銀髪の理由 2



 街の半分近くを回り、日も少し和らいできた頃、サーラたちの足は街の奥の教会に差しかかった。
「ねえ、そろそろ一休みしない?」
 モエギの提案で中に入ると、教会に似つかわしくない声が響いた。
「なあ、ちょっとぐらいいいだろう?」
 女神を模したステンドグラスが見下ろす祭壇の手前で、数人の男たちが誰かを取り囲んでいるようだ。サーラはその後ろ姿を目にし、足を止めた。
「待て……様子を見よう」
 サーラがアルトとモエギを制止すると、別の男が口を開いた。
「こんな所にいたって退屈だろ〜? オレたちと外で遊ぼうぜ?」
「何度言ったら分かるんですか。私はここを離れる気はありません」
 男の声をさえぎるように、若い女がまくし立てた。さほど強い口調ではないが、芯のある声。
「あんだと? せっかくオレたちが誘ってやってんのに、偉そうな口利くんじゃねえぞ!」
 男たちがいきり立ったので、サーラたちは素早く奥へ向かった。
「お前たち! 何をしている!」
 怒声で振り向いた男たちの人相に、サーラの悪い予感が的中した。
「てめえら、ジャックの仲間の…!」
 アッサラームに着く前に出会った盗賊の一部だった。奴らはサーラたちの顔を見るなり、標的を瞬時にこちらへ変え、襲いかかってきた。サーラたちは椅子の並ぶ左右へ飛び退き、各々の武器を構えた。硬い音を立てて錆び付いた刃と交わる。
 男は計三人、一対一で片付ければ問題はない。サーラは幾度も剣を繰り出しながら、盗賊に詰問した。
「旅人を狙うどころか、街の者にまで手を出すか! どこまでも薄汚い奴らめ!」
「何とでも言えよ! 全ては頭領のご命令なんだぜ?」
 ニタリと浮かべた笑みも不愉快なもので、サーラは剣を打ち払うと喉元に切っ先を突き付けた。
「サーラ、後ろ!」
 モエギの痛烈な叫びが飛び、背後を振り返ると盗賊の一人が刃を向け、飛びかかってきた。まずい、そう思った瞬間、別の叫び声が教会にこだました。
「ラリホー!」
 その途端、襲いかかってきた盗賊は急にだらしのない顔になり、床に倒れ寝息を立て始めた。声のした方を見やると、真っ青な法衣を身につけた水色の髪の少女が立っていた。
 再び正面の盗賊に睨みをきかせると、怯えたような声を上げた。その向こうではアルトとモエギが残りの一人をのしていた。
「今すぐ仲間を連れて去れ。そして二度と姿を現すな!」
 盗賊は裏返った声で返事をし、仲間を引きずってあたふたと去っていった。
「こんな所にまであいつらの手が回っているのか……ジャックも、同じようなことをしていたのかな……」
 アルトが不安げにつぶやくと、法衣の少女がこちらに近付いてきて、深々と頭を下げた。
「危ない所を助けて下さり、ありがとうございました。いつもは神父様がいらっしゃるのですが、今日は生憎出払っていまして……」
「いや、こちらこそ礼を言う。呪文を使えるということは、僧侶殿か?」
 少女――といっても、モエギよりは幾分大人びて見えるが――は、こくりとうなずき、セリアと名乗った。
「ねえ、あいつら前にもここに来た?」
 モエギの問いかけに、セリアは不穏な表情を見せた。
「ええ……最近このあたりをうろついています。私の家の方でも姿を見かけていて……。それに、あの人たち……」
「知ってる。ここら辺で幅をきかせている盗賊団だろ?」
 セリアはアルトの顔を見やり、ぎこちなくうなずいた。ここでジャックがいたら、「君がかわいこちゃんだからつきまとってんだろうね〜」などと茶化すのだろう。
「教会を荒らしてしまって、すまない。私たちもここへ来る前、奴らに一回会っているのだが……良ければ、奴らについて少し聞かせてくれないか?」
 セリアは暗い表情のまま、サーラの言葉を承諾した。
 あの黒装束の男が率いる盗賊団は、通称デスミラージュ――死の蜃気楼と呼ばれ、アッサラーム周辺からイシスの砂漠にかけて活動しているのだという。
