それぞれの道 1



 その報せを受けた時、男の口は微苦笑に歪んだ。
 かつて中近東に名を轟かせた、盗賊団――デスミラージュの消滅。
 頭領を含む盗賊たちは皆、魔物が化けていた。それを倒したのは、年端もいかない少年の率いる冒険者の一行だったという。
 間違いない、あいつらだ。今度は微笑が浮かぶ。
 地下の仄暗い闇を照らし出すランプの明かりの中で、男は簡素なテーブルに頬杖をついた。
 そうか、生きているのか。紅蓮のごとく燃える瞳を、ランプのそれと重ね合わせた。
 だがそれにしても、あの男が最初から魔物だったとは思わない。以前はもっと骨のある奴だった。しかし、本物のあの男はおそらく、もうこの世にいまい。
 仲間の死には慣れていた。目の前で魔物に殺される同胞の姿を、幾度となく目にしてきた。だからあの男の死も、それが報いだったのだろうと思う。
 だがふと、その後を犬っころのようについて回っていた、奴のことが思い浮かばれる。
 あいつは、慕っていた男の死を、どんな風に受け止めただろうか。
 そこまで思考を巡らせて、かぶりを横に振った。人の、ましてやことあるごとに張り合っていた奴の胸中を案じるなど、馬鹿げている。
 男はしけた葉巻を口にくわえ、長く息を吸った。
 あいつらはどこへ行くのだろう。また会うだろうか。
 そして、自分たちもどこへ行こうとしているのだろうか。
 若い頃に抱いていた野望の限界を、男は秘かに感じ始めていた。



 晩夏を迎え、道中は残暑の厳しさに耐えながらの移動となった。
 日が暮れると冷え込む砂漠を離れたものの、風は常に熱を孕んでおり、水浴びや入浴の出来ない日が続くとモエギがしきりに気持ち悪さを訴えた。それはサーラも同じだったが、忍耐力はモエギに勝っていた。
 サーラたちは道中、ロマリアで魔法の鍵の入手を報告した。王は大層喜び、朗らかに旅の武運を祈ってくれた。
 さらにロマリアの北西に位置する関所へ向かうと、役人はまず旅人の通行禁止を訴えた。だが、アルトが魔法の鍵を見せると、みるみるうちに顔色を変え、態度を一変させた。
 当然だが、魔法の鍵はひとつしかない。それはすなわち、鍵を入国許可証とする関所に初めて、ポルトガに入国する旅人が現れたことになる。
 だが、数年前までは関所も開放されており、旅人も自由に行き来していたという。
 何故今のような制度になったのかを尋ねると、役人はこう答えた。
 ポルトガの王が、許されし者――つまり勇者を待っているのだ、と。
 許されし者というのは、アリアハンのナジミの塔に住む老人も口にしていた。この世に散らばる三つの鍵を手に入れた者は、許されし者だと。それが勇者を指していたことに、四人は驚愕した。
 しかし、アルトは勇者がいるとしたら、それは父さんのことだ、とひとりごちた。
 ポルトガ王がなぜ勇者を求めているのか、そしてサーラの故郷・テドンへの船を探すべく、四人はポルトガの城下町を目指した。



 ロマリア半島と、地中海を挟むようにして存在するポルトガ半島の先端に、城下町は築かれていた。だがロマリアとは違い、人通りは少なく、夕刻に辿り着いた時には皆、家路を急ぐ頃だった。
「やっぱり、旅人がいないから人通りも寂しいな…」
 母親に手をひかれて歩く子供を眺めながら、アルトがぽつりとつぶやいた。
「けっ、こんなんじゃ娯楽のひとつもねえんじゃないの? さっさと用事済ましちまおうぜ」
「悪いが、これから向かう所もかなり質素な所だぞ」
 ジャックはしまった、とおどけてみせたが、すぐに笑みを消した。気まずい沈黙が流れる。
 サーラがイシスで見た、故郷テドンが燃える夢――にわかには信じ難い夢なのだが、サーラは以前、心中したエルフの王女の最期を夢に見ている。その前例があるので、仲間は気のせいだ、と笑い飛ばさず、サーラに気を遣っている。
「それより、あたしもうくたくた。今日はひとまず宿をとろうよ! ね、サーラ?」
 モエギがサーラの腕に軽く触れる。サーラも表情を和らげ、宿へと向かった。
 宿は通行を許可されている行商人や聖職者しか泊まっておらず、サーラたちの姿を目にした女将は目を見開いた。
「まあ! あんたたち、冒険者じゃないかい! っていうことは、あの関所を……」
「ええ、そうです」
 アルトが答えると、女将は大きな口をあんぐりと開いた。
「まあまあ……ようこそおいで下さいました。うちの宿は新鮮な海の幸をたっぷりご用意してますので、すぐ準備しますからね」
 半オクターブ声の調子を上げて、女将は慌ただしく奥へ消えていった。
「じゃあ、この国の人も勇者のこと知ってるんだ……」
「別にいいんじゃねえの? あの様子じゃ、相当のもてなししてくれそうだぜ?」
 ジャックが片目をつぶる。その言葉の通り、夕食には豪勢な食事が出された。
