永遠の眠り 4



 サーラたちは洞窟を出た後、その足でエルフの里に向かった。村の呪いを解くと同時に、エルフの女王に一刻も早く真実を伝えたかった。
 里に着いた頃はもう日が暮れかけており、緑の草むらを斜陽が染めていた。
「あなたたち、また来たの? 今度は一体何の用よ」
 出迎えたのは小生意気なエルフの娘だったが、ルビーを返しに来たと告げると、茫然とサーラたちを見送った。
 女王はサーラたちが姿を見せると、視線を向けながらじっと玉座で待ち構えた。
「……随分と薄汚い格好をしていますね」
 女王は冷たく言い放ったが、アルトが赤い宝箱を差し出すと、表情をがらりと変えた。
「まさか、それは夢見るルビーでは……」
 ゆらりと玉座から立ち上がり、箱を受け取ると、女王はその中身を確認した。ルビーは思い返してみると、彼女たちの瞳とよく似ていた。
「……西の洞窟の奥底で見つけました」
 女王は手紙に目を通すと、驚愕してアルトと手紙を見比べた。白い手がわなわなと震え出す。
「何と……アンと男は、あの湖に身を投げたと言うのですか? 私が、二人を許さなかったばかりに……」
 アルトがうなずくと、女王は箱と手紙を持ったまま、玉座に座り込み深くうなだれた。
 娘が二度と戻らないことは知っていただろう。だが、彼女の生命までもが消え去っていたことを知っていただろうか。分かっていただろうか。
 女王はしばらく沈黙した後、手のひらを上にして杖を一振りした。すると手の上に小さな皮の袋が現れた。そして立ち上がり、アルトにそれを与えた。
「分かりました。この目覚めの粉を持って、村にお戻りなさい。そして呪いを解きなさい。アンもきっと、それを願っていることでしょう……」
 アルトは袋をしまうと、礼儀正しくお辞儀をした。
「貴方がたには……お礼を言わねばなりませんね。けれど、私は人間を好きになった訳ではありません。お行きなさい」
 女王の声は微かに震えていた。サーラたちも礼をし、玉座を後にすると、背後で泣き崩れる声がした。まるで里全体を包むかのように、寂しげな夕焼けが射していた。
「……これで良かったのかな」
 アルトがぽつりとつぶやいた。サーラは一度だけ女王を振り返り、答えた。
「……さあな。だが、これで村の時間も、エルフの時間も、やっと元通りになるのだろう」
 モエギとジャックは珍しく何も言わなかった。そのまま里を去ろうとすると、サーラたちを呼び止める声がした。振り向いた先には、あのエルフの少女がいた。
「お前……」
 少女は一目散にサーラの元へ駆け寄り、抱きついてきた。アルトたちが驚く中、少女はサーラを仰いだ。
「アンのこと、ありがとう……! あなたたちのこと、忘れないわ!」
「お前は、人間のことが嫌いではないのか?」
 少女はサーラから離れると、そっと微笑んだ。
「人間は怖いわ。でも、あなたたちのことは好きよ。アンとお母様を救ってくれたから」
 そして瞬く間に、茂みの中へ消えていった。サーラたちはしばし茫然としていたが、ジャックがつぶやいた。
「モエギを置いて、あの娘を連れて行きたいわ、オレ」
 モエギは無言のまま、ジャックに肘鉄を食らわせた。サーラは花の残り香を感じながら、少女の消えた方を見つめていた。
 何故かあの少女に、いないはずの妹のような感覚を覚えながら。



 森を後にし、村に着いた頃にはもう空が白み始めていた。夜通し歩いてきたので、サーラたちの疲労は限界に近かった。
「あ〜、やっと着いたよ〜」
 村の門に入るなり、モエギは力なくその場にへたり込んだ。サーラが手を貸しても立ち上がろうとしなかったが、アルトが同じことをするとすんなり起き上がった。もう誰が見ても分かることだが、それを知らないのは当の二人だけだ。
 何となく面白くなかったので、サーラは手早く粉をどうにかするようアルトをせかした。すかさずジャックが「サーラさん、もしかしてやきもち?」と尋ねてきたが、睨み返すのが精一杯だった。
「でも、粉をどうすれば……」
 アルトが困惑気味に袋を開けると、突然中からそよ風が起こり、粉が天に導かれるように舞い始めた。金の輝きは村全体に行き渡り、道端で眠る全ての村人へ降り注いだ。
「まるで、星屑が舞っているようだ……」
 サーラは不思議な光景を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。エルフの魔力なのだろうか、それはやはり人間のものを凌駕している。
 粉が舞い落ちると、傍らで眠っていた男性を始め、村人たちが次々とあくびや伸びをし始めた。それに伴い、東の山から朝日が昇り始める。
 ノアニールが、やっと生き返った瞬間だった。
「あれ……? おはようございます、こんな朝早くに旅の方なんて、珍しいですね」
 そばにいた男性がこちらに気付き、ごく普通に声をかけてきた。サーラが思わず苦笑すると、ジャックが急に男性につっかかった。
「そうなの! オレらもーヘトヘトなの! ねえ、今すぐ宿屋に泊まりたいから、あんたの顔に免じてまけてもらって?」
 戸惑う村人にアルトが慌てて謝る。ジャックがへたり込むと、モエギはサーラの腕を引っ張った。
「サーラ、あたしも眠いんだけど……宿屋に泊まろうよ」
 まぶたをこするモエギに呆れつつ、サーラはアルトに声をかけた。
「アルト、私たちはもう寝る時間だ。宿屋に行くぞ」
 振り向いたアルトがあくびをしたので、サーラはモエギと顔を見合わせ、くすりと笑いをこぼした。
 宿屋の主人もやはり眠そうにしていたが、サーラはきっちり代金を支払うと、それぞれの部屋に入るなり爆睡した。今まで村人が眠っていた分、眠りたい程に。



