銀髪の理由 4



 あまりにも唐突なジャックの心変わりには疑問が残ったが、アルトが信じよう、と言ったので、翌朝サーラたちは普段の装備を整え、教会でセリアに事情を話し、徒歩でアジトへ向かった。
 草原をじりじりと照りつける太陽は眩しく、影が色濃く落ちる。途中で出会う魔物たちを蹴散らしながら、サーラたちは先を急いだ。
「それにしても、たった一人で先に向かうなんて……無茶もいいところです」
 セリアは憂鬱そうにつぶやいた。それに答えるように、モエギも数回うなずいた。
「ホント、あいつって何考えてるのか分からないの! セリアさんも苦労してきたんでしょ? 全部片付けたら、あいつにガツンと言ってやって!」
 鼻息荒く声を上げるモエギに、セリアはしばし困ったような顔をして、微かに唇を動かした。
「……でも、私……とても嫌な予感がするんです」
 背後で二人の会話を聞いていたサーラとアルトは、同時に顔を見合わせた。
「まさか、私たちを売り渡すような真似はしないだろうな……」
 すると、アルトは眉をつり上げた。
「何言ってるんだよ。きっと、ジャックには考えがあるんだ……」
 怒りを見せつつも、アルトの言葉に確信めいたものは感じられなかった。
 どことなく重い空気を背負ったまま歩き続け、険しい岩場のふもとに近付いてくると、草むらの影から銀色に光るものが姿を現した。
「ジャック!」
 アルトが駆け寄ると、ジャックは口元だけ微笑み、親指で岩場の方を指した。目を凝らすと、ぽっかりと洞穴が開いている。
「いいか、奴らはあそこの穴の中にいる。オレがちょちょいと眠らせておいたから、こっそり近付いて袋叩きにすっぞ!」
 アルトはためらうことなくうなずいたが、サーラは訝しげにジャックを見つめた。
「……本当に上手くいくのか?」
 ジャックはしばし黙った後、サーラを見つめ返し静かに告げた。
「オレを信じて。何があっても」
 うっすら笑みを見せると、その視線はセリアの方へ動いた。
「兄さん……」
 セリアが困惑した声で呼びかける。ジャックは髪を掻き、小さく頭を下げた。
「……わりぃ。これでもう、終わりだから力を貸してくれ」
 いつになく真面目なジャックの態度に、セリアは悲しげな面持ちでうなずいた。
「それじゃあ、さっさと終わらせた方がいいね。行こう」
 モエギが促すと、サーラたちは慎重にアジトへ進むことにした。
 たとえ奴らを仕留めても、自衛団まで引き渡すのには危険を伴う。ジャックの作戦には計画性というものが見当たらず、サーラは疑問を抱いていた。
 いざとなれば、殺すしかないのだろうか――そう考えているうちに岩場のふもとまで辿り着き、先頭を歩いていたジャックが振り返った。
「よし、それじゃオレが今から作戦を――」
「その必要はない」
 重い声が穴ぐらに響いたかと思うと、暗闇からガロッシュとその手下たちが次々と現れた。サーラたちは一斉にジャックを見やった。
「ちょっと、あんた眠らせたんじゃなかったの!? 思いっきり目がギンギンしてるじゃない!」
 モエギが噛み付くが、サーラはジャックの表情を見て息を呑んだ。
 全く驚いていない。まるで、最初からこうなることが分かっていたかのように。
「ジャック……貴様、何を考えている」
「分からないのか? 貴様らは、はめられたのだ」
 ガロッシュはさも愉快そうに告げた。アルトがそれに猛反発する。
「そんなはずはない! 大体、俺たちを狙って、何の得があるっていうんだ!」
 すると、ジャックは無表情のまま、ガロッシュの方へ向かい、寄り添うように立った。
「ジャック! どうしてそっちへ行くんだ!?」
 アルトの叫びを浴びても、ジャックは表情一つ変えない。あらゆる感情を押し殺しているように見える。
 ガロッシュはジャックの肩を抱くと、満足そうにほくそ笑んだ。
「取り引きをしたのだよ。私たちがこれ以上ジャックとその家族に関わらない代わりに、貴様らを殺すように……と」
 その言葉に、全身が凍りついた。そして、腹の底からそれを打ち溶かすような怒りが込み上げてきた。
 ジャックは――この男は、サーラたちを本当は仲間などと思っていなかったのだ。
 背中で他の仲間たちの衝撃を感じながら、サーラが口を開こうとすると、隣にいたアルトが震えた声でつぶやいた。
「……俺たちは、仲間じゃなかったのか?」
 アルトの視線から目を背け、ジャックはただ黙っている。アルトは力いっぱい地面を蹴り、次の瞬間にはジャックの胸倉を掴んでいた。
「答えろっ! ジャックっ!」
 悲鳴にも似たアルトの訴えが、岩場にこだまする。だがジャックは一言も口を利かない。