 地中海産のトマトとモッツアレラチーズのカプレーぜ、ブラックタイガーのオリーブソース添え、シーフードのパエリア、パッションフルーツのシャーベット、さらには赤ワインと、色とりどりの料理にサーラたちは舌鼓を打った。
 案内された部屋も上質のもので、サーラたちは満腹感と疲労感ですぐに寝付いてしまった。
 翌朝、王に謁見するため支度を整え宿を出ると、町の人々が一斉にこちらへ注目を向けた。皆好奇と感嘆の目でこちらを見ている。中には拝み出す年配者も見受けられた。
「まいったな……みんなこっちを見てるよ」
 アルトが恥ずかしそうに頭を掻く。サーラは微笑した。
「お前がオルテガ様の息子だと広まるのも、時間の問題かもしれないな」
 すると、アルトはそっぽを向いてしまった。首を傾げると、モエギが囁いた。
「アルト君、勇者とかって言われるの嫌なんじゃない? あたしは別にいいと思うんだけど……」
「まあな。でもあいつ、時々オルテガさんの話聞くとため息ついてるぜ」
 ジャックも口をへの字に曲げた。確かに、アルトは父オルテガのことをプレッシャーに感じているふしがある。
 だが、アルトはアリアハンを旅立った頃から比べたら、心も身体も強くなった。もっと自信を持っていいと思うのだが……サーラは先を行くアルトの背を眺めた。
 城は巨大な堀の中に建てられており、清廉とした輝きを放っていた。兵士たちもアルトたちのことを存じており、すぐさま中へ通してくれた。
 ロマリアのような大国ではないので、城も思っていたよりこぢんまりとしていた。謁見の間も一階の奥にあり、テラスからはまばゆい光が静かに降り注がれている。ポルトガ王と大臣らしき男が何やら話しているようだ。
 兵士が敬礼し、退出すると、王と大臣はやっと気が付いたようにこちらを見やった。
「おお! これはこれは……陛下、彼らが例の者たちです」
 ポルトガ王は真っ白な口髭を撫でつけ、アルトたちを品定めするように見つめた。六十は過ぎているだろうが、眼光は鋭く、余計な肉をそぎ落としたような精悍な顔つきをしていた。若い頃は相当な美男子だったのではないだろうか。
 それに対し、丸い腹の突き出た小柄な大臣は、サーラたちに忠告した。
「こちらが我が国の王、ロカ様であります。小さき国の王とはいえど、立派な君主でありますので、くれぐれもそそうのないように」
 サーラたちは玉座の前で膝をつき、頭を垂れた。深く、響きの良い声がした。
「そなたらが、魔法の鍵を手にした者たちか。ロマリア王から話は聞いていたが、随分と年若い」
 アルトに向けられた言葉のようだった。そういえば、ロマリア王はイシス以外に、ポルトガへも伝書を送ると言っていた。
「其の者たち、面を上げよ」
 サーラたちが顔を上げると、王はふむ、とひとつうなずいた。
「皆、不思議な瞳をしておる。そのまま、面を上げているがよい」
 はっ、とサーラたちが口にすると、王は満足そうに微笑み、語りかけてきた。
「私は、数年前……とある聖職者の夫婦から話を聞いた。この世には三つの鍵があり、それを手にした者は世界の全てを知ることが出来る、許されし者なのだと」
「また出たよ、許されし者」つぶやいたジャックをモエギが小突いた。
「陛下、しかし俺たちは、許されし者はすなわち勇者なのだとお伺いしました……それはどういった意味なのですか」
 アルトの問いに、ポルトガ王はしばし沈黙を挟んでから、答えた。
「よく考えよ。世界の全てを知るには、危険が伴う。それに打ち勝つからこそ、知ることが出来る。それを勇者と呼ばずして何と呼ぶ」
「つまりは、陛下独自のお考えだと……」
 王は深くうなずいた。ということは、その方程式はポルトガでのみ通用することなのだ。
 サーラは隣のアルトの表情をうかがった。心なしか、今朝より和らいだ気がする。王は続けた。
「だから、私は勇者を待っていた。勇者ならば、私の頼みを聞いてくれると思っていた」
「頼み……と言いますと?」
 サーラが促すと、王は身を乗り出し、こう言った。
「そなたらに、黒こしょうの普及を手伝って欲しいのだ」
「黒こしょう……」背後でモエギがつぶやいた。すると今度は大臣が説明を始めた。
「ここからはわたくしが説明いたします。何でも、黒こしょうというのは東の国に伝わる調味料で、大変美味だとわたくし共は聞いております。こしょう一粒は黄金一粒。黒こしょうがポルトガの食卓に普及すれば、この国の食文化はもっと豊かになることでしょう!」
 熱弁する大臣の言葉もまんざらではない。この国の料理は他国と一味違っていた。サーラは黒こしょうのことは知らなかったが、それがもたらす経済効果は予想がついた。
「しかし、何故俺たちに……?」
 アルトが尋ねると、ポルトガ王は重々しく口を開いた。
