ふたりの盗賊 9



 騒動が収まると、ロマリア王直々の計らいにより露店は修復に入り、あと数日は祭が催されることになった。アルトを始め、サーラたちも作業に力を貸し、通りは夕方頃ようやく元通りになった。
 その時聞いた話によると、アルトとカンダタの対決を広めたのはロマリア王だったらしい。ジャックよりお調子者な人もいたもんね、とモエギに小突かれふてくするジャックに、サーラはこっそり忍び笑いを浮かべた。
 それからは再び城に招かれ、今度は全員客人としてもてなされた。昨夜に引き続き豪勢な夕食をごちそうになり、この日はサーラも素直に城の歓迎を受け入れた。
 肝心な旅の援助については翌日と言い渡され、サーラたちは一旦城の客室で束の間の休息を取ることになった。
「ふかふかのベッドに、お姫様みたいな寝巻き! ずっと憧れだったんだよね」
 モエギは天蓋付きのベッドに飛び込み、柔らかそうな枕を抱きしめる。フリルのあしらわれた寝巻きは、サーラとお揃いの淡いベージュだ。
「昔よく言っていたな。生まれ変わったらお姫様になりたいって」
 無邪気なモエギの様子を隣のベッドに腰かけ眺めていると、モエギは寝返りを打ってサーラの方を向いた。
「まあね。でも、こういう思いがたまに出来るんなら、今のままでも悪くないかなっ」
「お前も相当調子がいいと思うがな」
 モエギは一瞬むくれたが、すぐに二人で笑い合った。
「でも、サマになってるのはサーラだよね。全く、サーラこそどっかのお姫様とかでもおかしくないのにね」
「なっ、私はただの一般民だぞ!」
 どうかな、とモエギはベッドの上に正座し、真面目な表情で語った。
「そんな気がするんだけどな。ね、これから先行く国に行方不明のお姫様とかいたとしたら、それってサーラのことだよ」
「まさか。お前の思い込みで人を勝手に行方不明にするな」
 明るい笑い声が上がった。だがモエギの勘は時々異様に当たるので、あながち否定は出来ない。
 サーラには肉親がいない。父と母が誰で、どこの人間で、生きているのか死んでいるのかすら分からない。
 なるべく考えないようにしているが、時々無性に知りたくなるのだ。
 自分の身に流れる血の、正体を。
 物思いにふけっていると、モエギがベッドを離れ隣に座り、顔を覗き込んだ。それに気付き薄く微笑むと、モエギは仰向けに倒れた。
「……サーラ、あたしたち、アルト君の手助けをしているようで、実はアルト君に導かれているような気がしない?」
 サーラも背中をベッドに預け、天井を仰いだ。
「そりゃ、カンダタ一味にさらわれた時は生きた心地しなかったけど……それ以上にいいことだって、いっぱいあるもの。アリアハンでくすぶってたら、きっともっとつまらなかったよね」
 モエギの方に顔を向けると、モエギはゆっくり胸を上下させた。
「それに、アルト君にも会えたし……」
「……モエギ、お前もしかして、アルトのこと」
 最後まで問おうとしたが、モエギはとろんとした瞳で頭上を見つめている。無理矢理聞くことでもない、そう思い直しサーラも視線を真上に戻した。
「……あいつ、どうするんだろうね」
「……さあな」
 昼間のジャックの言葉が浮かぶ。モエギはゆっくり言葉を吐いた。
「……きっと分かるよね。この旅は、魔王討伐の旅だけじゃないって」
 サーラも瞬き、つぶやいた。
「……そうだな」



 翌朝、サーラたちは謁見の間で王と対面した。イザベル王女と大臣も同席している。
 サーラたちは片膝をつき、頭を垂れるが、ロマリア王は苦笑して口を開いた。
「よいよい、楽にせよ。わしはおぬしたちの顔をよく見ておきたいのだ」
 言葉に甘えて立ち上がると、王は大臣に何かを言い渡し出向かせると、サーラたちに視線を向けた。
