永遠の眠り 3



 一旦サーラたちは老人を連れ村に戻り、身体を休めた後、エルフの少女が言っていた洞窟へと向かうことにした。
 村長は老人を温かく迎え、サーラたちの話を聞くと、二人揃って西の洞窟の探索を依頼してきた。サーラたちは快くそれを受け入れると同時に、二人が全くの孤独ではなかったことに安堵した。
 洞窟の話は詳しくは聞けなかったが、少なくともエルフの里の近くにあることは確かだ。サーラたちは鬱蒼とした森を歩きながら、念入りに洞窟の入口を探した。
「本当に洞窟なんかあるのかねえ? ま、あのかわいこちゃんが言ってたなら、ホントなんだろうけどよ」
 ジャックは見通しの悪い森を目を細めながら進む。森もエルフの里の周辺より大分深いようで、所々に生い茂る木の根やつたを切るのはジャックの役目だった。
「でも、こんな無法地帯だと……」
 アルトがつぶやきかけたその途端、木の裏からおどろおどろしい巨大イモ虫が現れ、サーラは素早く剣を抜いた。
「気をつけろ! 毒の息を吐いたら吸うな!」
 言ったすぐそばから毒気のあるガスが吐き出され、近くにいたサーラとアルトは思うように動けなくなった。かなり先を進んでいたジャックは無事だろうか。
「二人とも、あたしにまかせなさい!」
 背後から声がしたと思うと、モエギは倒れていた大木を踏み台にサーラたちの前へと踊り出、風のように木の上へ跳躍した。そしてかけ声と共にイモ虫の真上へ飛び降り、脳天を直撃した。
「おりゃあっ!」
 とどめにモエギの中断蹴りが炸裂すると、イモ虫は森の中へ吹っ飛んだ。だが、それと同時に叫び声が聞こえ、モエギは小首を傾げた。
「あれ? 今ジャックの絶叫が聞こえたような……」
 毒ガスが霧散し、サーラとアルトが息を整えると、三人は急いでイモ虫の死骸へ向かった。
 念のためアルトが腹へ剣を突き刺すと、イモ虫はぐったりと仰向けになった。サーラはくまなく周囲を探してみたが、ジャックの姿はどこにもない。
 すると、イモ虫がもたれかかっていた土壁の方から、かすかに風を感じた。土壁はつたや枯れ葉でびっしりと覆われているが、目をこらすと奥のほうが暗い。
「アルト、モエギ、こいつをどけよう」
「え? 何で……?」
 疑問を浮かべるモエギを促し、サーラたちは三人がかりでイモ虫を投げ払った。アルトと土壁を丹念に削り取っていくと、やがて剣が空を切った。
「サーラ、洞窟ってここなのか……?」
 サーラは剣をしまうと、アルトに向かってうなずいた。
「おそらくな。ジャックはイモ虫に叩きつけられて、この中へ落ちたのだろう」
「何だって!」
 サーラが言うなり、アルトは足場を確かめもせず洞窟の中へ突入していった。
「アルト君、危ないよ!」
 モエギはたいまつの準備をすると、一目散にアルトの後を追っていった。サーラも足を踏み入れると、中はなだらかな斜面になっており、その終点にジャックが転がっていた。
「ジャック! しっかりしろ!」
 アルトが必死に揺さぶるが、ジャックはぐったりしている。モエギはたいまつを掲げ、愕然とジャックのそばに膝をついた。
「どうしよう……あたしのせいかも……」
 サーラが降りてくると、二人は最後の望みを託すようにこちらを見た。大げさな奴らだと思いつつ、サーラはジャックの容態を診た。
 ここの洞窟は土が柔らかく、頭を強打しても大事には至らないはずだ。案の定ジャックの息はあった。
「……大丈夫だ。頭を打って気絶したのだろう」
「良かった……」
 アルトとモエギが揃って胸を撫で下ろすのを見て、サーラは苦笑した。だが、安心してもいられない。
 ここまで来た以上、村へ引き返してジャックの手当てをする訳にはいかない。サーラはジャックについた土をはらい、アルトに声をかけた。
「アルト、とりあえず二人で落ち着ける場所まで運ぼう。モエギも、先頭で道を照らしてくれ」
 アルトと二人でジャックを担ぐと、モエギが率先して歩き出した。
 洞窟の中は微かに湿っており、どこかに水気があることを感じさせる。何のための洞窟かは分からないが、もしかするとエルフたちに関係があるのかもしれない。
 細身ではあるが、ジャックの背幅はアルトやサーラを上回っている。この状態で魔物に襲われると厄介だ。サーラはたいまつの照らす明かりの中から、ジャックの手当てが出来そうな場所を探した。だが目ぼしい場所は見つからず、ひたすら魔物と出会わないことを祈りながら奥へと進むしかなかった。
