永遠の眠り 1



 愛と呼んで、それとは異なる愛がある。
 中身のない愛は心を傷つけるが、形を成すことすら許されない愛、というのも存在する。
 そこにある愛は、真だというのに。



 カンダタ盗賊団の件を終え、ロマリアを後にしたサーラたちは、カザーブのさらに北にあるノアニールという村を目指した。
 晴れて正式に仲間となったジャックだが、最初について来た時から既に溶け込んでいたのかもしれない。赤い甲羅をぎらつかせるカニの軍隊をアルトとの連携で蹴散らす姿は、あまりにも当たり前の光景に思えた。
 だが盗賊という過去を持つためなのか、ジャックについてはまだ謎が多く、信じようにも信じきれないというのが、サーラの本音だった。
 カザーブに続く山脈を手前に、サーラたちは名もない小さな農村で寝床を借りることになった。村に住む老夫婦の家をあたったところ、どうやらサーラたちがカンダタを追い払ったことを知っていたらしく、快く迎え入れてくれた。この村はカンダタ一味の略奪行為による被害を度々被っていたらしい。
 夫婦お手製のポトフをいただいた後、サーラたちはしばし居間で談笑していた。
「それにしても、ここら辺の魔物にはもう大して苦戦しなくなったよね」
 食後に出されたホットミルクを飲みながら、モエギが喜々として語った。
「でも、キラービーにはたまに面倒なことにさせられるよな」
 アルトは苦笑し、隣のサーラに目をやった。サーラはひとつため息をついて、声音を落とした。
「……麻痺は厄介だ」
「そうそう、オレがちょろまかしといた満月草がなけりゃヤバかったよね〜サーラさん?」
「……恩着せがましいぞジャック」
 サーラの向かいでジャックは頬杖をつき、相変わらずしまりのない笑顔を投げかけた。
「そういうお前こそ、盗賊稼業をしていたのなら魔物にも苦労させられたのではないか? 噂ではアッサラームの方が魔物が凶暴らしいが」
 盗賊、という単語に老夫婦が反応したので、モエギがわざと大げさにごまかした。また失言してしまった、とサーラは軽くこめかみを押さえた。
 ジャックは何かを思い出すように視線を下げた後、口を開いた。
「……まあね。アッサラームの方は街も外も、危険な所だわな。団にいた奴も何人かは、魔物の手にかかって死んでる」
「あんたよく生き延びれたね」
 モエギがそっけなく言うと、ジャックは特に怒った素振りも見せず、頬杖をやめた。
「……オルテガさんとの、約束だからな」
 アルトはジャックを見やり、口元をほころばせた。ジャックも微笑み返す。
 そういえば、ジャックとオルテガの話はアルトしか聞いていない。サーラもモエギも、二人の交わした微笑みの意味を知らないのだ。
「ちょっと、ずるいよ! あたしたちその話知らないんだけど!」
「まあまあ、怒るなよモエギ。ジャック、サーラとモエギにはまだ話してなかったのか」
 アルトが尋ねると、ジャックは軽く笑い声を上げた。
「あー、そういやそうだな。じゃあ、サーラさんと、ついでにお前にも話してやるわ」
「ついでって何よ、ついでって!」
 噛みつきそうな勢いで迫るモエギを受け流し、ジャックはしばし瞳を閉じた。
「……今からもう、十年以上前かね。オレはアッサラームの街のはずれに住んでいて、その日はたまたま妹と外で遊んでたのね」
 二人が遊んでいると突然魔物が外から襲いかかり、ジャックらは無謀にもそれに立ち向かったのだという。
「妹は魔法使いの卵で、いっちょまえにメラを唱えたんだけど、相手がキャットフライっつう、呪文を封じる奴でさ。もう逃げるのも難しくなっちまって、どうしようって思ったのよ」
 そこをたまたま通りかかり、救ってくれたのがオルテガだった。
「そりゃすごかったよ。斧でバッサリだからね。けどな、オルテガさんはオレらを心配するどころか、叱り飛ばしてきた。特にオレをな」
 オルテガはアッサラームがあまり治安の良くない街だというのを把握していたらしく、厳しい口調で告げたのだという。
「自分の身を守れるくらい強くなれ。そうでないと、この街で生きることも、大切な人を守ることも出来ない、ってさ。……あの時は痺れたぜ」
「……オルテガ様なら言いそうだな」
 微笑むと、ジャックは得意げに胸を反らした。
「でしょ? それがあのオルテガだって知ったのは、親父に話を聞いてからだったけどな」
「じゃあ、アルト君はその話を聞いてどうだった?」
 モエギに話を振られ、アルトは一考した後、こう答えた。
「……父さんは、やっぱりすごいなって」
「そうだよね〜。あーあ、あたしもオルテガ様に会ってみたかったな」
 モエギはつぶらな瞳をきらめかせた。隣で微笑んだアルトは、わずかに寂しげだった。
 だが、ジャックの話には疑問が残った。
 盗賊になることは、果たしてオルテガとの約束を守ることであったのだろうか、と。



