永遠の眠り 2



 その日は村長の家で寝床を用意してもらい、サーラたちは翌朝早く村を発った。話によると、エルフの里は森の奥深くにあり、そこには村長の友人である老人もエルフを訪ねているのだという。
「エルフ、ねえ……おとぎ話の中でしか知らなかったけど、まさかこんな所に住んでるなんてね」
 生い茂る草木をかき分けながら、モエギはあたりを見回し進む。そろそろ日も高くなってきたが、エルフの里には一向に辿り着けない。
「オレも詳しくは知らねえけど、エルフってのは大層美人なんだとさ。会ったら是非お前と並べてみたいね」
「もういっぺん言ってみなさいよ、今すぐ八つ裂きにしてあげるから」
 ジャックはけらけら笑い声を上げる。その向こうから何かの気配がし、サーラは先頭の足を止めた。
「静かにしろ! ……来る!」
 ジャックがぴたりと笑うのを止め、代わりに茂みの中を疾走する音が近付いてきた。神経を研ぎ澄まし、方向を定める。
「そこだ!」
 サーラが茂みの固まりを指すと同時に、その中から数匹の小汚い犬が現れた。村に来る前にも遭遇した、バイリドドッグというゾンビ犬だ。
 犬たちは腐臭を漂わせながら、うなり声を上げている。アルトは鋼の剣を鞘から引き抜くと、慎重に出足をうかがった。
 やがて一匹が飛び出し、それに続き残りの二匹も襲いかかる。最初に飛び出した奴はサーラをめがけて牙を剥いた。
 サーラは横に飛び退き、勢い余って木にぶつかったバイリドドッグをすかさず裂いた。その向こうではアルトが鮮やかな身のこなしで突撃をかわし、一太刀で絶命させる。
 残りの一匹はジャックがチェーンクロスで痛めつけ、弱ったところをモエギが蹴り飛ばし、鉄の爪を放って心臓を貫いた。
「うう、こいつら体臭きついから嫌なのよ……」
 モエギが嘆きながら、犬の血液にまみれた爪をしごく。アルトも剣についたものを振り払い、つぶやいた。
「村長さんの友人って人も、こんな森の中をよく歩けたな……よっぽど何かあるんだろう」
 サーラも剣を収めると、森の奥に目をやった。
「だが、里が見つからない事には……ん?」
 まだ犬たちの死臭が漂う中、サーラの鼻孔にほんのわずかだが、花の香りが漂ってきた。
「アルト……近くに花は咲いているか?」
 アルトは地面を見渡し、首を左右に振った。それにしては主張の強い、どこかつんとする香りだ。バイリドドッグの腐臭がなければ気付かなかった程度のものだが。
「サーラ、どうしたの?」
 モエギとジャックが寄ってくると、サーラは不思議な香りのことを説明し、とりあえずその香りのする方向へと進むことにした。
 足を進めるごとに森は深くなり、木々の隙間からこぼれる光もわずかになる。それに反して、花の香りは全員がはっきりと嗅ぎ取れる程に強くなっていった。
 日の届かない場所に花が咲くはずがない。サーラは確信を覚えた。
 やがて、サーラたちの頭上と前方が急に開け、天からこぼれんばかりの陽射しが降り注いだ。
 森、と言うよりは、森に囲まれた集落なのか、地面を這う草は青々しく柔らかで、踏みしめると草のじゅうたんのようだ。所々にある小さな茂みには、先程から漂っていた香りの花が咲いている。百合のような白い花だが、本物のそれとは少々異なる香りだ。
「もしかして……ここがエルフの里なんじゃないか?」
 アルトがつぶやくと、モエギとジャックも同意するようにうなずいた。
「だよね。明らかに、腐った犬や薄汚いカラスがいなさそうだもん」
「それよりむしろ、色白の可愛い女の子がいそうな……」
 ジャックがきょろきょろと視線を動かすと、奥の方から人影が音もなく姿を現した。サーラたちはその出で立ちに、思わず息を飲んだ。
 うっすらと発光しているかのような、絹のように白い肌。朝露の輝きを受けてきらめく若葉のような、艶やかな髪。汚れ一つない白の衣を纏った、この世のものとは異なる美貌を持つ、うら若き少女だった。
 少女は明らかにこちらに気付いているようで、ルビーのような赤い瞳には警戒が宿っていた。