「何だか、ジャックが喋ってない時間って不思議だな……」
「確かにな。静かなことは静かで良いのだが、どうにも面倒だ」
 アルトと会話を交わしていると、先頭のモエギが少し力をなくしているような気がしたので、サーラはそっと声をかけた。
「モエギ、別にお前のせいというだけではないぞ? たまたま運が悪かったというのも……」
「分かってる」
 モエギの声は思ったよりしっかりしていたので、サーラは大して気にする程でもないか、と足を進めた。
 階段を下ると、右手前には大きな泉があり、三人はそこで大きく目を見張った。
「何だ、あれは……?」
 泉には離れ小島があり、その中心では四本の柱に囲まれた何らかの紋様が、青白い光を放っていた。
「よし、とりあえずあそこへ行ってみよう!」
 アルトの言葉にサーラとモエギはうなずいた。すると、暗闇の陰から奇妙な色をしたキノコの魔物が群れを成してやって来た。
「ちっ、とうとう出くわしたか!」
 サーラは舌打ちし、ジャックを床に寝かせようとした。その瞬間、キノコたちが数匹飛びかかり、かさから紫色の胞子をまき散らした。手前にいたサーラとモエギはまともに胞子を被り、咳き込んだ。
「サーラ! モエギ!」
 アルトの声がするが、それがだんだん遠のいていく。おまけに目の前が重く、沈んでいく。
 それから間もなくして、サーラの意識は途切れた。



 目の前が霞んで見える。淡く白い霧があたりに満ちていた。
 途切れ途切れにうかがえるのは紺碧の湖で、どうやら地下水脈のようだ。水面はどこか物悲しげに、静かなきらめきを放っている。
 湖の中には切り取られたような陸地があり、そこには一組の男女の影がたたずんでいた。影はしばらく寄り添っていたが、ふと男の方が何かを決意したように女の手を取り、両手で固く握りしめた。
「愛してる……アン」
 男の囁きはどこか思い詰めたものがあった。アンという名前には聞き覚えがあったが、確信が持てない。女は長い髪を翻し、額を男の手に寄せた。
「私も……愛しています」
 凛と響いた声は鈴の音のように澄んでおり、憂いを帯びていた。二つの影は重なり、女のすすり泣く声が微かに聞こえた。
 影は途端に霧で隠され、晴れた頃にはもう、どこにも見当たらなかった。
「――ラ……サーラ!」
 呼び声と共に湖は離れていき、サーラはうっすらと目を開けた。
「サーラさんおはよーん」
 頭上に突然ジャックの顔が現れ、サーラは素っ頓狂な声を上げ跳ね起きた。呼んでいたのはアルトの声だったはずだが。
「貴様、いつ気が付いた!」
 と、あたりが妙にまぶしく、サーラは腕で目を覆った。
「いやー、オレとしたことがうかつだったわ。アルト、わりぃけどサーラさんに説明してあげて」
 ジャックの隣にはアルトが座っていた。服が所々泥で汚れているが、あまり目立った外傷はない。サーラは座り直し、アルトの言葉を待った。
「サーラとモエギは、あのキノコの胞子で眠らされたんだ。あいつらは俺が何とかやっつけた」
 アルトはちらとサーラの左を見やった。光り輝く柱の向こうに、モエギが仰向けに寝ている。
「それで、さっき向こう岸から見たここの場所にみんなを引きずってきたんだ。そして、この光の中に触れると、みるみるうちに体力が回復したんだ」
「この光が……?」
 サーラが光の柱に手を入れると、清らかな空気が指を伝った。こうしているだけでも、疲労感が和らいでいくような気がした。よく見ると、柱は魔法陣から出ている。
「エルフの残したものかもしれないな……」
 紋様の施されたタイルと、この光の柱を生み出す魔法陣。少なくとも人間の技ではないように思えた。
「オレもこの近くで寝てたらすっきり目が覚めて、頭打った痛みもなくなっちまったのよ。とにかく、こりゃすげえわ」
 ジャックが一人感心したようにうなずく。サーラはふと、眠っている間に見た夢のことが気にかかった。
「サーラ、まだ調子悪いか?」
 アルトが心配そうに顔を覗き込む。サーラはいや、と首を振り、二人に夢のことを話した。
 目覚めた今なら分かる。あれはエルフの女王の娘アンと、ノアニールの老人の息子――かけおちした二人だ。
「それじゃあ、その二人がここに来たことは確かだろうな」
