ふたりの盗賊 8



 ロマリアに帰還すると、城下町ではカンダタ一味のものらしき噂がいくつも囁かれていた。
 古びた荷馬車を転がすむさい男衆を見かけた、などという話の中で印象的だったのは、アッサラームから行商にやってきた商人の話だった。魔物に襲われそうになったのを助けられたが、代わりに商品をほとんど持ち去られたと嘆いていた。
 ジャックはいい奴なのか悪い奴なのかはっきりしろよ、と一人で突っ込みを入れていた。
 サーラたちは寄り道せず真っ先に城を訪問し、四人でロマリア王に謁見した。初めて訪れた時より顔ぶれは多く、ジャックはもちろんのこと王女や大臣も居合わせる中での謁見となった。
「アルトよ、そして連れの者たちもよくぞ戻った! して、どうであった?」
 アルトは荷物から布にくるんだ例の品を取り出し、立ち上がると大臣に手渡した。丸々とした小柄な大臣が布を開くと、たちまち黄金の冠はまばゆい輝きを現した。王と王女は冠を目にするなり、感嘆の声を漏らした。
「昨日の晩オレが磨いといたからね。きらめき百二十パーセント、禿坊主もびっくりよ」
「あんたのことだから持ち逃げしないか心配だったけどね」
「うるせーな、カザーブの宿で冠かぶって女王だとかほざいてたくせによ」
 場所を問わない二人のやりとりを諌めると、サーラは正面を向いた。ロマリア王は金の冠を手中に収めると、我が子のようにそれを愛で、息をついた。
「……うむ。まさしく、我が王家の宝。よくぞ取り戻してくれた! 心から礼を言おう」
 玉座から腰を上げ、ロマリア王は深く頭を垂れた。
「王様、とんでもありません! 俺たちは結局、カンダタを捕まえられず……」
「いいえ、再び金の冠が私たちの元に戻ったこと、そして貴方がたが無事戻られたことが、私たちにとって何よりの喜びですわ」
 春の花畑のような鮮やかなドレスを纏った王女が、優雅に微笑みかける。アルトは安堵し、再び膝をついた。
 ロマリア王は冠を抱えたまま、目尻にしわを寄せた。
「さて、約束であったな。おぬしたちの旅を援助するということだったが……」
 王は言葉を止め、冠を手の中で弄ぶ。すると、大臣と王女の顔が段々と強張り始めた。
「陛下、まさか……」
「お父様、いくら何でも気が早すぎでは……」
 口々に咎められても、王は意味深な笑みを浮かべている。サーラたちが顔を見合わせていると、ロマリア王はおもむろに玉座から離れ、アルトの前に立った。
「アルトよ、立つがよい」
 素直に立ち上がったアルトに、王は満面の笑みでこう告げた。
「おぬし、わしに代わってこの国を治めてみる気はないか?」
 ロマリア王の突拍子もない発言に、アルトとサーラたちは耳を疑い、大臣と王女は額を抱えて深々と嘆息した。
 アルトはしばし硬直した後、慌てて顔の前で両手をばたつかせた。
「そ、そんな滅相もありません! たかが冠を取り戻したくらいで、そんな……!」
「嫌と申すか。しかし、何事も経験であるぞ。考えてみるがよい、王になれる機会などそうそうないのだぞ?」
 ロマリア王は未成年に酒をすすめる中年男のごとくアルトを勧誘する。サーラが口を挟もうとすると、背後からジャックが声を飛ばした。
「そうだそうだ、アルト、やっちゃえよ。そんでオレたちにいいモン食わしてくれよ〜。なっ?」
「お前、口にも程があるぞ! いいか、私たちは――」
「よいよい。アルトよ、もしおぬしがはいと答えれば、今晩すぐにでも宴を開くことも可能なのだぞ? なに、遠慮することはない。たかが一日や一週間や一ヶ月玉座を空けたくらいで、この国は破綻せん」
「陛下、一ヶ月は許しませんぞ!」
 四方八方から飛び交う浮き足立った言葉に、サーラは顔面をけいれんさせた。
「モエギ、この能天気王を止めるぞ!」
 小声で呼びかけると、モエギはあっけらかんと言い切った。
「なんで? あたしは見たいな、アルト君が王様になるの。いいじゃない、王様の言うこともまんざらじゃないでしょ?」