「ちょっと、どうするの?」
 モエギがサーラを小突く。困惑していると、ジャックが一歩進み出た。途端に少女はびくりと身体を震わせ、立ちすくんだ。
「……や、やあ、ご機嫌いかが? その、オレたち怪しい者じゃないよ?」
 ジャックが進み出ると、少女は距離を保ったまま一歩退く。その拍子に髪が揺れ、尖った耳が現れた。
「耳が……じゃあ、やっぱりエルフ?」
 モエギが目を見張る。ジャックはサーラたちに向き直り、地団駄を踏んだ。
「おい! オレじゃ駄目だ! ここはアルト、一番紳士なお前が行け!」
 ジャックにずいと押し出され、アルトはぎくしゃくとエルフの少女に近付いた。少女は身をすくめたまま、じっとアルトを見つめている。
「あ、あの、こんにちは……」
 アルトが声をかけると、少女はすうっと息を吸い、甲高い声で叫んだ。
「キャーッ、人間よーっ!」
 モエギが叫ぶよりも数倍耳に痛い声だ。とっさに全員が耳を塞ぐと、奥から数人のエルフが小走りでやって来た。
「人間? キャー、四人もいるわ!」
「何、あの変な服?」
「それに臭いわ! 腐敗臭がする!」
 上はサーラと同じくらい、下はモエギ(の外見)よりやや幼いエルフたちが次々とサーラたちを批判する。皆同じような顔をしていた。
「……問題です。変な服っていうのは誰のことでしょう」
 ジャックが唖然としながら選択肢を挙げる。サーラはこの勢いに飲まれてはいけないと思い、声を張り上げた。
「一つ尋ねたいことがある! ノアニールの村に呪いをかけたのは誰だ?」
 すると、エルフたちの騒ぎが止み、代わりに興味津々といった視線が投げかけられた。
「見て……あたしたちと同じ瞳の色だわ」
「それに見てよ、あの下品な色の鎧」
 エルフたちは顔を見合わせ、くすくすと笑い合っている。サーラは出来るだけ怒りを抑え、もう一度叫んだ。
「答えろ! ノアニールの村に呪いを――」
「みんな、よく見て!」
 突然声を上げたのは、最初に姿を現したエルフの少女だった。少女はおそるおそるサーラに近付き、数歩先で止まった。
 少女は大きな瞳でサーラを見つめ、しばし黙り込むと、他の仲間を振り返った。
「この人、アンにそっくりだわ!」
「アン? 誰だ、それ?」
 アルトが首を傾げる。少女の声を合図に、エルフたちは次々とサーラの元へ押し寄せた。ただし、少女のいる位置からは一歩もはみ出そうとしなかったが。
「本当だわ……目鼻立ちが似ているわ」
「でも、たかが人間の分際で……」
「けど、もしかしたらアンだったりして……」
 エルフたちは口々に意見を交わす。サーラがうんざりしていると、モエギが食ってかかった。
「ちょっと! あんたたち、自分らだけでピーチクパーチク話してないで、こっちの話も聞いたらどうなの!」
 エルフたちは一瞬黙った後、鈴を一気に数十個鳴らしたような声で笑い合った。
「うるせー……モエギが何百匹もいるみてえだ。な、アルト」
「匹って何よ!」
 ジャックの言葉にアルトがうなずいたので、モエギは急に覇気をなくしてしまった。
 ひとしきり笑い終えると、一際生意気そうなエルフが口を挟んだ。
「だってアタシたち、人間と喋ったらママに叱られちゃうもん。ねー」
 エルフたちは口を揃えて「ねー」とうなずき合った。
 どうやら、エルフというのは相当タチの悪い種族のようだ。サーラもそろそろ我慢の限界だった。
「お静まりなさい!」
 唐突に、森の奥から他のエルフたちより一つ落ち着いた声が響いた。カシャン、と金属の鳴る音が断続的に近付き、それはエルフたちのすぐ後ろで止まった。エルフたちは左右に後ずさり、急におとなしくなる。
「……森の静寂が乱れます」
 そこに立ったのは、真紅のドレスを纏い、人間で言うと丁度二十代後半あたりの容姿をした長身のエルフだった。その美しさはもはや、まぶしい程でもあった。
 長身のエルフは金色のステッキを地面に突き立て、サーラに歩み寄った。並ぶと丁度サーラと同じくらいの背だったが、どことなく威圧感がある。