 アルトは腕を組み、気難しい顔を見せた。ジャックもいつになく真面目な表情でうなずく。
「なんか、やな予感がしない? サーラさん」
「……ああ。とりあえず、その場所を探そう」
 出発しようとしたが、まだモエギが眠ったままだ。するとジャックが何かをひらめいたようににんまりと微笑み、アルトに耳打ちした。
「え? 分かった、とりあえずやってみるよ」
 アルトは戸惑いつつ、モエギの横にしゃがみ込んだ。そして何やら必要以上に顔を近付け、モエギに声をかける。
「ん〜……? 何……」
 モエギが目を開けた瞬間、天井に頭をぶつけそうな勢いで飛び上がったのを見て、ジャックは腹を抱えて笑った。サーラは迷うことなくそれをどついてやった。



 ジャックとモエギというやかましい二人が復活し、サーラたちは改めて洞窟の探索を開始した。奥に行くにつれ明かりが灯されている所を見ると、ここはやはりエルフの洞窟なのかもしれない。
 しかし魔物の影は潜むことなく、吸血鬼や人食い蛾という連中とも何度か遭遇した。吸血鬼のヒャドは厄介だったが、こんな時にアルトのホイミが役立った。
 入り組んだ洞窟をさまよい、幾度か階段を降りていくと、やがてサーラが夢に見た、広大な地下水脈に辿り着いた。
「わあ……きれいな所」
 モエギが感嘆のため息をつく。だが、陰鬱とした霧も、憂いに満ちた湖も夢に見たままだ。サーラは数歩進んだ後、突如寒気に襲われた。
「サーラ、大丈夫か……?」
 身を抱きすくめると、アルトが寄り添うように声をかけてきた。これは自然の寒気ではない。
「……感じるのだ。湖の底から、哀しみに満ちた呼び声が……」
「サーラ、俺のマント貸すよ」
 言うなりアルトは自分のマントをはずし、サーラの肩口にそっとかけた。土ぼこりの匂いがしたが、嫌な気はしなかった。
「……すまない」
 先に湖の小島へ向かっていたモエギとジャックは何かを見つけたようで、サーラとアルトを手招きした。駆けつけると、モエギが小さな宝箱を差し出した。
「これ……」
 宝箱はくすんだ赤に金の装飾が施されており、持つと大きさの割に重みがあった。仲間たちが覗き込む中、サーラはおそるおそる宝箱を開けた。
 中に入っていたのは、六角柱の形をした、真紅の宝石だった。おそらく、これが夢見るルビーなのだろう。石の中に閉じ込められるようにして、エルフの彫刻が存在していた。
「サーラ、下の方に紙が……」
 アルトが指した紙を取り出すと、サーラは読み上げた。
『お母様。
 先立つ不幸をお許しください。
 わたしたちはエルフと人間。この世で許されぬ愛なら……
 せめて天国で一緒になります……。
 アン』
「……やっぱりな」ジャックが低くつぶやいた。
 サーラは丁寧に手紙を折りたたむと、宝箱の中にしまった。
「それじゃあ、二人はもうずっと昔に……」
 モエギが肩を落とす。ジャックはそれをなぐさめるように言った。
「死んで一緒になりたいと思っちまう程、二人は愛し合ってたんじゃねえの? じゃなきゃ、別れちまえば済む話だ」
「でも、他に方法はなかったの?」
 モエギは涙目になっていた。サーラが湖を見渡すと、水面がざわめいてるように感じた。
「さあな。これが一番、二人にとっちゃ幸せだったんだよ」
「俺はそうとは思えない」
 アルトの声が凛と響いた。褐色の瞳を、サーラは吸い寄せられるように見つめた。
「……綺麗事かもしれない。けど、生きているのに勝る幸せは、ないはずだ! 死んだら、何にもならないじゃないか……」
 アルトは悔しそうに歯噛みした。湖はアルトの言葉に共鳴するように、揺らいでいる。サーラには、彼女たちの無念が聞こえたような気がした。
 アルトの言うことはもっともだ。だが――
「アルト、お前の気持ちは分かる」
 サーラはマントをはずし、アルトに纏わせた。もう寒気はしなかった。
「だが、生きていても報われない愛というのもある。二人の愛は認められなかったが、真の愛だ。
 せめて、私たちだけでも、アンたちのことを認めてやろう」
「サーラ……」
 アルトはしばらく押し黙っていたが、マントを身につけると、湖に向かって瞳を閉じ、祈りを捧げた。サーラたちもそれに習い、湖を眺める。
「……大丈夫だ。もうお前たちを隔てるものは、何もない」
 サーラがそっとつぶやくと、水面が一瞬、きらめいた。