 そのまま昼過ぎまで眠っていたところ、宿屋の主人に起こされ、とりあえずサーラとアルトだけが部屋を出た。
 宿の入口には村長が立っており、サーラたちが姿を見せると喜々として歩み寄った。
「いや、起こしてすまんな。どうやら貴方がたのお陰で、村に人々のざわめきが蘇ったようじゃな! どこのどなたか知らぬが、なんとお礼を言って良いやら!」
 村長は別人のように明るくなっていたが、サーラはまだ寝惚け半分で話を聞いていた。アルトは乾いた笑いを浮かべながら応対している。まだサーラたちの方がまともで、モエギとジャックは起こそうとすると殺気を立てたらしい。
「村長殿……彼はオルテガ様の息子なのです」
 すると村長は一瞬動きを止め、アルトをじっと見つめた。
「何と……主人よ、そういえば昔――いや、先日オルテガという旅人が、この宿に泊まっておったのではないか?」
 宿の主人は思い出したように手を打った。その拍子に、アルトが主人に詰め寄った。
「本当ですか!?」
「ええ、旅の踊り子を助けてこの宿に来られましたよ。ですが、昨日旅立ったとかで……」
 昨日、といっても、もう十数年前のことになるだろう。主人はおもむろに二階へと上がっていった。アルトが小さく昨日、とつぶやいた。
「……そうか。風の噂では、オルテガ殿はもう何年も前に亡くなられたと聞く。この村は、それ程までに時が止まっておったのじゃな……」
 しばらくして、宿の主人は一人の剣士を連れ階下に降りてきた。話によると、彼がオルテガのことを知っているのだという。
「オルテガ殿なら、つい昨日までオレの部屋の隣に泊まっていたはずだ。確か、魔法の鍵を求めてアッサラームに向かうと言っていたが」
「アッサラーム?」
 アルトが聞き返すと、剣士はうなずいた。
「ということは、その時にジャックと会ったのか……オルテガ様は」
 アルトは黙り込んで、じっと何かに思いを巡らせている。もし、この村に呪いがかかるのが一日二日早ければ、オルテガもこの村で時を止められたままだったのかもしれない。
 運命とは皮肉なものだ。サーラはアルトの肩にそっと手を置いた。
「……アルト。もう少し休んだら、南へ出発だ」
 アルトはゆっくりサーラを見上げると、力強くうなずいた。



 結局サーラたちは丸一日休んだ後、村での用事を済ませることになった。
 村長は村人には本当のことを秘密にしたいとサーラたちに頼んだが、それと同時にあの老人にだけは真実を伝えるよう言い渡した。
 サーラたちは老人の家を訪ね、彼の息子の話をしてやった。老人は大層落ち込んでいたが、妻には内緒にする、と固く誓った。無常感の漂う決意だったが、サーラたちにはどうすることも出来なかった。
 洞窟の探索ですっかりぼろぼろになった衣類を新調する際には、村長の計らいにより身かわしの服、という衣を譲ってもらった。比較的軽装のモエギとジャックに与えられたのだが、二人は散々ごねたあげく店の主人にそれぞれ違うデザインで仕立ててもらった。サーラは呆れつつ、その代金を支払った。
 サーラとアルトも剣を研いでもらい、四人は万全の準備を整え、数日後ノアニールを発った。
「それにしても、一つ疑問が残るんだよな」
 カザーブの山脈へと続く平原を歩きながら、アルトはひとりごちた。
「何だ? 疑問はすっぱり解決しといた方がいいぜ?」
 ジャックが水筒に口をつけながら言うと、アルトはサーラの隣に並んだ。
「何でサーラが、アンの最期を夢に見たのかっていう事だよ」
「それはこっちが聞きたいくらいだ」
「でも、本当にサーラそっくりだったのかな? 一度会ってみたかったな」
 モエギの言葉にサーラは同意した。そう、出来ることなら、顔を合わせてみたかった。
「アッサラーム、か……半年振りだな」
 ジャックの口振りは嬉しいと言うより、面倒くさいという印象が強かった。サーラは遠い目をしているジャックに問いかけた。
「帰りたくないのか? 故郷なのだろう?」
 するとジャックは唇をなめ、曖昧な笑みを覗かせた。
「……まあ、オレにも事情は色々あるのよ。サーラさん」
 そう告げると、ジャックはいつもの調子でアルトと喋り始めた。その背中を見つめてから、サーラは晴れ渡った空を見上げた。
 今頃あの二人は、天国で永遠の眠りについていることだろう。