 モエギはアルトに笑顔を向け、王の頼みを引き受けるよう促す。ジャックやロマリア王もさらにはっぱをかける。サーラは頭痛を覚えた。
「良識人は私ぐらいなのか……?」
 すると、しばらく言われるがままだったアルトがやっと口を開いた。
「分かりました、やってみます。な、サーラも、少しだけならいいだろ?」
 アルトが床についたままのサーラを見下ろす。もてはやされて頬がやや上気している。サーラは立ち上がると、そっぽを向いて言い捨てた。
「……勝手にしろ。私はお前の保護者ではない」
 ジャックとモエギはサーラの不機嫌も大して気にせず、万歳などして色めき立つ。ロマリア王も満足げにうなずき、金の冠をアルトの頭上にかぶせ、己の深紅のマントを着せた。
「よろしい! ではこれより、この国の王はアルト、おぬしだ!」
 アルトは照れ臭そうに冠を押さえ、祝福を受けている。大臣や王女も半ば諦めたように、力のない拍手を送る。サーラは腕を組み苛立たしげに床を睨んだ。
 王も王だが、アルトもアルトだ。魔王を討つという目的はどこへ行ったのだろう。それが亡きオルテガの、父の遺志ではなかったのだろうか?
 忘れた訳ではないのかもしれないが――サーラはちやほやされて有頂天になっているアルトを離れて見つめた。
 何より腹が立つのは、ここにアルトの意思が感じられないことだった。



 その晩は早速宴が開かれることになった。とはいえ、アルトが指示したのではなく、王――前ロマリア王が半ば強引に開かせたのだ。
 サーラたちは城の食堂へと招かれ、モエギとジャックは純白のテーブルクロスに豪勢な食事が次々と並べられていくのを目を輝かせて眺めていた。席はアルトの希望で四人とも近くに座ることが出来たが、サーラの不満は収まらなかった。
 宴では、ジャックが率先してアルトとカンダタの一騎打ちを語ってみせ、城の者たちの興味を惹き付けた。モエギはよく食べ、よく飲み、よく喋っていたが、いつもより数倍幸せそうだった。
 皆、アルトが新しく王になることを当然のように受け止めていたが、サーラはどうしても腑に落ちなかった。
 ただの道楽なのか、それとも本気でこの少年を崇めようとしているのか。もしくは、自分の頭が固すぎるのだろうか。
 滅多にありつけないような料理も、今のサーラには大して美味しく感じられなかった。
 宴が終わると、アルトはサーラたちを城に招きたいと前王に申し出た。他ならない『王』の頼みなので難なく許しは出、モエギやジャックも是非、と進み出たが、サーラはそれを拒んだ。
「折角の心遣いを申し訳ないが、私は断る」
「おい、姐さんまだ怒ってるのかよ? 変な意地張ってないで、アルトに甘えとこうぜ?」
「何故私たちがアルトに甘えなければいけないのだ? とにかく、私は宿を取らせてもらう。失礼する」
 背を向けようとして、サーラはアルトを一瞥した。アルトは困惑しサーラを呼び止める。
「サーラ、待てよ」
「せいぜい立派な王になることだな。それがお前の意思なのならな」
 吐き捨てると、サーラは早足で広間を去った。門を出たところで、モエギが追いかけてきた。
「ちょっと、サーラ!」遅れてジャックも城から出てくる。
「何が気に入らないの? アルト君はカンダタを追っ払って、冠を戻したからそのごほうびで王様になっただけでしょ? 何も悪くないじゃない!」
「お前たち、よく考えてみろ。王位なんざそう簡単に譲れるものではないだろう? あの王も、流されるまま受け入れたアルトも、王というものを軽んじている」
「サーラさん、別にずっと王様やるんじゃないんだから……急ぎの旅じゃないんでしょ? まさか魔王討伐の旅じゃあるまいし」
 冗談めいた笑みを覗かせるジャックを睨み、サーラは一呼吸置いて告げた。
「……魔王討伐の旅のつもりだが?」
 ジャックの顔が凍りつき、苦笑に変わった。アルトがオルテガの息子という時点で、気付いていると思ったのだが。
「……嘘でしょ? まだその、魔王バラモスってのはいる訳? ……マジかよ」
