしばらく、ガルナの塔の魔物退治をしてくれていたの……。その帰りで、大きな地震があって……」茶器を載せた盆が細かく震えている。
「け……けどよ! 単に行方不明ってだけだろ? あいつのことだから、きっと」
 わざと明るい声を出すジャックを睨み上げ、モエギは声の限り叫んだ。
「無事な訳ないでしょ!? こんな、寒い所でひと月も前に……」
 緑の目が大きく見開かれた。モエギは両目にたちまち大粒の涙を溢れさせ、ジャックの腕に顔を突っ伏ししゃくり上げた。
「……カンダタが?」
 その名が挙がらなくても、モエギの動揺を目の当たりにすればサーラやアルトにも判る。あまりにも突然の知らせに、茫然とするしかなかった。
 かつては敵として対峙した相手だったが、この期に及んで憎むような男ではなかった。ましてや、ジャックやモエギなら尚更だろう。
「……神殿側も、一生懸命捜したの。けれど、捜索が困難で……ごめんなさい」
「クラリス、貴女が謝ることではない」
 そっと肩に手を置いてやると、少女の赤く潤んだ瞳から涙が伝った。
 ジャックは信じられないといった表情で虚空を見つめていたが、腕にしがみ付き泣きじゃくるモエギを見下ろすと、かすれた声で毒づいた。
「あの……くそったれが……」
 怒りと苦悩の入り混じった顔を歪め、空いている手でモエギの小さな肩を抱くジャックは、サーラたちと出会った頃と比べて大きく変わったように映った。



 モエギが受けたショックは思いのほか大きく、当初はその日のうちにダーマを発つつもりだったが、出発は翌日以降に見合わせることにした。
 幸い神殿奥の客室に寝床を借りることが出来たので、サーラたちはひとまず、ダーマで心身共に休めることにした。
 モエギは、ひとしきり泣いた後は一旦落ち着いたが、すぐには気持ちを切り替えられないようで、サーラにぽつぽつとカンダタの話をしてくれた。
 カンダタ自身の不遇な生い立ちと、盗賊に転身したいきさつ。モエギが人知れず抱いていた悩みを聞き、励ましてくれたこと。決して善人ではなかったが、根っからの悪人ではなかったのだと、モエギは弁護にも似た口振りで話した。
 また、カンダタがモエギをやけに気に入っていた理由を、サーラにだけ、と打ち明けてくれた。
「あたしが、初恋の女の子に似てたんだって。でも、その子とは色々あって、ばつの悪いことをしちゃったから……あたしには口でどう言おうと、変な真似をする気はなかったみたい」
 変な奴だよね、と笑ったモエギの口元が、まだカンダタがどこかで生きているのではないか、という望みを捨てきれないように思えた。
 サーラは最低限の相槌を打ち、モエギの話を聞くことに徹した。自分が精神的にひどく弱っていた時、モエギが多くを語らず、サーラの話に耳を傾けてくれたように。
 翌朝、アルトたちと顔を合わせると、モエギは腫らした目で懸命に笑ってみせた。
「ごめんね。あたし、自分でも思っていたよりショックがひどかったみたいで……。けど、いちいちへこんでたら、大きなことは成し遂げられないからね」
 泣き笑いを浮かべるモエギに、ジャックも控えめに言葉をかけた。
「……だな。めそめそしてっと、あのヤローに夢で殴られそうだしよ」
「カンダタなら、いつでもきっとどこかで、俺たちを応援してくれているよ」
 モエギはこくりとうなずき、今度は精一杯明るい笑顔を振りまいた。
 出発前、ソフィアがカンダタの件について詫びてきた。
「本当はね、言わないままにしようかと思っていたの。けど、モエギさんやジャックには、たとえつらい思いをさせたとしても伝えておかなければ、と決めたの。きっと、知らないままで後々知った方が、よりショックを受けるだろうから……」
 涙ぐむソフィアに、モエギとジャックは報せてくれてありがとう、と返していた。サーラも、ソフィアの判断が二人への思いやりあってこそだったと感じられた。
 ダーマを訪ねた翌日、サーラたちは神殿のある高地から南東へと発ち、下山した後はムオルとの中継地点にある宿場に落ち着いた。暦は既に、三の月に入っていた。



 山道は登るより、下る方が身にこたえる。しかも、険しいダーマの高地から下ってきたとなると、足腰への負担にも拍車がかかるものだ。
 宿場では一泊してすぐに発つつもりだったが、出発日は春先にもかかわらず、あられが降り注ぐ悪天候で、サーラたちは余儀なく足止めをくらってしまった。
 このような時に四人揃って時間を共にするのも難なので、この日は各々好きなように過ごしていた。
 宿場は割と充実した設備で、談話するための居間や、簡素な道具屋なども設けられている。宿の主人によると、春から秋の間はバハラタからダーマを経由して商人などがやって来るらしいが、冬はぱったり客足が途絶えるという。
 今時期も客はまだ少ないようで、サーラたち以外は行商人が一人泊まっているだけのようだ。
