それぞれの道 3



 廃鉱になったという東の洞窟は、人が掘ったのか人工的な作りをしており、同じような場所をたどっては行き止まりに辿り着くというのを繰り返した。こうして四方八方掘ったはいいものの、結局は打ち止めになってしまったようだ。
 しかも中には魔物も棲みついており、それらを蹴散らしながら奥を目指した。
「しかし、あいつらは次から次へと隠れるにうってつけの場所を見つけるねえ。常にベストプレイスを求めてるのね」
 ポルトガで買った鋼の鞭で魔物を片付け、ジャックがつぶやいた。
「グプタさんも、ここに来てるってことだよね……途中で会わなかったし」
 モエギが心配そうに辺りを見回した。あのグプタという男は、去っていった時は着のみ着のままだったが、きちんと武装してやって来ただろうか。カンダタ一味は丸腰のままでどうにか出来る相手ではない。
 それに、心配なのはタニアだ。男臭い連中にひとり捕らわれ、何もないという確率は少ない。
 手当たりしだい進んでいくと、やがて行き止まりに下り階段を見つけた。急いで下りていくと、女の悲鳴が聞こえた。
「やめて! やめて下さいっ!」
 悲痛な叫びに混じって、何かを蹴る鈍い音と、くぐもった悲鳴が交互に響く。サーラたちは声のする方へ向かった。
 派手な音を立てて扉を開き、アルトが一歩踏み出した。
「人さらいども、覚悟しろっ!」
 そこには、無残な姿で床に倒れるグプタと、よく見覚えのある柄の悪い男たち、その一人に羽交い絞めにされている赤髪の女性、そして――それらを見物するように、椅子の上でふんぞり返ってる、奴がいた。
「やっぱり、お前らだったか!」
 アルトの怒声の後、タニアと思われる女性は男たちの手を逃れ、グプタのそばにひざまずいた。
「グプタ、しっかりして!」
 タニアに抱き起こされたグプタは、顔が青黒く腫れ、口元に血がにじんでいた。タニアはグプタの胸元に突っ伏して嗚咽を漏らし始めた。
「カンダタ!」
 アルトに呼ばれたその男――カンダタは、ゆっくり椅子から立ち上がると、軽くため息をついた。
「けッ、これからがお楽しみだったのによォ。ま、来ると思ってたぜ。薄々、な」
「どうしてこんな真似をした! 答えろ!」
 激昂するアルトを半眼で見つめ、カンダタはごわついた毛皮のマントを払った。
「てめェに教える筋合いはねェ。オレはごちゃごちゃぬかす奴より、そこの幻術士みたいな顔になってまで食ってかかる奴の方が好きだぜェ」
 けけっ、とカンダタは顔を歪ませた。野卑な笑みは、シャンパーニの塔で会った時より影を含んでいた。
「あんた、いい加減女の子に手を出すのやめなさいよ!」
「おう、嬢ちゃん久し振りじゃねェか。お前さんも、一歩間違えればオレの手にかかってたんだぜェ?」
「そうだっけね。でも、嫁入り前の女の子を傷つけようとするなんて、最っ低なんだからね!」
 モエギに指を突きつけられると、カンダタは肩をすくめた。
「悪ィな。アッサラームってのァ、そんな常識なかったからなァ。そうだろ、ジャック?」
 ジャックはそれに答えず、一言尋ねた。
「……頭領が死んだのは知ってるか?」
 すると、カンダタは一瞬真顔になり、短く笑った。
「はッ、ガロッシュか。知ってるさ。てめェらが倒したんだろ? 化けてた魔物をよォ。こちとらもう関係ねェさ。栄枯盛衰、永遠に続くものなんてこの世にねェ」
「貴様らのやっていることも、魔物の集団とそう変わらないのだな」
 カンダタはサーラを睨むと、口元を片方だけつり上げた。目は笑っていない。
「姉ちゃん、それァ違うぜ。オレらは殺しはやってねェ。金と女に飢えてるだけの話よ。そうだなァ、姉ちゃんももうちょっと若けりゃ、オレの好みだったなァ」
