紅炎の夢 5



 イシスを発ったサーラたちは、丸一日かけてピラミッドに辿り着いた。アルトとジャックが集めた情報によると、ピラミッドには宝箱に見せかけた人食い箱という魔物がいたり、みだりに宝物に手を出すとたたりが起きるらしい。サーラたちは魔法の鍵のみを手に入れることにし、たいまつを手に中に入った。
「ピラミッドってのは、結構入り組んでいるらしいぜ。全員離れないようにしろよ」
 ジャックが先頭を歩きながら呼びかける。建物の中は土っぽく、乾燥しており喉が渇く。
 しばらくは一本道だったが、やがて十字路が見えてきた。通路の中央に、袋らしきものが落ちている。
「あれ? 落とし物かな?」目ざといモエギがジャックを通り越し、袋へ駆け寄る。
「おい、あんまり勝手な行動……」
 ジャックが咎めるが、モエギは構わず袋を拾おうとする。すると、ケケケッと鳴き声のようなものが聞こえ、袋がすいと浮かんだ。袋には顔があり、いたずらっぽく舌を出している。
「ちょっと、何よ!」
 モエギが地団駄を踏むと、床が軋み、一気に底が抜けた。
「きゃあっ!」
「モエギ!」
 悲鳴が遠ざかり、モエギの姿があっという間に消えた。サーラとアルトが袋を蹴散らし、進もうとすると、ジャックがそれを制止した。
「待った! お前らもむやみに出たら落ちるぞ!」
「しかし、モエギが……!」
 すると、下の方からさらにモエギの悲鳴が上ってきた。魔物にでも襲われたらまずい。
「モエギ! 今行くぞ!」
 サーラが飛び出ようとすると、ジャックが先に踏み出した。
「アルト、お前はサーラさんと魔法の鍵を探せ! オレらも後を追うからさ!」
「ジャック!?」
 アルトが呼びかけるより早く、ジャックは自ら落下していった。瞬く間に光が消え失せ、アルトは急いでランプをつけた。
「ジャック! モエギ! 大丈夫かーっ!」
 サーラはアルトと共に穴を覗き込んだ。半径一メートル程の穴は、下は真っ暗で何も見えない。
 返事がないので、もう一度呼んでみると、ジャックの声がした。
「おーい! 大丈夫だ―! モエギがガイコツにびびっただけだー!」
 それを聞き、サーラとアルトは顔を見合わせた。
「ガイコツだって……」
「モエギらしいな」
 互いに吹き出す。アルトは手をメガホンにして声を飛ばした。
「俺たち先に行ってるぞ! 気をつけてなーっ!」
 ジャックとモエギの声が同時に返ってきたのを確認し、アルトは立ち上がった。
「サーラ、とりあえず先に行こう。俺から離れるなよ」
「ああ……分かった」
 いつもの言い方より強気だったので、サーラはわずかに驚いたが、おとなしくアルトの後ろについて進むことにした。
 サーラは先を行くアルトを見ながら、ふと出会った頃よりも背丈が伸びていることに気付いた。
 そういえば、アリアハンでは見下ろしていたアルトの顔も、だんだん近くなっているような気がした。
 そして、あの口振りときたものだ。パーティのリーダーとしての風格が出てきたのは喜ばしいことだが、サーラとしては少々面白くないという気持ちもあった。
 落とし穴のありそうな十字路の中心を避け、左へ曲がると宝箱が狭い場所に置いてあった。
「宝箱……人食い箱の可能性があるな」
「でも、本物の宝箱かもしれないだろ?」
「だが、人食い箱はザキも使うのだろう? 危険だ」
「だけど、もしかしたらいいものが入っているかもしれないじゃないか」
「さわらぬ神に祟りなしだ」
 口論の末サーラが勝ち、宝箱は無視して別の道を行くことにした。
 階段を上り、途中出くわす魔物を倒し、サーラとアルトは三階へと足を踏み入れた。
 とりあえず様子を探ってみると、四つの丸いボタンを発見した。さらに、奥には頑丈な石の扉があった。
「アルト、あの唄が示しているのは、この階にあるボタンのことなのではないか?」
 アルトはうなずき、早速唄の順番通りにボタンを押してみた。
 四つ目のボタンを押すと、どこからか重いものが動く音がし、サーラとアルトは石の扉へと向かった。
 すると、扉は左右に開かれており、その向こうには重厚な宝箱が存在していた。
 急いでそれを開けると、中には純銀で出来た、小さな鍵が収められていた。
「これが……魔法の鍵」
 アルトとサーラはじっくりと鍵を眺めた。一見美しい細工の鍵ではあるが、これを手に入れようとして何人もの人間が命を落としたのだ。
「とりあえず……これでポルトガに行けるな」
「……そうだな」
 ポルトガならばテドンへの船も出ているだろう。あの夢が正夢なのかは、テドンに行ってこの目で確かめなければいけない。
 だが、もし正夢だったとしたら――?