「わしの勝手でおぬしらにも迷惑をかけたようで、すまなかったの。だが、何事も経験。アルトよ、これで人の役割というものが分かったであろう」
 アルトが曖昧な返事をすると、ロマリア王は微笑んだまま告げた。
「王は神に代わり国を統べる者。だが、直接この手で民を守ることは出来ぬ。従って、おぬしたちのような勇気ある者が、その手で民たちの平和を守るのだ」
「……はい!」
 サーラの目の前に立つアルトは背筋を伸ばし、よく通る声で答えた。そこへ大臣が人の頭大の革袋を抱えて戻り、アルトへ差し出した。
「約束であったな。少しばかりではあるが、冠を取り戻してくれた分も割増しておるから、今後の旅に役立てるがよい」
 アルトがおそるおそる革袋を受け取り、中身を覗く。サーラたち後ろの三人も覗き込むと、中には大量のゴールドが収められていた。
「こんなに……! ありがとうございます!」
 ロマリア王はアルトの礼をにこやかに受け止め、続けた。
「それと、友好国であるポルトガと、イシスにもおぬしらのことについて伝書を送っておこう。イザベルよ、あれを」
 イザベルはうなずくと、己の胸元に留めてあった、紫の石がはめ込まれたブローチを取りはずした。アルトに歩み寄り、それをたどたどしい手つきで胸元につける。
「この石は命の石。私からの贈り物でございます、きっと貴方を守って下さいますわ」
 王女はアルトをしばし見つめた後、深くお辞儀をして玉座に戻った。その様子をモエギが怪訝な表情で見守っていたのを、サーラはしっかり捉えていた。
「そのブローチにはロマリア王家の刻印も入っておる。旅先で困った時はそれを見せるとよいであろう」
「こんなに良くしていただいて……本当に、ありがとうございます」
 改めてアルトが頭を下げると、ロマリア王は快活な笑い声を響かせた。
「なに、気負うことはない。おぬしたちだけではどうにもならぬこともある。わしらはそれを手助けしたいのだ」
 おぬしたちが冠を取り戻してくれたように、と王は片目をつぶってみせた。
「これから、様々な出来事がおぬしたちを待つであろう。おぬしらの更なる活躍を期待しておるぞ。
 では、ゆくがよい!」
 サーラたちは再びひざまずき、アルトが最後に告げた。
「約束します。魔王を討つため、俺たちはもっと強くなってみせます!」
 高らかなアルトの宣言に、ロマリア王は満足げにうなずき、イザベル王女は羨望と憂いの入り混じった瞳でアルトを見つめた。
「俺たち、ねえ……」
 サーラの隣で、ジャックが微かにつぶやいた。



 王に頼んで朝早く出発出来るよう支度を整えたので、城下町はまだそれ程人気もなく、朝の散歩をする老人や露店の準備をする商人がまばらにいる程度だ。
 一躍有名になったアルトは、静寂の中をゆったりとした足取りで歩く。サーラはそれに続きながら尋ねた。
「アルト、ところで次の行き先は決まったのか?」
 立ち止まり、アルトは振り返って答えた。
「ああ。昨日、ノアニールっていう村の話を聞いたか?」
 いや、と首を傾げると、隣でモエギが跳ねながら手を挙げた。
「あ、聞いた聞いた! ずっと音沙汰がないって話でしょ?」
 アルトはうなずき、サーラたちを見渡した。
「うん。ここからなら多分、アッサラームの方が近いんだろうけど、もしカンダタと会うと厄介だろ? だから、とりあえずその村に行きたいんだ」
「確かにな。とすると、方角は北の方か」
 アルトが地図を広げ、サーラとモエギはそれを一緒に眺める。ふと、遠巻きに様子をうかがっているジャックが気になり、サーラは歩み寄った。
「……お前は結局、行かないのか?」
 ジャックは例のごとく、つかみどころのない笑みでサーラを見た。