「私の小さい頃から名を聞く盗賊団で、昔は街にまで被害が及ぶことはなかったのですが……ここ数年、窃盗どころか殺人にまで手を染めるようになったと聞きます」
 サーラたちは顔を見合わせた。おそらく、それがカンダタ一味の分裂、そしてジャックの離反を招いたのだ。
 街の自衛団も終始見張りについているというのだが、こう広い街ではいくらでも抜け道はあるし、実際自衛団にも被害者が続出しているのだという。
「今では自衛団の人数も減り、夜になると何が起こってもおかしくありません。私たちは、日の出ている間しか明るく生きられないのです……」
 セリアはまだ何か言いたそうだったが、それきり固く口を閉ざしてしまった。
「困ったものだな……奴らはそんなに厄介な連中なのか」
 セリアはただうなずくだけだ。黙って話を聞いていたアルトがふと、思いついたように尋ねた。
「セリアさん、奴らが家の近くまで狙っているということは、単に無差別に人を狙っているんじゃなくて、あなたを標的にしているんですか?」
 セリアははっとしてアルトを見やったが、しばらくは何も言わなかった。先程からひどく思い詰めたような顔をしているこの少女に、サーラはただならぬ事情を感じた。
「もしかして、セリア殿は魔法の鍵のことを知っているのではないか? 奴らがもし、魔法の鍵を狙っていたとしたら……」
「魔法の鍵……ですか?」
 きょとんとした瞳で尋ね返されたので、見当違いのようだ。サーラはアルトとモエギに向かって告げた。
「とりあえず、ジャックと合流したら盗賊団について洗いざらい――」
「ジャック……?」
 向き直ると、セリアは信じられないといった様子でサーラたちを凝視していた。
「ジャックと知り合いなのか?」
 セリアは深くうなずき、微かに震えた声で告げた。
「……ジャックは、私の兄です」



 アッサラームは一見賑やかな街だが、その裏は貧富の差の激しい、薄汚れた街でもある。
 広場から南、細い路地に入ればそこはもうスラムと化している。家があればまだまともな方で、昼間から地べたに座った子供たちが物欲しそうな目を向け、浮浪者が外をうろつく。ジャックは見て見ぬふりをしながら、その間を歩いていった。
「兄ちゃん、なんかくれよ」
 一人の子供がジャックのズボンを引っ張る。砂とほこりにまみれた手で掴まれても、ジャックは怒りを見せず、ただ一言告げた。
「悪いな。欲しけりゃもっと金持ちをあたってくれや」
 薄く微笑むと、子供はじっと視線を向けたまま見送った。このような所をそう金持ちが通る訳がないことくらい、ジャックも子供も分かっていた。
「ここは変わんねえなあ……」
 廃材で建てられた小さな家の群れを眺めながら、ジャックは足を進める。街に入ったあたりに建っている建物がセットで、こっちはいわば舞台裏だ。こんな所でよく暮らせたものだ、とジャックは自嘲気味に笑みを浮かべた。
 路地裏を抜けると、街の塀の角にすっぽり収まるようにして、平らな家が存在している。これはまだまともな方で、泥と砂を固めて作ってある、いわば中の下程度の家だ。ジャックはその手前で足を止めた。
「いるんかねえ……誰か」
 ぽつりとつぶやいてから、家の中を覗き込む。住まいはだだっ広い一部屋で、台所には洗い物が積まれており、右手奥は居間と、ついたてが並べられただけの寝室がある。
 変わっていない、我が家。ジャックが一歩足を踏み入れようとすると、
「お兄!」
 突如甲高い声が上がったかと思うと、声の主は次の瞬間にはもうジャックの背中にしがみついていた。
「おま……アニーか!?」
 何とか引き剥がし、姿を確認する。桃色の髪を頭のてっぺんで高く結い上げた、大きな瞳の少女。
「お兄、いつ帰ってきたの!? 一言くらい連絡よこしてくれたって、いいじゃん! うちら、ずっとお兄のこと待ってたんだよ!」