「サーラ?」
 アルトが神妙な表情でこちらを見ている。サーラはかぶりを振り、取り繕った笑みを見せた。
「……何でもない。それより、モエギとジャックと早く合流しなければな」
「ああ。一旦入口の方まで戻ろう」
 サーラたちは鍵をしまうと、引き返すことにした。



「しっかし、ガイコツくらいでキャーキャー言うんじゃね―よ」
「悪かったわね、生憎こういうのには慣れてないのよ」
 モエギは埃を払うと、立ち上がり辺りを見回した。
 上の階とは違い、湿った空気とひんやりとした砂が不気味さを強めている。
 ジャックは消えてしまったたいまつに火をつけ直し、ため息をついた。
「さて、まずは上への階段を見つけねえとな……」
「ていうか、なんであんたと二人っきりにならなきゃいけないのよ」
「なんだよ、豚が絞め殺されたような悲鳴上げたのはそっちじゃねーかよ」
「はいはい、すいませんね」
 適当に謝ると、ジャックがむくれて先へ行こうとしたので、モエギも慌てて後を追おうとした。
「ちょっと、待ちなさいよ! ……ん?」
 突然、何か固いものを踏みしめたような感触が足に残り、モエギは足元の砂を蹴ってみた。すると、錆びた鉄製の板が現れた。
「ジャック! こっち来て! 何かある!」
 渋々と戻ってきたジャックも、板を目にすると途端に態度を変えた。
「おい、これって……まさか隠し階段か?」
 二人がかりで板をどけると、言った通り階段が現れた。モエギとジャックはおそるおそるそれを下りていった。
 階段の下には物々しい空気が漂っており、モエギはジャックを前に押し出すようにして進んでいった。
「おい、オレを盾するのはやめろって!」
「何言ってるのよ! あんた男でしょ!」
「男だけど、こういう時はむしろかよわい女の子がいいなー!」
 訳の分からない言い合いをしていると、突如目の前に大きな棺が現れた。周囲には繭のようなものが並べられている。
「ねえ……もしかしてこれに、魔法の鍵が入っているんじゃない?」
「じゃあ、あの唄を唄えば開く……とか?」
 モエギとジャックは顔を見合わせ、アルトの唄っていた唄を口ずさんだ。だが、特に何も変化はない。
「それじゃ……開けてみっぞ」
 重い棺を開けると、そこには黄金で出来た、奇妙な姿の鉤爪が収められていた。
「あれ、これってまさか……」
 モエギの脳裏に、イシスの城の地下で起きた出来事が蘇った。モエギは思わず後ずさりし、両手を胸の前で振った。
「ジャック、それ、やばいよ……あたしいらないよ」
 すると、横になっていた繭が起き上がり、瞬く間に人の形をとった。
「我らの主の宝を荒らす者には……死を……死を!」
 繭だと思っていたものは、全てミイラだった。ミイラたちはすり切れた包帯を揺らしながら、徐々に迫ってくる。
「おいっ! オレら見ただけじゃん! 見てるだけ〜じゃんかよっ!」
 ジャックが必死の抗議をするが、ミイラたちは当然聞く耳を持たない。
「ジャック、逃げなきゃ……」
 モエギが来た道を戻ろうとすると、その方向からもミイラたちが迫ってきている。はさみうちだ。
「どうしよう、これじゃ……」
 モエギが戸惑っていると、ジャックは棺から黄金の爪を取り出し、モエギに押しつけた。
「ジャック!? あたしこんなのいらないってば!」
「バーカ! そんなこと言ってたら呪い殺されちまうぞ!? たたりでも何でも構うもんか、そいつにはきっとすげー力があるっ! これで血路開くしかないだろっ!」
 モエギは渋ったが、意を決して黄金の爪を腕にはめた。すると、爪は手にぴたりとはまり、吸い付くようにして収まった。底知れない力が湧いてくるような気がする。
 そう、今の自分には星降る腕輪もある。必ず、ここから脱出してみせる――
「さあ、かかって来なさい! 今のあたしはアルト君より強いかもしれないよ!」