「……私も、今まで様々な者たちに黒こしょうを持ち帰るよう命じた。しかし、多くの者たちが東を目指し、息絶えた。だから、私は強者を見出し、其の者たちに命ずることに決めたのだ」
 サーラたちがごくりと唾を飲むと、大臣は大げさに手を振った。
「も、勿論ただでとは言いません! そうですよね、陛下?」
 ポルトガ王はうなずき、サーラたちに力強い眼差しを向けた。
「うむ。見事黒こしょうを持ち帰ることが出来た暁には、そなたらに船を一隻与えよう」
「船……一隻!?」ジャックとモエギが素っ頓狂な声を上げた。サーラとアルトは顔を見合わせる。もし船が手に入れば、テドンへもどこへでも旅が可能になる。
「それに、ロマリア王からそなたらの事情は聞いておる。船を与える際には、舵手と乗組員もこちらで用意し、そなたらの旅を手助けするよう支援する」
 またとない機会に、四人の決意は瞬時に固まった。
「陛下、おまかせください。必ず黒こしょうを持ち帰り、陛下のご希望に沿ってみせます!」
 アルトの瞳には、生き生きとした光が宿っていた。ポルトガ王は大臣に何か言付けると、こう告げた。
「だが、現在東の国へはアッサラーム東の山脈にある抜け道を通らねばならぬ。そこには私の古くからの友人が住んでいる。今書状を書くので、そなたらは客室で待っていてくれぬか」
 サーラたちは退出すると、兵士に案内され客室に通された。壁には地中海や城下町をモチーフにした絵画が飾られている。腰を下ろすと、サーラたちは深く息をついた。
「黒こしょうねえ……親父が昔、仕入れていたっけな」
 ジャックのつぶやきの後、モエギがおずおずと口を開いた。
「ねえ……正直に言ってもいい?」
「何だ? モエギ」
 アルトに促され、モエギはサーラたちを見渡し、小声で言った。
「実は……あたしの故郷で、黒こしょう作ってるんだ」
 えっ、とサーラたちは一斉に声を上げた。
「モエギ、お前の故郷は確か……」
「うん。アッサラームのずっと東にある、バハラタって地方」
「それじゃ、土地勘もあるし旅が楽になるな!」
 それなんだけど、とモエギは言葉を遮った。
「あたし、生まれてからずっとバハラタで育って、それからアリアハンに行ったから……王様の言っていた抜け道なんて知らなかったんだ」
 ジャックががくりとうなだれる。モエギはごめん、と首を縮こませた。
「だが、モエギの故郷なら顔が利くかもしれないな」
 サーラが微笑むと、モエギは申し訳なさそうにサーラに尋ねた。
「でも、サーラ……テドンに行くはずじゃ」
「そうだ! まずはテドンに行けるように王様に手配してもらって……」
「いや、その必要はない」
 アルトとモエギは不思議そうにサーラを見つめた。サーラは静かに話した。
「……宿の女将に聞いたのだ。ポルトガからも、テドン行きの船はずっと前から途絶えている、とな」
「そんな……どうして!」アルトが立ち上がったので、サーラは驚き少年をなだめようとした。
「アルト、落ち着け」
「じゃあ、サーラは何でそんなに落ち着いているんだ! 故郷の人たちが心配じゃないのか!?」
 詰問するアルトを見つめると、押し黙った。サーラはテーブルに視線を落とした。
「……心配だ。だが、いざこの目で確かめるとなると……怖い。だから、この件を成功させて、船が手に入ったら……その時でいい」
「……いつになく弱気ね、サーラさん」
 ジャックも神妙そうな表情を見せる。アルトは納得いかないといった様子で尋ねた。
「本当に、サーラはそれでいいのか……?」
 サーラがうなずくと、アルトは何も言わず椅子に座った。
 あの夢が正夢かどうかなど、今の自分にははっきりとは分からない。だが、正夢だとした時の喪失感が、怖いのだ。
 あれだけの炎だ、小さなテドンの村などひとたまりもないだろう。建物は無残に朽ち果て、人のものとも思えない骸が転がっているだろう。
 自分を育ててくれた神父や、村の人々がそんな姿で残っていたとするならば、発狂してしまうかもしれない。
 たとえどんなに離れても、苦い思い出が残っていても、サーラの村はあの村ただひとつだけなのだ。失いたくない。
 だからいっそ、今はうやむやの方がいい。
「俺は、そんなの……耐えられない」
 ぼそりとつぶやいたアルトの一言が、胸を締めつけた。だが、今はそれでいい。そう言い聞かせた。
 すると、扉がノックされ、大臣が姿を現した。
「これを、抜け道に住むノルドというホビットに見せれば、道を開いてくれるでしょう」
 大臣はさらに、町の武器防具屋にも格安で品物を提供するよう頼むと言い残し、去っていった。
「まあ、とりあえず一刻も早く黒こしょうを手に入れて、船を頂戴しちゃおうじゃないの! ねっ?」
 ジャックの呼びかけに、アルトはぎこちなくうなずき、部屋を出ていった。サーラはそれを見送り、ため息をついた。