 彼女は真っ白な手を伸ばしサーラのあごを軽く掴むと、品定めをするようにサーラを観察した。痛い沈黙が走る。
「……アンではありません。汚らわしい」
 あごを離すと、エルフは手を払いその手でステッキを持ち直した。額にはステッキと同じ光沢を放つティアラが乗せられていた。
「……あんたがママって訳か」
 サーラが毒づくと、長身のエルフは冷たく見返してきた。
「私はエルフの女王です。貴女がた人間が、このエルフの里に一体何の用です?」
 すると、アルトがサーラの前に立ちはだかり、女王を見据えた。
「……ノアニールの村の呪いを解いて下さい」
 エルフの娘たちは互いに視線を合わせ、小首を傾げた。知らないとでもいうのだろうか。アルトはさらに詰め寄った。
「何年経ってると思ってるんだ! もういいでしょう、お願いします!」
 アルトが髪を振り乱し、頭を下げる。
「おい、こんな奴らに頭を下げなくていい!」
 サーラが堅物だとしたら、エルフはそれ以上、そしてアルトは馬鹿がつく程お人好しだ。マントを引っ張ると、アルトは渋々姿勢を正した。
 だが、女王はアルトの言葉に、ほんのわずかだが目の色を変えた。
「ノアニールの村の……。そう、そんなこともありましたわね」
「そんなことって……! ちょっと、ひどくない!?」
 モエギが訴えかけると、女王は厳しい口調で告げた。
「ですが、全ては貴女がた人間が悪いのです。ひどいのはそちらの方でしょう」
 女王は踵を返し、「ついておいでなさい」と一声告げた。
 エルフの里は人工的なものがほとんど見当たらず、例外があるとすれば、通された奥に見える赤い敷物と、黄金の玉座だった。エルフの娘たちは思い思いの場所へ散らばっていったが、茂みの向こうからは常に視線と囁き声があった。
 だが、里には一人、明らかにエルフとは異なる人物の姿があった。
「おお……! そこの旅のお方、どこからおいでなさった?」
 女王に連れられ里の中を歩いていると、杖を持った禿頭の老人が声をかけてきた。
「あれ、もしかしてジイさん、村長のダチっつう……」
 サーラたちが足を止めると、女王は振り向き老人に冷たい視線を向けた。
「……その男と話がしたいのなら、しばしの間だけ待ちます。後で私の元へおいでなさい」
 女王が去ると、アルトは老人に向き直り、静かに尋ねた。
「貴方は、ノアニールの村の人ですね?」
 老人は曇った目を見開き、すがるように訴えた。
「ノアニールの村の皆が眠らされたのは、わしの息子のせいなんじゃ! あいつが、エルフのお姫様とかけおちなんぞしおったばっかりに……」
「何だと? それは真か?」
 サーラの質問には答えず、老人は一方的に言葉をぶつけた。
「だから息子に代わって、こうして謝りに来ておるのに……話さえ聞いてもらえん。わしは、どうすればええんじゃ!」
 しまいには嗚咽を漏らし始める老人に、サーラはかける言葉が見つからなかった。
「どうやら、このじいさんはボケちまったみたいだな。まあ、それが普通だと……」
「わしゃあ、ボケとらんわ!」
 突然老人がかんしゃくを起こしたので、ジャックは思わずのけぞった。この老人は老人で、面倒かもしれない。
「お爺さん、俺たちが話を聞きます。だから落ち着いて、ここにでも座って」
 アルトが老人の手を取り、適当な丸太に座らせる。この少年の優しさは老若男女を問わないのかもしれない。
「多分、エルフたちに相手にされなくて、嫌になっちゃってるんだね……。でもそうまでしてここに来てるなんて、見上げた根性だわ」
 モエギが老人に聞こえないよう、小声でつぶやいた。確かに、この十数年の間ずっとこの里に居座っているとは思えないが。
 老人はしょんぼりと肩を丸め、しわの寄った口を開いた。
「わしの息子のしたことは分かっておる。じゃが、わしらに与えられた罰は、あまりにもむごすぎる。だからこうして、月に一度謝りに来ておるのじゃ」