 アニーはジャックのベストを掴むと、力いっぱい揺さぶった。相変わらずの剛力に脳までもが振動する。それに構わずアニーはまくし立てた。
「お父も、お姉たちも、うちもお兄のこと心配してたんだよ! 今までどうしてたの? 全部聞かせてくれないと、今日の晩ごはん抜きだからね!」
「分かった分かった。とりあえず落ち着け」
 アニーは手を離すと、思い出したように駆けていった。その先には、水たまりの中に倒れたバケツが沈んでいた。ジャックは相変わらずだなあ、とぼやいてから、歩み寄りバケツを拾った。
「アニー、バケツもう一個あったろ? オレが運んでやっから、持ってこい」
 しゃがみ込んでいたアニーは、ジャックを仰ぐと瞬時に笑顔を浮かべ、砂ぼこりを立てて家の中へ走っていった。バケツを受け取ると、ジャックはアニーと井戸の方へ向かって並んで歩いた。
「今日の晩飯は?」
「えっとね、エビドリアとシーザーサラダと野菜スープ! エビが今日すっごく安かったの! きっと大漁だったんだね」
 ジャックが一つ話すと、アニーはそれに五の返答をした。ロマリアでぼったくりに近い仕事をしていたと言うと、どのくらい儲かったのかとか、どうせバニーさんにちょっかい出そうとしてフラれてたんでしょ、などと遠慮なく言葉を浴びせるのだ。それが当たり前のことだったし、心地の良い時間だった。
 アニーの小気味よい喋りっぷりはモエギと似ているのだが、やはりアニーの方が長年相手をしているだけあり、スムーズに話せる。
 家を離れていた間のことを一通り話すと、アニーは興味深そうに言った。
「魔王退治の旅かあ……いいなあ、うちも旅とかしてみたいなあ」
「そんな憧れるようなモンでもないぜ? ……ところで、そっちはどうしてた?」
 すると、アニーの笑顔が一瞬陰ったような気がした。否、気のせいではないだろう。自分のしたことを考えれば。
「うちらは、相変わらずだよ。お父はイシスの方に行商に行ってるし、お姉たちも一生懸命働いてる。うちも、やっとお父の手伝いをまかせてもらえるようになったんだよ!」
 平家に囲まれた日陰の井戸に着き、アニーは平らな胸を反らした。昔から、アニーは兄妹の誰よりも父の商売に興味を持ち、よく真似事をしていたものだ。
「あいつらはお袋似、お前は親父似、オレぁ……誰に似たんだろうな」
 桶から水を汲みながら、ジャックはふと水面に映った自分を見つめた。
 父も、今は亡き母も、濃い色の髪をしていた。父は炭のような黒い髪だが、母は水平線の彼方のようなブルーグレーの髪をしていた。妹たちも髪の色は様々だが、自分だけが最も有り得ない色をして生まれた。
 病を患った訳でもないのに、見事なまでに色の抜けた髪。今はもう慣れたが、この髪のせいで目をつけられることも多かった。
「うちは、お兄のことずっと好きだよ」
 唐突にアニーが言った。顔を上げると、アニーは汲み終わったバケツを持ち、微笑んだ。
「お兄は、うちらの面倒を見るためにあんなことしてたんでしょ? うちは、お兄が本当は優しいの、一番知ってるんだから」
 アニーの笑顔は昔から変わらない。大きな瞳を細め、口元をきゅっと柔らかく上げて、まるで生前の母を見ているようだ。
「……お袋に似てきたな、お前」
 そっとつぶやくと、アニーはまた嬉しそうに笑った。
 仲良く家に戻ると、誰かの気配がした。アニーが中を覗くと、その正体はすぐ判明した。
「お姉!」
 アニーはそのまま中へ首を突っ込み、話し始めた。お姉、とは言うが、実際には二人存在する。
 どちらだろうか、と考えていると、その妹が中から飛び出してきた。
 ライムグリーンのビスチェに、燃えるような深紅の髪――長女のローズだった。
 ローズはブーツのかかとを鳴らしジャックに詰め寄ると、いきなり頬に平手打ちを喰らわせた。ばちん、とゴムを弾いたような音の後、アニーがローズの腕にすがりつく。
