それぞれの道 5



 サーラたちが、タニアとグプタを人さらいの手から救い出したという噂は、瞬く間に町中に知れ渡った。タニアを始めとする黒こしょう屋の面々、そしてモエギの両親が人に会うたびそのことを話したのだ。
 カンダタたちについては正体を伏せ、アルトが言った通り逃げられたこと、だがもう悪事は働かないだろうということを町の人々に伝えた。
 バハラタに滞在する間はモエギの家で世話になり、寝床と食事を世話してもらった。ワカバはもちろんのこと、モエギの父セイジもサーラたちを手厚く歓迎し、夕食は毎晩賑やかな会話が交わされた。
 モエギの両親は娘に似て明るく、とても気さくな人物だった。特にサーラにはモエギの親友ということもあり、本当の娘のような扱いをしてくれた。両親のいないサーラとしては少々こそばゆい気もしたが、日が経つにつれ気にならなくなってしまった。世の中にはこんな温かな家庭もあるのだと、心の底からモエギをうらやましく思った。
 だが、いつまでも世話になる訳にはいかない。町に戻ってきてから数日後、サーラたちは黒こしょう屋を訪ねた。
 タニアとグプタ、そしてタニアの祖父は揃って顔を見せ、サーラたちに改めて感謝を述べた。グプタはまだカンダタ一味にやられた痛々しい傷跡が残っていたが、タニアの手当てで快方に向かっていると笑った。
「皆さんのお陰で、タニアとグプタもこうして戻ってきてくれた。わしらに出来ることがあれば何でもしますじゃ」タニアの祖父は感謝してもしきれないといった様子で応対してくれた。
 サーラたちは、ポルトガ王の依頼について説明し、黒こしょうの輸出を出来ないかと願い出た。
 すると、タニアの祖父はしばらく考え込んだ後、こう言った。
「ポルトガは、貿易で栄えている国と聞いておりますじゃ。ならば、黒こしょうを輸出する代わりに別のものを輸入するということになれば、この町にも利益が出るじゃろう。早速、町長に掛け合ってみることにしますじゃ」
「それと、交渉するためには黒こしょうそのものと、交渉人が必要なのですが……」
 それには、グプタが手を上げ、名乗り出た。
「それなら、僕が行きます。タニア、待っていてくれるかい?」
 タニアはこくりとうなずき、にこやかに微笑んだ。
「グプタ、大仕事になるわね。でも、モエギちゃんたちがいれば心配ないわ」
「タニアさん! グプタさんのことはどーんとあたしにまかせなさい!」
 モエギが満面の笑みで胸を叩くと、店内は笑い声に満ちた。
 出発は町長の承諾を得たすぐということになり、サーラたちは新しい装備の調達をしたりと準備を進めた。
 晩になると、サーラたち四人はモエギの部屋で今後のことを話し合った。
「まず、一刻も早くポルトガへ向かおう。グプタさんは旅慣れしていないようだから、時間はかかるかもしれないけど……馬をここで調達して、なるべく負担を軽くした方がいい」
 アルトの提案にサーラとモエギはうなずいた。だが、壁にもたれたジャックはひとり、何かに思いを巡らせていた。
「どうした、ジャック?」
 サーラが尋ねると、ジャックは言い淀んでから、ぽつりとこぼした。
「……オレ、パスするわ」
「ええっ? 何でよ!」
 ベッドから立ち上がったモエギは、突然思い出したように手を打った。
「そっか、ダーマ神殿に行くのね!」
 あっ、とサーラとアルトも声を上げた。
 アッサラームの一件により、ジャックはダーマ神殿の大神官の孫であることが分かった。ジャックは祖父に会うため、ダーマに向かうことを目的にアルトたちとの旅を続けていたのだ。
 サーラたちもそれを承知していたのだが、先にポルトガへ向かうことばかりを考えていたので、この地方にダーマがあるということを忘れていたのだ。
「モエギの親父さんに話を聞いたんだわ。ここから北北東、カンダタたちがいた東の洞窟の北に険しい高地があって、そこにダーマがある……ってよ」
「そう、だからあたしが子供の頃は、ダーマに登る旅人が中継地点としてバハラタに来ていたの。だけど、あの抜け道がふさがれたから、少なくなっちゃったんだろうな……」
 確かに、バハラタには旅人があまりいなかった。いたとしても、バハラタの南にあるという港からやって来た者たちだろう。
「それじゃあ、ダーマに登るのか」
 ジャックはアルトにうなずき、にかっと顔を笑み崩した。
「まあ、オレの目的はダーマに行って、ジイさんに会って話を聞き出すってことだからよ! アルト君、そこんとこわかってくれないと!」
 椅子に座っていたアルトの肩をばしばしと叩くジャック。困った顔をしながらも、アルトは冷静に返した。
「分かってるけど……それじゃあ、その後はどうするんだよ」
 手を止め、ジャックは頭を掻いた。全員の視線が集まる。