「アルト……と言ったか。どうやら、仲間だと思っていたのは貴様の方だけだったらしいな」
 アルトの怒りに満ちた視線が向けられると、ガロッシュは皮肉めいた笑みを覗かせた。この男も相当ひねくれているが、その言うことを聞いたジャックもジャックだ。
 何があっても、信じて――先程の言葉の後にこのような仕打ちを受けては、信じようにも信じられない。ジャックの人間性に絶望を覚えた。
「ジャック、あんたって……ホンット最低な奴だね! あたしたちがどれだけ――」
「兄さん、どうして!?」
 モエギの言葉を遮るようにして、セリアが飛び出し悲壮な叫びを放った。ジャックはゆっくりと、セリアを見つめた。
「……どうして帰ってきたの? どうして、この人たちを巻き込むの? ずっと我慢していたけど、もう……」
 最後は涙声になっていた。ジャックはその日初めて苦痛に顔を歪ませたが、落ち着き払った声で告げた。
「……セリア、分かるか? こいつらは、こういう奴らなんだ」
 それを耳にしたセリアは、誰もが見て分かるくらい肩を震わせた後、じっと自分の身を抱きすくめた。アルトがジャックの服から手を離し、それを怪訝そうに見やる。
 その瞬間、ジャックは勢い良くアルトを突き飛ばし、するりとガロッシュの手から逃れると、隠し持っていた鋭利な針のようなものをその喉に向けた。あまりにも手馴れた動きに、ガロッシュが別人のように動揺を見せた。
「お前、何を……!」
「へへっ、頭領ならこのくらいすぐにかわしちまうぜ。そう、本物の頭領ならな」
 ジャックはアルトを受け止めたセリアに向かって、声高らかに叫んだ。
「セリア! お前なら、こいつらがどういう奴らかぐらい分かるだろ!?」
 ジャックを手下たちが取り囲む。セリアはアルトを立たせると、しばしの沈黙を置き、静かにつぶやいた。
「……今まで感じていた違和感が、今なら分かるわ。
 その人たち……いいえ、そいつらは皆、魔物よ」
「……何だと?」
 サーラだけでなく、アルトやモエギも愕然とセリアを見、盗賊たちに視線を移した。すると、ガロッシュが突如奇怪な声で哄笑し、ジャックが突きつけている針を掴んだ。
「お前、いつから気付いていた? え、ジャックよ?」
 まるで声帯を取り換えたかのように、ガロッシュの声はしわがれて、既に人のものではなくなっていた。ジャックはそれにひるみもせず、いつもの調子で答えた。
「テメーが昨日の晩、勇者を殺せって言った時からだよ。オレはおとなしく従ったフリをして、命令通りアルトたちを連れてきた。けどよ、本当は魔物の気配が分かるセリアにテメーらの正体を暴いてもらって、オレたちがボッコボコにするって寸法よ」
「ジャック……」
 アルトが茫然とつぶやくと、ジャックは振り向かずに一言、告げた。
「バカヤロー。オレはいつでも、お前を死なせやしねえって、思ってんだよ」
 アルトはそれを聞き、ぐっと拳を握りしめた。
「……それはこっちの台詞だ、バカヤロー」
「ジャックよ。では、本物のガロッシュがどこにいるのか、分かるのか?」
 ジャックが何も答えずにいると、偽のガロッシュはこう言った。
「死んだ。いや、殺したよ。……ワシの手でなあっ!」
 直後、ジャックの針が硬い金属音と同時に弾き飛ばされ、偽のガロッシュは纏っていた黒装束に包まれた。ジャックは飛び退き、背を向けたままじっと黒い布が舞うのを見据えた。声をかけようとすると、怒声が上がった。
「テメーは、絶対に許さねえっ! さっさと姿を見せやがれっ!」
 それは、今まで聞いたジャックのどの叫びよりも、激しく、そして怒りに満ちていた。
 サーラたちが各々の武器を構えると、突風がわいたように黒装束が飛ばされ、偽のガロッシュの正体が明らかになった。
 それは、無数の腕に、同じ数だけ曲刀を握った、がいこつの剣士だった。
 奴が剣を一振りすると、周りにいた盗賊たちもみるみるうちに皮膚がただれ、異様なうめき声を上げ始めた。
「うそ……腐ってる……」
 モエギがおびえたように囁き、腐敗臭に顔をしかめた。奴らにはまだ、人としての面影が残っていた。
 がいこつ剣士は目玉のない瞳で笑った。
「こいつらは元々ガロッシュの手下だった。そう、ジャックのかつての仲間さ。ワシが全員、腐った死体に仕立ててやったのだ」
「くそっ、なんて非道な……」
 サーラが毒づくと、ジャックは低く尋ねた。
「……じゃあ、聞く。何で、魔物のテメーがオレを求めた? 頭領や、そいつらを殺してまで」
 その声には、ただならぬ感情が込められていた。がいこつ剣士は骨を軋ませながら、答える。