「お姉! やめてよ!」
 アニーは先程とは一転して眉を下げ、困惑している。ローズは容赦なくそれを振りほどくと、身長差があるにも関わらずジャックの胸倉を掴んだ。
「よくもぬけぬけと帰ってこれたね、この疫病神! 今更何の用だってのさ!」
「神呼ばわりか、そいつは嬉しいねえ。お前も元気みてえだな」
「あんたにお前呼ばわりされる筋合いなんかないんだよ、ヘラヘラしやがって!」
 ローズは投げ払うように手を離した。ジャックが軽く咳込むと、アニーが駆け寄ってきた。
「お姉、せっかくお兄が帰ってきたのに……! ひどいよ!」
 アニーが鋭く睨むと、ローズはその数倍厳しい眼差しを向けた。この妹も母親に似て美人なのだが、怒った顔が一番似ている。
「アニーは昔からこいつにべったりなんだから。いい? こいつのせいで、アタシら皆苦労してんだよ? まだ分からないの!?」
 アニーは唇を噛み、沈黙している。ジャックは半年前の出来事に思いを巡らせた。
 今でも覚えている。寒空の中うずくまって野宿した夜に見上げた、まるで今までの悪事で染まったような、淀んだ闇に包まれた空を。
 ローズは憎悪を込め、ジャックを見据えた。
「あんたの素性がバレて、アタシらを見る周囲の目は嫌という程変わったよ。それでもアタシら、必死に努力して信用を取り戻したんだ。アタシも今じゃちょっと売れっ子の占い師さ」
 鼻で笑って、ローズは続けた。
「だけど最近は商売上がったりだよ。何故かって?」
 肩をすくめてみせると、ローズは憎らしげに声を漏らした。
「アタシらの所に、あんたの盗賊仲間が来るんだよ。あんたに用があるんじゃなくて、あんたの妹のアタシらをわざわざつけ回してるんだよ」
 全身から、血の気が失せていくような気がした。森でジャックたちを取り囲んだ、奴らの野卑な笑みが蘇る。
 かつては、悪事を共にしたと言えども仲間だった奴らだ。気の許せる奴らだった。
 いずれ後悔する――脳裏に、頭領の冷たい笑みが浮かぶ。行き場を失った夜に輝いていた、刺すように凍てついた月のような笑み。
「何でだよ……オレにだけ、構ってりゃいいじゃねえかよ……」
 今までロマリアに滞在し、アルトたちと行動を共にした半年間、その間ずっと奴らが妹たちを狙っていたとしたら? 妹たちがずっと安らぐ暇もない生活をしていたとしたら?
 自分がアッサラームに戻ってきた今、奴らが妹たちに何をするだろう――?
 言葉を失ったジャックを、ローズは渾身の力で突き飛ばした。ジャックがよろめくと、とどめの一言が放たれた。
「今すぐ失せな。そして二度と姿を見せるな!」
 ローズは無理矢理アニーの手を引っ張り、家の中へ去っていった。



 ジャックの妹セリアから事情を聞き、教会を後にした時は既に日が傾いていた。サーラたちの足取りは重かった。
 ジャックが団を抜けた際盗賊だったことがばれ、家を追い出されたこと。ジャックの去った後、その妹であるセリアや他の姉妹をデスミラージュの奴らがつけ狙っていること。
 だがジャックの妹たちは、それで根を吐くようなか弱い女ではなかった。三人いるという妹は皆才を持ち、それと持ち前の芯の強さで奴らを追い払い続けているのだという。
 家族にまで火の粉が及んだジャックの行為に、父と長女は今もなお憤りを感じ、末の妹は兄をかばい続けている。自分は分からない、とセリアは悲しげに瞳を曇らせた。
「兄が隠してきたことは許せません。そのせいで今日のようなことが度々起こっていることも……。ですが、兄が好きこのんで盗みを働いていた訳ではないと、心のどこかで信じているのも事実です」
 だから私はどっちつかずなのです、とセリアは締めくくった。
 今まで何故ジャックが盗賊をしていたのか、疑問に思うことはあったが誰も追及しなかった。
