それぞれの道 2



 ポルトガを発ったサーラたちは、通称バーンの抜け道と呼ばれる、東の国への入口を目指した。
 季節は次第に秋へと移り変わり、吹く風は涼やかな余韻を肌に残し、山間の道では色づいた木々たちが見受けられた。
 抜け道に住むホビットのノルドは、小柄でずんぐりとした髭面の男だった。人間嫌いなのか、最初はサーラたちに嫌悪感すら漂わせたが、ポルトガ王の書状に目を通すと態度を改め、抜け道へと導いてくれた。
 曲がりくねった暗い洞窟を抜けると、そこは山岳地帯だった。サーラたちは険しい山道を下山していった。幸い、旅人のための古い道が残っており、数日後には開けた土地へと出ることが出来た。
 生息する魔物も西とは違っており、呪文を唱える厄介な相手が多かった。ギラを唱えるハンターフライなどは必ず群れで現れるので、一撃必殺がセオリーとなった。気を抜いたら、今まで東で果てていった者たちの二の舞を演じることになる。
 また、モエギの話によると、バハラタ地方にはメタルスライムという、銀色のスライムが現れるという。これを仕留めると一人前の冒険者の証なのだという。一度見つけたのだが、すぐに逃げられてしまい、モエギとジャックは揃って悔しそうに歯噛みしていた。
 ポルトガを出てから、アルトはサーラとあまり言葉を交わさなくなった。せっかくイシスでぎくしゃくした関係が直ったというのに、また気まずくなってしまった。避けられてはいないのだが、どこかぎこちない会話が続いた。
 アルトは、旅立った頃から見て変わってきている。真っすぐにサーラを慕っていた以前とは違い、自分が先立った言動が格段に増えた。アルトの中のアイデンティティが芽生えた証拠と言えようが、最初は煩わしかったアルトのなつき具合も、なくなってみればそれはそれで寂しいものもあった。
 だが、今の状態はサーラにとって、どこか心苦しいものだった。喪失感を恐れるこの臆病な気持ちを、アルトにも理解して欲しかった。いつしか、アルトと常に分かり合っていたい、という気持ちを、サーラは抱くようになっていた。
 しかし、それを打ち明けることなく、サーラたちはバハラタの町へと辿り着いた。
「何年振りだろう……ここに帰ってきたの」
 町を感慨深げに見渡し、モエギは深く息を吸った。
 決して大きな町ではないが、温かみのある町並のようだ。左脇には、素朴な風景の中で突出して目立つ立派な教会があった。
「ここがモエギの故郷か……空気が澄んでいて、いい所だな」
「ありがと、アルト君」
 歩きながら感想を述べたアルトに、モエギがにっこり微笑んだ。サーラも町の様子を観察してみることにした。
 昼の割には人通りがまばらで、のどかな町の雰囲気に反して、どこか優れない顔で話し合う人々が目立った。皆、何かを警戒しているような瞳をしている。何かあったのだろうか。
 まずはモエギの実家へ向かうことになり、サーラたちはモエギの後をついて町のはずれへと足を運んだ。
 モエギの家は一階建ての平屋だった。塀に囲まれた中に小さな庭があり、よく手入れされた花たちがそよ風に揺れている。
 モエギの「ただいまー!」という声の後顔を出したのは、モエギと同じく小柄な童顔の女性だった。
「まあ! モエギじゃないの! あんた、どうして帰ってきたの!?」
「まあ、色々あってね。お父さんは仕事?」
「そうよ。ところで、後ろの方たちは……」
 おそらくモエギの母であろう女性は、サーラと目が合うと途端に顔を輝かせた。
「ああ、あなたね! サーラさんでしょう? まあまあ、本当にお人形さんみたいな顔してるのね!」
 いかにも中年の女性らしい言い回しだ。サーラが戸惑っていると、ジャックが「サーラさんて、褒められ慣れてないのね」と不思議そうにつぶやいた。
 モエギの母は笑顔でぺこりと頭を下げた。
「やだ、わたしったら……皆さん、モエギがいつもお世話になってます。母のワカバです」
 サーラたちもそれぞれ自己紹介すると、ワカバは一つに結った黒髪を揺らし、一人ずつに笑みを向けた。