「それは、後でじっくりと教えてやる。今はお前より、そこの小僧を切り刻みたくてたまらんのだよ!」
 叫ぶと同時に、がいこつ剣士と腐った死体たちが一斉に襲いかかる。ジャックががいこつ剣士を迎えうったが、奴は迷わずアルトへ向かってきた。アルトは数本の曲刀を全て剣と盾で受け止めた。
 サーラとモエギはセリアをかばうように、死体たちの前に立ちはだかった。
「セリア、私たちが守るから、援護してくれ!」
「はいっ!」
 セリアは口早に呪文を唱えた。すると、死体たちの皮膚が先程以上にしなだれた。守備力を低下させる補助呪文だ。
「ジャック、お前の前ではむごいことだが……こいつらは斬る!」
 サーラは剣を構え、死体たちと刃を交えた。



 アルトは渾身の力で曲刀をはじき返し、間合いを取った。明らかに通常相手する数を越えた刃。どう戦うべきなのだろう。
「くくく、ワシの腕の数に戸惑っておるな。オルテガの息子よ、全ての魔物が貴様を殺すようにとバラモス様から仰せつかっておるぞ。その首には我らの栄光がかかっているから、皆必死よ」
 心底楽しそうに歯をけたましく鳴らすがいこつ剣士に向かって、アルトは吠えた。
「何が栄光だ! いくら犯罪者とはいえ、人の命やジャックの心を弄んで……許さない!」
「何とでも言うが良い! ジャックはまだ取り出されてすらいない原石……だが、貴様は生粋の宝石。その輝きが目障りなのだよ!」
 アルトは自分がなじられたことより、その前の言葉が気にかかった。
「ジャックが原石……? どういうことだ?」
 直後、再びがいこつ剣士が刀を繰り出してきた。一度に二、三本の刀を受け止めるので、防御するのが精一杯で攻撃がままならない。骨だけが生み出すとは思えない衝撃に、腕がじんとしびれていく。
 何とかして、反撃しなければ――そう思った矢先のことだった。
 次に来るはずの攻撃がなく、アルトが盾越しにがいこつ剣士の様子をうかがうと、薄汚れた骨の腕にはチェーンクロスが絡みついていた。その先を辿ると、鋭い眼光を宿したジャックが鎖をきつく引っ張っていた。
「……テメー、アルトを殺したかったんなら、何でオレや妹たちを苦しめた? 答えねえと、テメーを殺せねえんだよ」
「こしゃくな……やはり、ワシの力ではお前を……」
 がいこつ剣士は何やらつぶやいた後、捕われていない右側の腕でアルトを切り裂こうとした。それを盾で押さえ、アルトはふと気が付いた。
 腕は多くとも、動かすのは決まって右の腕、左の腕を数本同時にだ。一本一本がバラバラに振るわれる訳ではない。
 それに気付けたならば、反撃は出来る――アルトは刀を振り払い、同時に肋骨のあたりを突き砕いた。一気にがいこつ剣士の胴体と下半身が分かれ、足や骨盤が無残に散る。
 上半身になっても尚刀を振るうがいこつ剣士だが、片方の腕の動きをかわすことくらい、今のアルトには朝飯前だ。
 アルトは乱れのない剣さばきで肩のあたりを切断し、首をはねた。骸は口を開けたまま地面に落下し、あごをガクガクと揺らした。
 骸を踏みつけ、アルトは詰問した。
「何故ジャックを苦しめた! 答えろっ!」
 アルトの足の下でうめき声を上げていたがいこつ剣士は、突然ぴたりと静かになった。次の瞬間、近くでジャックの絶叫が上がった。
「ジャック!?」
 アルトの目に映ったのは、チェーンクロスに巻かれていたがいこつ剣士の腕が、捕われたままジャックの胸を引き裂いた場面だった。真っ赤な鮮血が、乾いた地面に雨のごとく降り注ぐ。
「兄さん!?」
 サーラたちの援護をしていたセリアが悲鳴を上げ、死体たちを真空呪文で切り裂きジャックに駆け寄った。スローモーションがかかったかのように崩れるジャックを抱きかかえ、セリアは激しく揺さぶった。
「しっかりして、兄さん! 今、べホイミを……!」
 銀色の髪が血で濡れるのを目にすると、アルトの胸を一気に激情が立ち昇った。
「お前が狙っていたのは、俺じゃなかったのかっ!」
 骸は激しく揺れ動き、アルトの足から抜け出すと、まるで逆再生のように元の姿を取り戻した。
「無論、貴様は殺す。ジャックは我らの元へ引き寄せるつもりだったが、あの様子ではそれも叶わぬ。ならば、殺すしかないだろう?」
「我らの元へって……何故ジャックを!?」
 アルトが疑問を吐く中、ジャックの咳き込みが続く。セリアが必死の形相でベホイミをかけているが、血の止まる気配はない。
 がいこつ剣士は紅に染まった刀でジャックを指し、告げた。
「貴様。何も知らないのかね?
 ――こいつは、『銀の賢者』なのだよ」