「だが、貴様らは黒こしょうを狙っているのだろう? 持ってきてはいないがな」
「おい、黒こしょう屋のじじいには身代金として持ってくるように言ったじゃねえか!」
 手下の禿頭がサーラに掴みかかろうとすると、それをアルトが遮った。禿頭の腕が微かに震えている。
「……サーラに触るな」
 アルトの低いつぶやきに、思いがけず心臓が震えた。禿頭は舌打ちして、アルトの手を振り払った。
「そうかよ。あくまで力ずくで、この女と男を助けるつもりかよ。相変わらずの正義漢ぶりだな。反吐が出るぜ」
 カンダタは壁にかけてあった大斧を手に取った。鉄製のそれは黒錆と、血の痕らしき汚れで鈍く光っていた。
「タニアさん、グプタさんと一緒に下がってて!」
「モエギちゃん……あなた、どうしてここに?」
「説明は後! あたし、こう見えてすっごく強くなったんだからね!」
 タニアはグプタを支えて立ち上がった。確かに、心配そうに顔を歪めていても、それすら美しいと言える程の容姿をしていた。
「モエギちゃん、気をつけて……その人たち、女でも容赦しないわ」
「知ってる。だからこそ、あたしがやっつけたらかっこいいじゃない?」
 モエギが不敵に微笑むと、カンダタが言い放った。
「大層な自信だなァ、嬢ちゃん。この前はオレらにやられそうになって涙浮かべてたくせによォ。そんなに言うんなら、オレと勝負するか?」
 モエギはタニアに下がるように言うと、挑むような目つきでカンダタを見た。
「やってやろうじゃないの。タニアさんとグプタさんを傷つけたんだから、絶対許さない!」
 手下たちもそれぞれ戦闘態勢に入り、間合いを取った。シャンパーニで会った時と比べ、手下は半分に減っていた。カンダタも含めて四対四。勝機は十分ある。
「手加減は一切なしだぜェ? いくぜ!」
 カンダタの咆哮と共に、奴らは一斉に襲いかかってきた。



 サーラが相手取ったのは、ひょろりとした赤毛の男だった。鼻に輪っかのピアスをしており、いかにも軟派そうな奴だ。
「いい女じゃねーか! お相手出来て嬉しいぜ!」
「ふざけるな! 薄汚い輩め!」
 赤毛の男は二本の短剣を巧みに操り、サーラの剣を受け止めた。交じり合った刃の向こうからはいやらしい笑みが覗き、虫唾が走る。
 猿のような身のこなしに、サーラは翻弄されぬよう冷静に応戦した。短剣を打ち払ってしまえばいいのだが、動きが素早くなかなか隙を見せない。
 すると、太ももに糸を当てられたような感触の後、鋭い痛みが走った。間合いを取り確認すると、鮮血が黒いボディスーツを濡らしていた。
「いいねえ、美人が傷つくのはさあ。艶がある」
 赤毛の男は舌なめずりをした。サーラはきっとそれを見据え、再び剣を繰り出した。
「そのような口ばかり利いていると、痛い目を見るぞ!」
「おお怖い。でも、そんな所もそそるねえ!」
 今度は赤毛の方から攻撃を仕掛けてきた。幾重にも斬り込まれ、サーラはのけ反るようにしてそれをかわした。
 こういう男は嫌いだ。一番嫌いなタイプだ。サーラは中段に斬りかかったが、たやすく飛び退かれた。
 向こうでは、アルトが禿頭と、ジャックが毛むくじゃらの男と、そしてモエギがカンダタと戦っている。アルトとジャックは大丈夫だろうが、モエギがいささか心配だ。
「ほらほら、よそ見してちゃ綺麗なカオに傷が付くぜ!」
 赤毛の短剣をよけ、サーラは何か打つ手はないかと思考を張り巡らせた。するとちょうど蜀台が目につき、とっさに立てられているろうそくを掴むと、サーラは思い切り投げつけた。ろうそくは赤毛の右手に当たり、その拍子に短剣が落ちた。
「あちっ!」
 赤毛がひるんだ隙に、サーラは目にもとまらぬ速さで短剣を打ち払い、剣の切っ先を喉元に突きつけた。
「……動くな」