「……安心しろ。オレは親父たちと約束したんだ。お前らの力になるってよ。だから、そのままとんずらしたりはしねえよ」
 照れたようにジャックはうつむいた。出会った時は、魔王討伐と聞いて尻込みしていたジャックだったが、今は物怖じせず、同じ道を見つめようとしてくれている。それが素直に嬉しかった。
「……待っているぞ、ジャック」
 サーラが微笑みかけると、ジャックはきょとんとしてから、目を細めた。
「……サーラさん、オレ嬉しいわ。サーラさんが笑ってくれるようになって」
「……そうか?」
 頬を触ってみせると、モエギが苦笑した。
「もう! 自然にしてればいいのよ、サーラは!」
 軽くどつかれ、サーラは口を尖らせた。ジャックは声を上げて笑ったが、アルトは薄く微笑んだだけだった。
「ジャック、悪いけど一緒には行けない。この件が上手くいって、船を手に入れられたら……迎えに行く」
「そうね。そしたら、サーラさんはアルトについて行った方がいい。オレは頃合いを見てバハラタに戻って、お前らを待ってるわ」
 サーラは小さくうなずき、アルトに視線を移した。アルトも静かにうなずいた。
 船を手に入れたら、行くべき所は決まっている。もう逃げる訳にはいかない。
「それじゃあ、モエギはどうするんだ?」
 アルトが尋ねると、モエギはサーラとジャックを交互に見、言った。
「……あたし、ジャックについて行く」
 意外な答えだった。何故かと聞くと、モエギは寂しそうにサーラを見つめた。
「サーラ、あたしも一緒について行ってあげたいけど……アルト君がいれば大丈夫でしょ?」
 タニアさんとの約束は守れないけど、とモエギはつぶやいた。モエギの心情は十分理解している。サーラの胸に申し訳なさが去来した。
 だが、モエギはすぐに明るく笑い飛ばした。
「それに、ジャックのこと見張る人がいないとね!」
「お前、オレのこと疑ってんのかよ?」
 不機嫌そうに顔をしかめるジャックに、モエギは強気な態度を示した。
「ていうか、あんたひとりじゃ魔物にやられちゃいそうだもん。一撃必殺出来る、このあたしがいないとね!」
 自信たっぷりに胸を反らすモエギ。ジャックはけっ、とそっぽを向いた。
「勝手にしろよ。お前こそ山道でへばるなよ」
「うるさいわね。あたしがいればバハラタに戻ってきてもうちにいれるんだからね」
「あらまあ、それはステキな特典ですこと」
「思いっきり棒読みなんだけど!」
 モエギとジャックのやりとりにいくらか気分も紛れ、サーラはアルトと顔を見合わせ笑った。
 しばらくは四人で旅が出来なくなる。だから今は少しでも、同じ時間を共有していたかった。
 もしかすると、この先自分は笑えなくなるかもしれない。



 町長の承諾が下りてすぐ、サーラとアルトはグプタを連れてポルトガへ、ジャックとモエギはダーマへと発つことになった。
 見送りにはモエギの両親と、タニア、その祖父である老人が来てくれた。
「タニア、行ってくるよ。帰ってきたら、すぐに式を挙げよう」
 グプタはタニアの白い手を熱く握った。タニアは頬を赤らめ、深くうなずいた。ジャックが顔の前で手をはためかせていた。
「モエギ、ダーマに行くからには多くのことを学んでこい。頑張れよ!」
 父のセイジに肩を叩かれ、モエギは大きくうなずいた。ワカバは何やら大きな包みを二つ、モエギとサーラに手渡した。
「これ、わたしが作ったお弁当よ。日持ちするもので作ったから、食べてちょうだい」
「……ありがとうございます」
 サーラが丁寧に頭を下げると、ワカバは名残惜しそうにサーラの手に触れた。
「サーラさん、またバハラタに来てちょうだい。この一週間、本当に楽しかったわ」
 うなずき、サーラも微笑んでみせた。ひとときだが、家族の温かさを教えてくれた人たちに、サーラは心から感謝した。
 ジャックはサーラとアルトに向き直り、首を傾けて二人を見つめた。
「それじゃ、しばらくお別れだな。……アルト」
 ジャックの声がふいに厳しくなり、アルトは背筋を伸ばした。
「……サーラさんのこと頼むぞ」
「……ああ」
 アルトも真面目な表情でうなずいた。モエギはジャックの隣から進み出、サーラの手を取ると強く握った。
「サーラ、何があっても忘れないで。サーラには、あたしたちがいるからね」
「大丈夫だ。……お前が泣きそうな顔をするな」
 そっと微笑むと、モエギもうなずいた。
 今のままではどうにもならないのだ。この目で真実を確かめなければ、前に進むことは出来ない。
 モエギは手を離すと、ジャックと共に東の方角へ歩き始めた。凸凹な二つの背中を見送り、サーラたちも出発した。
 目指すは遥か西。不安はまだ心を蝕むが、何があっても目を逸らす訳にはいかない。
 サーラは雲に覆われた灰色の空を見上げ、踏み出した。