「オレはオレの行きたい道を行くわ。アルトにもそう言っといた」
「……そうか」
 声を落とすと、性懲りもなくジャックは笑顔を崩した。
「やっぱり寂しい? サーラさんが嫌! 行かないで! なんて言ってくれたらオレ絶対残るのにな〜」
「馬鹿を言え。そんな簡単に気持ちが揺らぐような奴は連れて行きたくない。そして気色悪い」
 冗談だって、とにやつくジャックからは、微塵の寂しさも感じられなかった。そうやって誰かとつるんではふらりと去っていく、そんな奴なのだろう。
 サーラは少しためらってから、そっと手を差し出した。
「……カンダタの件では、世話になったな」
 サーラの態度にジャックは目を丸くし、苦笑した。
「やだなーサーラさん、湿っぽくならないで? でも、折角だから握手してあげましょっか」
 ジャックはサーラの手を強く握り、ぶんぶんと上下させた。男に触れられるのは嫌だったはずなのに、手袋越しに伝わるジャックのぬくもりは、あの晩の焚き火を彷彿とさせた。
 いつの間にかアルトとモエギもそばに立っていて、神妙な顔つきをしている。ジャックは手を離し、二人に視線を移した。
「何だい何だい、そんな顔して、さ、門まで歩こうぜ!」
 長い四肢を振り、ジャックは通りを進む。サーラたちはゆっくりと、時間を噛みしめるようにその後をついて行った。
 やがて外門を出ると、ジャックはサーラたち三人に向き直った。アルトが一歩進み出、ジャックに告げる。
「ありがとな、ジャック。父さんの話してくれて、嬉しかったよ」
「おう、オレもお前らに会えて良かったわ。さあ、行った行った!」
 わざと追い払うようにしてジャックが送り出す。サーラたちは北の方角に向けて、ジャックに背を向け歩き出した。
「……いい奴だったな」
「まあ、悪い奴では、なかったな……」
 サーラとアルトが言葉を交わすが、モエギは唇を噛んで沈黙を保っている。
 ふいにモエギが足を止め、名残惜しそうに背後を振り向いた。その途端、甲高い叫び声が鼓膜を震わせた。
「どうした、モエギ?」
 サーラとアルトも振り返ると、外門から離れたというのに、ジャックが数歩遅れてついて来ている。モエギは荷物を叩き付け、銀髪に食ってかかった。
「ちょっと、なんでついて来るのよ!」
 ジャックは白い歯をむき出しにして、いたずらっぽく笑った。
「言ったろ? オレはオレの行きたい道を行くって。な?」
 ジャックはサーラとアルトに笑いかけ、早足で駆け寄ってきた。
「いや〜まいったね。お前ら見事にだまされてるんだもん。ま、つーワケでこれからもよろしく頼むわ」
「お前、どうして……」
 うろたえるサーラに、ジャックは目を細めた。
「……なんでかね。一緒にいたいのに、魔王討伐なんか関係ないでしょ?」
 こぼれんばかりの笑顔を振りまくジャック。つられて、サーラも苦笑した。
「……そうかもしれないな」
「そうそう。さあ、熱く優しく歓迎してちょうだい」
 ジャックがサーラに迫ろうとした瞬間、横からアルトが思い切りジャックに飛びついた。
「バカヤロー!」
 言葉とは裏腹に、底抜けに明るい声が草原に広がる。ジャックは意外な展開に目を白黒させた。
「あーっ! ちょっと、あんただけにはアルト君を奪われたくないんだけど!」
「誰が奪うかっ! オレぁただ、サーラさんと熱い抱擁を……」
「悪いが、そのような機会は今後も一切ないと思え」
「ひでーやサーラさん……」
 落胆するジャックから離れようとしないアルト、その周りで必死にわめくモエギ。
 なんてやかましい連中なのだろう。だが、それすら居心地良く感じられる。
 サーラは腰に手を当て、一人微笑んだ。
 この輪からはもう、離れられそうにない。