 カザーブの遥か北、山脈を抜けた平地の彼方に、その村はあった。だが、サーラたちを出迎えたのはあまりにも静かで、異様な光景だった。
「何だ……この様子は?」
 村に一歩入るなり、アルトは訝しげに首を傾げた。
 村人たちは確かにいる。だが、その誰もが立ったまま、目を閉じ寝息を立てているのだ。
「もしもーし? お疲れなとこ悪いんだけど、ここノアニールだよね?」
 モエギが手近な男性に話しかけるが、反応は皆無でモエギは肩をすくめた。
「サーラ、どういうことだ?」
「さあな……私が知る訳ないだろう」
 アルトは周囲を見回し、村の中を探索し始めた。中年の女性からいかつい男、果てには店の主人までもが皆、うつらうつらと舟をこいでいる。死んではいないのだろうが、生命の時間は確実に、針を止めたままのようだ。
「そういえば、ジャックは?」
 モエギが銀髪の姿を探す。すると、村のはずれの方からジャックが駆け足で戻ってきた。
「ジャック、どこ行ってたんだ?」
 アルトが問うと、ジャックは背後の一回り大きな民家を親指で差した。
「村入ってからすぐ、あの家だけ煙が上がってるのに気付いたんだよ。間違いねえ、あそこにはまともな人間が住んでる」
「なんだ、盗みにでも入ったのかと思った」
 ちげーよ、とジャックはモエギの頭を小突いた。二人の口争いも、この静かすぎる村ではかえって有り難くも感じられた。
 村の脇の小道には、その民家へ足を向けたまま眠っている少年もいた。サーラはふと、村がこの状態に陥ってからどのくらい経つのだろうと考えた。
 二階建ての民家に辿り着くと、アルトは音が響くように扉をノックし、大声で住人を呼んだ。
「しかし、こんな所住んでて平気なのかね。オレだったら気ぃ狂いそうだけど」
「失礼だぞ。きっと何らかの事情があるのだろう」
 釘をさすと、サーラさんはホント真面目なんだから、とジャックに苦笑された。モエギまでもが「サーラは冗談が通じない時があるの」と人差し指を立てる。結局はまた堅物呼ばわりだ。
 すると、中から物音が聞こえ、扉越しに男の声がした。
「……どちら様ですかな」
 声からして、初老の男性のようだ。アルトは丁寧に自己紹介をした。
「俺たちはロマリアの方でこの村の話を伺い、やって来た旅人です。良ければ、この村について話を聞かせてくれませんか」
 男性はしばらく返事をしなかったが、やがて扉をそっと開き、顔を覗かせた。
「……ふむ。物好きな方々じゃな。では、どうぞ入って下され」
 アルトは礼をした後、家に招き入れてもらった。それに続きサーラたちも中に入る。
「私はこの村の長をしておる、ガストと申します。長旅で疲れておろう。粗食ですが、そちらを召し上がりながら話を聞いて下さらぬか」
 村長ガストは棚からチーズとパンを取り出し、ほこりをはらった皿に盛りつけた。サーラたちは食卓に座らせてもらい、おとなしくごちそうになることにした。
「名も知らぬ旅人に心温かいもてなし、感謝します」
 食事を受け取りサーラが頭を下げると、村長はふと、サーラの顔をまじまじと見つめた。
「……何か?」
 村長はいや、と首を振り、テーブルの先端に腰を降ろした。
「村長さん、早速ですが、この村は一体何があったんですか?」
 アルトが質問すると、村長は沈痛な面持ちで語り始めた。
「……もう、ずっと昔のことじゃが……この村に住んでおった青年が、禁忌を犯したのじゃ」
「禁忌?」
 村長はうなずき、眉間にしわを寄せた。
「この村の西の森には、古くからエルフが住んでおるのじゃ。私共はなるべくエルフと関わらないように生きておったのじゃが、その青年は何のいきさつからかエルフと接触し、エルフの宝である夢見るルビーを奪い、行方をくらましたのじゃ」
「夢見るルビー……売ったらいくらになるかね」
 ジャックがパンを噛みちぎりながらつぶやくと、すかさずモエギがその耳をつねった。苦悶の表情を浮かべるジャックをよそに、サーラは尋ねた。
「では、村をこのようにしたのはエルフということか……。村長殿は何故、ご無事でおられたのですか」
「私は幸か不幸か、友人と食料の買い付けに村を出ておったので……。村に帰ると、今のように皆が人形のように眠っておったのじゃ」
「連帯責任ってこと? ねえ、それいつのこと?」
 モエギの問いかけに、村長は信じ難い返答をした。
「十年以上も……!」
 アルトが思わず席を立つ。十数年も、この静寂の中で孤独に生きてきたというのか。サーラはいたたまれない気持ちに襲われた。
「……ここは呪われた村なのじゃ。時が死に、残された者だけが気の遠くなるような時間を与えられたのじゃ」
「村長さんよ、そのエルフは夢見るルビーってやつを奪われたから村をこんな風にしたんだろ? ならそれを探して返せばいいじゃねえか。こんな所に何年も住んでいてよくボケねえな」
「ジャック、口が過ぎるぞ」
 サーラが一睨みきかせると、さすがのジャックも口を閉じた。それを探すのが困難だから、こうして独り暮らしているのだ。
「……あのさ、そのエルフに会えないかな」
 アルトの発言に、全員が注目した。アルトはテーブルに手をついたまま、サーラたちに告げた。
「いくら何でもひどいんじゃないのか? 宝を奪われただけで、こんな何年も時を止めて……俺たちで頼もう、村を元に戻してくれって」
「アルト君、よく言った! ジャックとは大違い!」
「うっせーな! オレだって今まさにそう考えたんですー!」
 三人が盛り上がる中、サーラは村長に語りかけた。
「村長殿、今のままではさぞつらいだろう。ここを訪ねたのも何かの縁です、私たちで良ければ出来る限りの事はしましょう」
「しかし、迷惑はかけられぬ……」
 村長は申し訳なさそうに首を振るが、サーラは優しくその肩に手を置いた。
「いや、困っている人間を放っておくのは気分が悪い。私たちはそういう集まりなのです」
 仲間を見やると、皆力強く微笑んだ。村長は静かにまぶたを閉じると、立ち上がり深々と頭を下げた。
「どなたかは存じませぬが、どうか……頼みます……!」
 村長の切なる願いは、サーラたちの心に深く刻み込まれた。