「わたしね、サーラさんのことは知ってたんですよ。モエギが手紙に書いてくれてたから……でも、他のお二人のことは」
「まあ、お母さん! 詳しい話は中でゆっくり話すから!」
 ワカバはそうね、とうなずいた後、再びサーラたちを眺めた。正確には、その風貌を、だ。
「……そうね、その方がいいかもしれないわね」



 居間のテーブルに腰を下ろすと、ワカバは熱い茶を淹れてくれた。茶は紅葉色をしており、口に含むと香ばしい匂いが沸き立った。
 モエギはどうやら、アルトとの旅のことを知らせていなかったらしく、ワカバは魔王討伐の話を聞きひどく驚いていた。さすがのモエギも、命を賭けた旅のことは打ち明けられなかったらしい。
 だが、ワカバはそれを頭ごなしに否定せず、淡々と語った。
「モエギが、そんな大層なことをしようとしてたなんて知らなかったけど……わたしが今更止めようとしたって無理だものね。ここを出ていった時も、何言っても聞かなかったものね……」
「そういえば、モエギはどうしてアリアハンに来たんだ?」
 アルトの問いに、モエギは快く答えた。
「腕試しがしたかったの。小さい頃から武術を習っていて、バハラタでは同い年の子にも年上の子にも負けなかったから。だからもっと強い人たちの集まるとこへ行って、もっと自分を高めたいって……。それに、バハラタはのどかで、いい所だけどちょっと退屈だったから」
「まあ、娯楽は少なさそうだからな……」
「お前の基準はアッサラームだからな。そこから比べればどこも少ないだろう」
「まあね。さすがサーラさん、的を得てる」
 ジャックが苦笑すると、モエギは母に向かって真剣な眼差しを向けた。
「でも、あたし……この旅はもうあたしの人生の一部なの。アルト君に協力してあげたいの。お母さん、だから」
「いいわよ」
 ワカバは一言つぶやいた後、真顔でこう告げた。
「でも、約束してちょうだい。必ず無事に帰ってくるって。わたしたちの娘はモエギ、あんたひとりなんだからね」
 モエギはしばし黙ってから、こくりとうなずいた。その光景を見て、サーラはふいにうらやましさを覚えた。
 モエギは四人の中で唯一両親が健在している。きっと、沢山の愛情に囲まれて育ったのだろう。その証拠に、モエギは愛を重んじる。
 自分も、両親がいたとすれば、もう少し違う自分でいられたのかもしれない。もっと素直で、明るい人間になれたかもしれない。
 だが、ないものねだりをしても疲れるだけだ。サーラは小さくため息をついた。
 ワカバは微笑んでいたが、急に深刻な表情に変わり、頬に手を当てた。
「それでね……モエギ、町で何か聞かなかった?」
 ワカバの言葉の意味合いがつかめず、モエギは首を傾げた。ワカバは町の人々と同じ瞳をしていた。
「もしかすると、おば様……この町で何かあったのですか」
 ワカバはうなずき、声を潜めた。
「実はね……モエギ、黒こしょう屋のタニアちゃんいるでしょ?」
「タニアさんが……どうしたの?」
 つられてモエギも眉をひそめる。ワカバは娘とよく似た表情で告げた。
「さらわれたのよ……ついこの間」
 ええっ、とモエギは大声を上げ席を立った。サーラたちも顔を見合わせる。
「モエギ、知り合いなのか?」
「知り合いも何も、タニアさんはあたしの幼なじみだよ! 歳は五つくらい離れてるんだけど、よく遊んでもらったし……それに、タニアさんってバハラタでも美人で評判なの」
「へえ〜、サーラさんとどっちが美人?」
 鋭く睨みをきかせると、ジャックは首を亀のように縮こませ、「……サーラさんです」とつぶやいた。そういう意味で睨んだのではないが、今はそれどころではない。
「とにかく、どんな奴がさらったの?」
「それがね……覆面をしていたらしいのよ。それで複数いたって話なんだけど……」
 途端にモエギの顔が強張った。アルトが気遣うように声をかける。
「モエギ、心当たりでもあるのか?」
 モエギは真一文字に口を結び、ひとつうなずいた。
「アルト君、あいつ……カンダタかもしれない」
「何だって!?」
 サーラたちは一斉に立ち上がった。モエギは確信めいた口調で話した。