 言えないような過去ならば聞かなくても良いだろう。だが、そのために家族を傷つけ、そして未だに過去は現在進行形で立ち塞がっている。
 この状況を打破するためには、ジャックと話をするしかない。サーラだけでなく、アルトもモエギもそう考えているだろう。
 三人は何も言わず、待ち合わせの酒場へ足を進めた。
 街の入り口からそう遠くない酒場は、早くも店内に明かりを灯し、行商人や旅人たちが狭い席を満たしていた。
 カウンターもテーブルもほぼ満席だったが、隅のテーブルで喧騒を避けるかのように一人座っている青年を見つけ、サーラたちは歩み寄った。
「ジャック、話がある」
 アルトが呼ぶと、ジャックは半眼でこちらを見上げた。その手には山吹色の液体がなみなみと注がれたジョッキがある。
「うわっ、酒臭っ」
 モエギが鼻の前で手のひらをはためかせた。席は丁度三つ空いており、ジャックの向かいにアルト、その間の左右にサーラとモエギが座った。
「お前ら、何でも好きなモン頼めよ。この店はいいぜぇ? どんだけツケためても――」
「なら、水を頼もうか」
 サーラはジャックの押しつけたメニューに目もくれず、注文を頼んだ。腹を満たすのは話が終わってからだ。
 間もなくして、薄汚い店に似つかわしくない若い娘が水を運んできた。
「あら、ジャックのお連れさん? だったらどうにかしてくれない、こいつもう六杯目なのよ」
 若いくせにダメオヤジみたい、と口を尖らせて娘は別のテーブルに移っていった。知り合いなのだろうか。
「なーに、こんなの水みたいなモンよ。で、話って何?」
 ジャックは普段より数段だらしない顔をして、またジョッキに口を運ぶ。サーラはその姿を冷視しつつ、話を切り出した。
「まず聞く。今日どこへ行っていた?」
 ジャックは一瞬動きを止めると、流し込むように酒をあおってから答えた。
「決まってるでしょ。オレの家。可愛い妹の待っているお家よ」
「その妹が、お前のせいで苦しんでいることを知っているのか?」
 すると、ジャックは眉をぴくりと動かし、急に不機嫌な表情へと変わった。
「……知ってるさ。嫌がらせなんだよ。オレに対しての」
「なら、どうにかしようジャック。俺たちも協力するから」
「うっせーな!」
 ジョッキが安っぽい木のテーブルに叩きつけられ、中身が飛び散る。他の客たちが視線を向けるが、この店では怒声も日常茶飯事なのか、皆大したことじゃねえや、とまた元向いていた方へと視線を戻した。
「……ジャック、どうしちゃったの?」
 アルトが固まる中、モエギが怖々と尋ねる。ジャックは憮然とした声でそれをあしらう。
「別にどうもこうもねーよ。あいつらは、どうにかしようっつってハイどうにか出来ましたで片付く奴らじゃねーんだよ」
「ならば、私たちに奴らのことを聞かせてくれ。大体、お前のことなど私たちはほとんど知りもしない。私たちだって、お前が困っていれば見捨てるような真似は――」
「だからうるせえって言ってんだろ!」
 再び怒声を響かせ、ジャックはジョッキを飲み干そうとしたが、もうほとんど空だった。舌打ちの後、ジャックは早口でまくし立てた。
「あのなあ、オレって本当は相当やばいことしてきてんの。大商人を何人もどん底におとしめたこともあんの。大勢でかかりゃあ、このアッサラームの市場めちゃくちゃに出来るの。これはそういう組織を裏切った罰なんだよ。
 ……たとえお前らでも、あの人だけには関わっちゃいけねえ」
 最後のつぶやきだけが消え入りそうな声だった。思い詰めたような瞳は、セリアのそれとどこか似ていた。
「……あの男は、何者なんだ?」
 アルトが静かに尋ねた。その言葉が指す人物をジャックはすぐに察知したのか、低くつぶやいた。
「……ガロッシュ。デスミラージュの頭領で、オレの恩人だった」
 意外な言葉にサーラたちは息を呑んだが、ジャックはそれだけ告げると席を立ち、引き止めたのにもかかわらず店から姿を消した。