 モエギの声を合図に、ミイラたちが一斉に襲いかかってきた。ジャックもチェーンクロスを取り出し、力任せに薙ぎ払う。
「モエギ! お前は向かってくるミイラを倒しながら進めっ! あとのはまとめてオレが引き受けてやっからよ!」
「分かった!」
 モエギは通路から向かってくるミイラの手をかわしながら、次々と薄汚れた胴体を引き裂き、死体を踏みつけては次のミイラへと立ち向かっていった。
 ミイラたちは動きが遅く、奴らが一回の行動を起こす間にモエギは二回の攻撃を繰り出した。星降る腕輪のせいか、身体が羽根のように軽い。まるで舞踊を踊っているような気分だった。
 ジャックも遅れて後を追ってきて、二人は階段から下りてくるミイラを撃破し、さっきの地下へ出た。
 すると、ミイラ以外の魔物までもが揃っていて、行く手を阻むようにして襲ってきた。黒い影、どぎつい色の皮膚をした大王ガマ、普通のミイラに妖気を漂わせたマミー。
 今度はジャックが先頭を切って攻撃を仕掛け、ひるんだ隙にモエギがとどめを刺していくといった戦法をとった。
 砂まみれになろうが、血まみれになろうがお構いなしに、二人は死力を尽くして魔物の群れを蹴散らし、ついに黄金の爪を持ったまま入口までの道を突破した。
「ジャック! モエギ!」
 既に戻ってきていたのか、アルトとサーラが一目散に駆け寄ってきた。
「二人とも、一体何があったのだ! そんな、ひどい姿で……」
 モエギたちの姿を見て痛々しそうに顔を歪ませるサーラ。モエギは返り血を拭いながら、弱々しく微笑んだ。
「あたしたちも……お宝を見つけたのよ」
 ジャックと目が合うと、妙な高揚感がこみ上げ、モエギはにかっと得意げに笑ってみせた。



 結局、魔法の鍵と黄金の爪という二つの宝を手に入れたサーラたちは、女王に鍵の入手だけを報告した。女王は今後の旅の武運を祈り、ささやかながら城の宝も分けてくれた。
 四人はアッサラームへ向かう隊商に雇ってもらい、イシスを後にした。
 アッサラームに戻ると、ジャックの実家を訪ね、お礼も兼ね旅の成果を話すことにした。マルクスやジャックの妹たちの手厚い歓迎を受け、その日はジャックの実家で休むことになった。
 だが、サーラは故郷のことを考えるとなかなか眠れず、皆が寝静まった頃こっそり抜け出し、外へ出た。
 風は生ぬるいが、夜空は澄んでおり、数多の星が輝いている。サーラは細く息を吐き、遠い故郷に思いを馳せた。
 二度と戻らないと思っていた。だが、育ての親である神父、剣術の師匠、村の人々を思うと、いても立ってもいられない。
 何故あのような夢を見たのかは分からない。だが、ただの夢ではないことは断言出来るのだ。
 故郷を失ってしまったら、どうすればいいのだろう――夢を見てから抱いている不安を上手く吐き出せず、サーラは人知れず心を痛めていた。
「サーラ……?」
 ふいに名を呼ばれ、サーラは肩を震わせた。気付けば家の玄関にアルトが立っていた。眠いのか、目をこすっている。
「アルト……」
 アルトは隣に並ぶと、そっとつぶやいた。
「……故郷のことが、心配なのか?」
 サーラがこくりとうなずくと、アルトは優しく微笑みかけた。
「大丈夫。俺たちがついているから、不安がるなよ」
「……ああ」
 だが、この不安を拭うことは出来ない。サーラがうつむいていると、手が温かいものに包まれた。
「……大丈夫」
 サーラの手を握り、アルトは繰り返した。いつもの無邪気さが嘘のようにその横顔は大人びており、胸が高鳴った。
 数週間前は目を合わせてくれなかった少年が、今こうして自分を励ましてくれている。そばにいてくれる。
 それを思うと、心なしか気が楽になるような、そんな気がする。
 アルトの手は、サーラの手よりも一回り大きい。
 ほのかな熱を感じながら、サーラは星空を眺めていた。