 よく見ると、服の裾から傷を負った肌が見える。やはりあの魔物のいる中を歩いて来ているのだろうか。
「お爺さん、息子さんがエルフとかけおちしたというのは本当ですか?」
 老人はしきりにうなずいた。村長からは聞いていなかったが――サーラは老人の発言に耳を澄ました。
「息子の書き置きにあったのじゃ。エルフの娘と恋に落ちたと……そしてその書き置きを残したまま、息子は……」
 再び老人がおいおいと泣き出したので、アルトはそれを懸命になだめた。アルトも祖父を持つため、こうして接してやっているのかもしれない。
「全く、頭が下がるぜ……オレだったらこんなジイさん、相手にしてられねえよ」
 ジャックはそばにあった石を蹴り飛ばした。すると、丁度石の飛んだ方から軽く悲鳴が上がり、木の陰から最初に出会ったエルフの少女が顔を覗かせた。
「ったく、オレたちは見世物じゃねえっつうの」
 ふと目が合うと、少女は眉を下げ、奥へと引っ込んだ。サーラがアンというエルフに似ている、と言っていたのを思い出した。
 老人がおとなしくなったところで、アルトはサーラたちを促し、女王の元へと足を運んだ。
 女王は冷ややかな眼差しをたたえ、鎮座している。アルトは歩み寄ると、はっきりした声で問いかけた。
「俺たちは、エルフの宝を人間が盗んだから貴女が怒ったのだと思っていました。でも、あの老人の話では、エルフの王女様がかけおちしたと……どういうことなんですか」
 女王はしばしの沈黙の後、重いため息をついた。
「……その昔、私の娘――アンは、一人の人間の男を愛してしまったのです。そしてエルフの宝である夢見るルビーを持って、男の所へ行ったまま帰りません」
 老人はエルフの姫、と言っていたが、となるとアンは数いる娘の中でも一際特別な存在だったのだろうか。女王はさらに続けた。
「所詮、エルフと人間――アンはだまされたのに決まっています。おそらく、夢見るルビーもその男に奪われ、この里へも帰れずにつらい思いをしたのでしょう……」
 その時一瞬だけ、冷酷な女王の瞳が揺らいだような気がしたが、女王はすぐに鋭くサーラたちを睨んだ。
「……これで話は終わりです。本当は人間など、見たくもありません。そこの汚らわしい老人を連れて帰りなさい」
「ちょっと、いい加減に――!」
 感情を高ぶらせるモエギを制止し、サーラは女王を見据えた。
「……もし、夢見るルビーを貴女へ返す事が出来た時は、ノアニールの呪いを解いて下さるのか」
 女王は一つ瞬いた後、「善処しましょう」とだけ告げた。そこには微かな憂いが重なっているように思えた。
 玉座を立ち去ると、老人はまだ丸太の上に座っていた。果たして、本当にその息子はエルフをだますつもりで――宝目当てでかけおちをしたのだろうか。
「ほら、じいさんノアニールに帰るぜ。こんなとこいたってボケちまうだけだっつうの」
 ジャックが手を貸そうとすると、「一人で歩けるわい」と老人はさっさと里の入口へ向かっていった。
「なあ、夢見るルビーはどこへ行ったんだろう……どこか、目星のつきそうな場所はないのかな」
 アルトが気難しい顔をして腕を組んでいると、前方の茂みから、先程のエルフの少女がおずおずと姿を現した。
「何か……用か?」
 視線を向けられたのでサーラが尋ねると、少女はサーラに歩み寄り、懇願するような目つきで声を上げた。
「わたし、知ってるの……! アンと、人間の男の人が、西の洞窟の中に入っていくのを見たことがあるの……!」
「西の洞窟? 本当か?」
 尋ねてきたアルトにはやや怯えつつも、エルフの少女はうなずいた。
「固く手をつないで……悲しそうにしていたわ。それにわたし、知ってるの……」
 少女は何か言いたげだったが、口ごもってしまった。モエギより小柄なこの少女がどこかいたいけに思えて、サーラは無意識の内にその頭を撫でていた。
「……安心しろ。お前が気に病む事ではない」
 でも、とルビーの瞳を濡らす少女に微笑んで、サーラはアルトたちと共に里を去った。