「あたし、あいつと初めて会った時、あいつは覆面をしていた……それに、タニアさんあいつの好みそうだもん」
「何、ちょっとロリ入ってるの?」
 ジャックがおどけるが、モエギはにこりともせずに首を縦に振った。ジャックも口元に手を当て、真顔になった。
「でも、それじゃただの変態じゃないか……あいつはそんな奴じゃないよ」
「アルト君、言っとくけどあいつは変態だよ。あたしにも手を出そうとしたもん」
 すると、アルトもしばらくしてうなずいた。モエギは一瞬顔をひきつらせたが、すぐにワカバに向き直った。
「お母さん、身代金とかは要求されたの?」
「ええ……それが、黒こしょうらしいのよ」
「黒こしょう? 何を狙ってんだよあいつは……」
 ジャックが額を押さえた。だが、仮に犯人がカンダタ一味だとして、奴らが黒こしょうを目的としていたのなら、タニアをさらった動機は十分だ。
 だが、何故奴らが黒こしょうを必要としているのだろう。まさかサーラたちと同じことを考えている訳ではないだろうが――
「しかし……そのためにわざわざ女をさらうとは、もしそれが本当にカンダタの仕業だとしたら、落ちぶれたものだ」
 少なくとも、サーラの目にはカンダタはもう少し骨のある人物に見えた。手下思いで、良くも悪くも己の信念を持って生きている、そんな男に見えた。それは買いかぶりすぎだったのだろうか。
「それで、奴らはどこへ行ったの?」
「そこまでは、わたしも知らないのよ……一回、黒こしょう屋に行ってみたらどう?」
「そうだね。元々行くつもりだったし」
 行こう、と口にするなりモエギは家を飛び出していった。サーラたちもワカバに頭を下げ、その後を追った。



 黒こしょう屋は、モエギの家と正反対の方向にあった。店先では、老人と若い男が言い合いをしていた。
「待つんじゃ、グプタ! お前さんひとりでは無茶じゃよ!」
「じゃあお爺さん、タニアがどうなってもいいんですか!? ここでしどろもどろしているうちに、タニアが……タニアが!」
 グプタと呼ばれた男は全身をわなわなさせた後、こちらに向かって全速力で走ってきた。
「グプタさん!」
 モエギが呼び止めたが、グプタは気付きもせず走り去っていった。
「モエギ、今の奴も知り合いなのか?」
「うん……でも、どうしてグプタさんが……」
 とりあえず店の前にいた老人に話を聞くと、老人はタニアの祖父で、グプタはタニアの婚約者なのだという。
「わしは、あの二人が結婚したら店をまかせるつもりじゃった……。じゃが、何故こんなことに……!」
 老人は頭を抱えた。それをアルトがなだめる。
「お爺さん、グプタさんはどこへ向かったんですか?」
 すると、老人は膝をがくがくと震わせ、答えた。
「東の……洞窟じゃ。そこに奴ら……人さらいどもがおる」
「洞窟って、採掘場だったあの?」
「そうじゃ。今じゃただの廃鉱じゃがな……」
 そこまで言って、老人はまじまじとモエギを見つめた。
「おお、お前さんは……モエギではないか! いつ帰ってきたんじゃ!?」
「今日。おじいちゃん、安心して。あたしたちがタニアさんを助けるから!」
 老人はモエギの発言に目を見開き、うろたえ始めた。
「そ、それはいかん。いくらモエギ、お前さんのような武術に長けた者でも、行ったら奴らに何をされるか……」
「大丈夫! あたしには、仲間がいるから!」
 モエギはサーラたちを振り返った。サーラとアルトはうなずいたが、ジャックは慌てて訴えた。
「おい、ちょっと待てよ! オレら黒こしょうを買い取りに来たんだぜ? そうとくりゃ、それなりの礼はしてもらわねーと……」
 ジャックがわざとらしく老人の方を見やると、老人はすがるような目つきでこう言った。
「もちろん、タニアを助けてくれたら礼はしますじゃ! 頼みますじゃ!」
「オッケー」
 にやりと笑い、ジャックが親指と人差し指で輪を作った。商人の血なのか盗賊の名残か、抜け目がない。
「それじゃあ、決まりだな。みんな、準備を整えたらすぐ出発するぞ!」
 アルトの声を合図に、サーラたちは深くうなずいた。