 あられは昼を過ぎても尚、止む気配を見せない。サーラは居間にある窓際のテーブルでくつろぎながら、外をぼんやりと見つめていた。
「あーあ、何だかだれちまうね。さっさとムオルに行きたいのにねえ」
 木製のテーブルをはさみ、向かいでジャックが退屈そうに伸びをした。落ち着かないというアルトとモエギは、荷物の整理をしてくれている。
「いやー、こうしてサーラさんと二人っきりってのも久し振りね。アルト君と二人っきりでお楽しみとかはないの?」
 すかさず睨むと、「ごめんなさい……」とジャックが肩をすぼませた。
「全く。身も蓋もない話をしないでくれ。お前は何かにつけてそういう話に運びたがる」
「すいませんね。何せアッサラーム育ちですから」
「今となっては、そういう遊びもうかつに出来ないだろうな」
 何気なく言ったつもりだったが、ジャックの顔から笑みが消えた。言葉が過ぎただろうか。
 取り繕おうとすると、ジャックはそっと微笑んだ。
「……言っとくけどね、オレはアッサラームを出るまで、そういう遊びはしたことないよ」
 まじまじと見つめると、「ホントだってば!」と笑い飛ばされた。
「オレだってね、昔はもっと純だったのよ」
 いつものように語りたがると思いきや、そこで会話は途切れ、ジャックは気だるいため息をついた。窓の内側が白く濁る。
 おそらく、この男にも大切にしていた女性がいたのだろう。もしかすると、今もまだ、心の奥に引っ掛かっているような存在が。
「今は、どうだ?」
 問いかけたサーラの脳裏には、ダーマでカンダタの訃報を知った時のジャックと、モエギの姿が浮かんでいた。
 モエギは自ら語ろうとしないが、おそらくジャックに好意を抱いているだろう。ジャックも、出会った頃よりもモエギの扱いに思いやりを感じられた。
 だが、当の本人は「別に」とこぼした。
「今はとてもじゃないけど、そういう風にはなれねえかな。まあ、サーラさんが『アルトみたいなケツの青いガキより、もっとオトナの男がいいわ』って」
「ならないだろうな。少なくとも、お前に変な気は起こさないから、肝に銘じておけ」
 ジャックは声を上げて笑い、椅子にもたれかかった。
「あー、サーラさんとこういうやりとりするの久し振りだな。そういやオレ、未だに律儀にサーラさんのこと『さん』付けしてるもんね」
「確か言ったことがあったな。お前に呼び捨てされる筋合いはない、だったか?」
 そうそう、とジャックは破顔したが、それ以上は続けず、気が抜けたように外の景色に目をやった。
「……ホント、色々あったな」
「……ああ」
 数えきれない出来事があった。サーラも同じように視線を移す。
 宿場は海岸沿いに面しており、その向こうにはうっすらと、島のような影がうかがえる。ふと、ポルトガの灯台で聞いた話を思い出した。
 アリアハン大陸、その北には黄金の国ジパング――ポルトガ王の甥ジェフはさらりと口にしていたが、あの島が地理的におそらくジパングなのだろう。何故、黄金の国と呼ばれているのだろうか。
 と、大きな袋を抱えた太っちょの男が隣のテーブルに腰を下ろした。視線が合うと、男は丸々とした顔で愛想良く笑った。
「おお、昨日着いた旅の方じゃないですか。いやあ、この天候じゃどうにも動けませんからね、お互い!」
 先客の商人は言葉に反してやけに上機嫌だ。道中に顔を合わせてはいないので、サーラたちとは別の方角からやって来たのだろう。
「どうも。おたくはムオルから出てきた所かい?」
 ジャックは挨拶程度に尋ねたようだったが、商人はいいえ、と妙にもったいぶった口調に変わった。
「わたしはですね、ついこの間あのジパングに商売に行ってきたんですよ。いやあ、さすが黄金の国だけあって気前がいい! 見てくださいよこれ!」
 商人は袋の中から細工物や装飾品などを取り出し、テーブルの上いっぱいに広げた。サーラとジャックは立ち上がり、それらの品に目を見張った。
 鈍い輝きを放つ黒塗りのくしや、乳白色の石を連ねた首飾りなど、今まで目にしたことのないつくりの品を眺めていると、商人はその中から一つをサーラに差し出した。
「ここで会ったのも何かの縁、美しいお嬢さんにこれを差し上げましょう。これは中でも一番の値打ち物ですよ!」
 それは、先端に金属らしき繊細な飾りが施された、細い金の棒だった。
「これは『かんざし』という代物でしてね、女性が結った髪に挿すものですよ。きっと貴女にお似合いでしょう」
「それは、どうも……」
 サーラは一応受け取り、繁々とそれを観察した。すると、ふいにチリッ、と何かが焼け焦げるような残像が脳裏に走った。顔をしかめると、ジャックが不思議そうに覗き込んできた。
「一番の値打ち物ねえ。誰か貴族のお姫さんのものとかかい?」
「いやいやいや、姫どころか! この品は何と、ジパングの女王ヒミコ様が身に付けておられたという品なんですよ!」