 肩で息をしながら、サーラは目つきを鋭くした。赤毛は壁に追いつめられると、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……可愛いカオして、手の込んだ真似してくれるじゃねえか」



 アルトは剣を鞘のまま向けていた。禿頭は武器を持たず、体術でアルトを相手取っていた。
 禿頭はカンダタに劣るものの、それに近い体格をしており、力だけではアルトより上だろう。
 どうやって切り崩すか――睨み合っていると、禿頭の方から突進してきた。右パンチをかわし、剣を繰り出す。
「小僧、シャンパーニでお頭をのしたからって調子に乗るなよ!」
 上段蹴りを避け、アルトは剣を突き出した。だが難なく腕で止められ、跳ね返された。
 魔物であれば容赦なく斬ることが出来る。だが、相手は人間だ。血を流すような争いはしたくない。
「小僧、どうした? 喧嘩ってのはなあ、こうやるんだよ!」
 禿頭は勢い良くアルトの頬を殴りつけた。信じられない衝撃が全身を伝い、アルトは壁に叩きつけられた。
 このままでは駄目だ。鞘のついた剣などで戦っていては、逆に不利になってしまう。
 アルトは剣を捨て、拳を掲げた。体術はモエギにも稽古をつけてもらっている。簡単に負けたりするものか。
「目には目を、ってとこか。面白い!」
 猛獣のように襲いかかってくる禿頭を、アルトは迎えうった。



「クマ! 相変わらず毛の手入れしてんのか!?」
 ジャックと対峙するのは、仲間内で通称クマと呼ばれていた、毛むくじゃらの男だ。クマは小さな瞳でジャックをねめつけた。
「うるせぇ! てめぇも相変わらずジジイみたいな髪の毛しやがって!」
 白髪呼ばわりは慣れている。ジャックは口の端をにっと上げて、使い慣れた短剣を構えた。
「へっ、オレの髪はただの白髪じゃねえよ」
 クマは鎖鎌を垂らし、勢いをつけて振るった。難なく短剣で跳ねのけると、ジャックは後ろに飛び退き、仲間の様子をうかがった。
 サーラはもう決着がついたようだ。アルトは口元に血をにじませている。モエギは舞うようにカンダタを相手取っていた。
「おらぁ、よそ見してんじゃねぇよ!」
 なおもクマは鎖鎌を振り回す。見た目は鈍くさそうだが、この手の武器の扱いには長けている奴だ。この取っ組み合いが長引くと厄介になるだろう。
 ジャックは腰元に忍ばせていた毒針を短剣と持ち替え、何とかクマの隙をつこうと試みた。
「クマ、どうしてお前カンダタにいつまでもひっついてんだ?」
 太い腕をぴたりと止め、クマは眉をひそめた。
「決まってんだろ! お頭はしょうもねぇおれらを面倒みてくれた! だから一生ついて行くんだよ!」
 怒声と同時に、鎖鎌がジャックに向かってきた。絶妙のタイミングでかわし、ジャックは一気に間合いをつめた。
「テメー、一生そんなままでいられると思うなよ」
 うぐ、とクマが一瞬ひるんだ。その隙をついて、ジャックは渾身の力で足払いをかけた。見事にクマがひっくり返ると、ジャックはその上にまたがり、首元に毒針を突き立てた。
「はーいクマちゃん、お注射しましょーねー」
「ふ、ざけんなよこの青二……」
 ぷす、という音の直後、クマの唇がけいれんし、全身が金縛りにあったかのようにぴくぴくと動き始めた。
「て、てめ……何を」
 かろうじて出る声に感心しながら、ジャックはほくそ笑んだ。
「しびれ薬。いつもは即死性の毒仕込んでるんだけどねー、テメーらとケンカするの想定して」
 クマは何やら悔しげにうめいたが、睨みつけてくるだけで身動きはしない。いや、出来ないのだ。
「さて、テメーらの頭は、どんなもんかね」
 ジャックはクマの胸のあたりに頬杖をつき、小柄な女の背を目で追うことにした。