 得意気に鼻息を立てる商人の言葉を聞いた拍子に、サーラの意識が吸い込まれるようにしてかんざしに集中した。
 どこかざらついた光沢と、、腹の中から膨れ上がるような負の念を感じ、サーラはかんざしを突き返した。商人の目が点になる。
「すまないが、これは受け取れない」
 こめかみにうっすらと汗がにじんでいた。サーラは元の席に戻ると、額を抱えうなだれた。
「サーラさん……?」
 ジャックはサーラのただならぬ様子に、商人へ文句をぶつけた。
「おい、女王様の品だか何だか知らねえけど、ちゃんとしたモノなんだろうな!」
「わっ、わたしには分かりませんよ! ただ、わたしのとっておきの品物を女王様にお売りしたら、すぐにこの品々と引き換えに買い取られて……」
「とっておきのって、こんな山程の物と交換なら相当なモンなんだろうな!?」
 サーラはジャックを止めようとしたが、身体に奇妙な倦怠感が残り思うように動けない。商人は困惑した声で答えた。
「そりゃあ、とっておきですよ。何せ、巷では龍の珠だとかいう、とんでもない価値のあるものですから……」
「龍の……珠?」
 ジャックも、サーラも聞き捨てならない言葉に神経が冴え渡るのを感じた。
「オイ、その珠はヒミコっていう女王が持ってるんだな!?」
 ジャックの剣幕に圧され、商人はただ首をぶんぶんと縦に振った。サーラも元の力が戻り、腰を上げてジャックをたしなめた。
「ジャック、むきになるな。そうとなれば、私たちに用があるのはジパングの女王だけだ」
「けどよ……。大丈夫かサーラさん?」
 サーラはゆっくりうなずくと、商人に視線を向けた。
「ジパングとは、どういう国なのだ?」
 商人はジャックから逃れるようにして、サーラに身体を向けた。この男の方が具合が悪そうに見える。
「ジパングは、文明の発達は他国と比べ物にならないくらい遅れていました。しかし、独特の文化を築いているようで……その筆頭に立つヒミコ様も、どうやら魔法のような術を操るのだとか」
「術? だからそのかんざしも、変な感じがしたのか?」
 ジャックは訝しげに先程のかんざしを見やり、サーラに尋ねた。
「……分からない。ただ、私が感じたのは、術の類ではない。おそらく、女王の……おどろおどろしい感情だった」
 サーラは自分の腕を強く掴んだ。ジャックも商人も、言葉に迷っているようだった。
 すると、部屋の方から足音が聞こえ、アルトとモエギが姿を現した。
「どうしたんだ? 何か言い争う声が聞こえたけど」
 言うなり、アルトはサーラの顔を見て瞬時に駆け寄った。
「サーラ、顔色が悪くないか? 何かあったのか?」
「うわっ、これ何?」
 モエギは商人が持ち帰ったジパングの品々に驚きの声を上げ、手に取ろうとしたがジャックが制止した。
「お前、勝手に触るな! 他にもやばいモンがあるかもしれないってのに!」
「何よやばいものって! ねえ、あたしたちにも分かるように話してよ!」
 サーラは、アルトとモエギを諌めるとジャックと共に事情を説明した。話を聞かせているうちに、アルトたちの表情も神妙なものへと変わっていった。
「じゃあ、ジパングの女王がオーブらしきものを持っているってことか?」
 アルトが半信半疑で尋ねる。ジャックは深くうなずいた。
「このオッサンが龍の珠って言ってるんだから、間違いねえな。ただ、そのヒミコって女王に取り合うとなったら、一筋縄ではいかなさそうだな」
「サーラが何かを感じたのなら、用心していかないとね」
 モエギも賛同する。サーラはさらに商人から話を伺った。
「女王には直に会ったのか?」
 商人はすっかり委縮しており、震えるようにして首をふるふると振った。
「いいえ、ヒミコ様は他国の者はおろか、臣下誰一人として寄せ付けないとか……。わたしが交渉したのは、ヒミコ様の補佐だとかいう男でして……」
「なら、まずはその男に取り合ってみるか」
 アルトの意識はジパングに向いているようだったが、サーラは当初の目的を問いかけた。
「アルト。確かにオーブのことも大事だが、そう焦ることはないだろう。まずはムオルを訪ねて、それからジパングの様子を探らないか?」
「そうそう。アルト君のためにもね。だって、ムオルはオルテガ様がお世話になった村でしょ? きっと、オルテガ様の話が聞けるんじゃないかな」
 モエギもムオル行きを推してくれる。やはりオルテガのことが気にかかったのだろう、アルトはすんなり折れ、サーラたちは天候が好転次第、予定通りムオルへと発つことにした。
 宝珠――オーブは、その力故に争いや災いを招くという。それを一国の女王が手にしたのなら、何事も起こらない訳がない。女王がオーブを欲した、何らかの理由があるのかもしれない。
 ジパングへ向かうまでに、覚悟を決めておかなければ――あのかんざしから伝わった邪念に立ち向かうように、サーラは鋭く窓の向こうの島を睨み据えた。