「だから、私たちはこんな所で油を売っている訳にはいかないのだ。なのに、あいつは……」
 城の門を横睨みし、サーラは拳を握りしめた。モエギはしばらく黙っていたが、ため息をつきサーラを見上げた。
「サーラ。アルト君がそんな一日二日で、バラモスを倒せると思ってるの? せかせかしてたら、余裕なくなって逆につらくなっちゃうよ。ねえ、この機会に少しは休もう?」
 モエギが述べたことは正論だったが、サーラは城に戻る気にはなれなかった。
「……分かった。だが、私は城の世話にはならないからな」
 サーラはすっかり闇に包まれた町へ一人、歩き出した。
 納得出来ないことも、腹立たしいことも山積みだったが、やはり不満の行き所はアルトだった。
 元はといえば、アルトに連れ出されて、この旅が始まったのだ。なのに自ら旅を中断するなど、自分勝手極まりない。あんな年端もいかない少年に振り回されることが腹立たしかった。
 他に行き場など、ないというのに。



 結局、モエギとジャックはサーラを一人にしてまで贅沢する訳にはいかない、と宿に付き添ってくれた。仲間の気配りは嬉しかったが、素直に感謝出来る状態ではなかった。
 その翌日からはロマリア新王即位を祝して、城下町は祭状態に突入した。道は綺麗に飾り付けられ、店はどこも特売の看板が下げられた。加えて城門から広場までの通りには露店が出没し、旅人や町民で賑わった。
 サーラたちも宿で一日中過ごす訳にはいかないので、町に繰り出し散策することにした。
 過ぎ行く人々が皆にこやかなのに対し、サーラは軽く眉根を寄せた。
「……そんなにめでたいことなのか? 新しい王が就くということは」
 うんざりとため息をつく。すると通りすがりの中年女性が足を止め、話しかけてきた。
「そりゃあね、めでたいさ。でもまあ、新しい王様って言ってもずっとやっていく訳じゃないしさ、一種のお祭りみたいなもんよ!」
 けらけらと陽気に笑う女性に、サーラは力なく返事をした。
「ほら、だからアルト君の功績を祝ってあげてるだけなの! サーラはほんと石頭なんだから」
「悪かったな、石頭で」
 すねるサーラの頭を、モエギが背伸びして撫でる。女性は足を止めたまま、興味津々といった面持ちでサーラたちに尋ねた。
「あんたたち、今度の王様と知り合いかい? 噂じゃまだ若くて、しかもかなりいい男らしいじゃないの! いや〜、イザベル様とご結婚でもされたらどんなにいいか……」
 イザベルというのは王女のことだろう。それを聞くなりモエギはさっと青ざめ、顔を両手で挟んだ。
「やばっ……もし、これが縁で恋なんか芽生えちゃったりしたら……!」
 急にあたふためくモエギの頭を、ジャックが軽く叩き飛ばす。
「バーカ。アルトはまだお子ちゃまだぜ? こんないい女を目の前にしても何食わぬ顔で付き合ってるんだ、ありえねーよ。なあサーラさん?」
「……その発言セクハラと見なすぞ」
 わりいわりい、と大して申し訳なさそうに謝るジャック。中年女性はなおも喋る。
「でもねえ、王様っていうのはみだりに城を出ちゃいけないらしいからねえ。そう考えると、若い子ならちょっと不憫かねえ」
 首を左右に傾げながら、女性は人ごみの中に紛れていった。サーラたちは顔を見合わせる。
「……ところで、アルトっていつまで王様やるんだ?」
「知らないよ……アルト君がやめるって言うまで?」
「オレたち暇じゃん……」
 モエギとジャックは今更後悔し始めたようだ。サーラは嘆息し、通りを見回した。
「……とりあえず、もう昼だし何か摂ろう。それにジャック、お前に話したいことがある」
「え? もしかして愛の告白? まいったね〜こりゃ」
 おどけるジャックを無視して、サーラは露店の物色に入った。背後ではモエギの「バーカ」という毒づきが聞こえた。
「オレ、そろそろふざけんのやめよっかな……」
 ジャックのつぶやきは雑音に紛れて、虚しく消えた。



 アルトは玉座にもたれ、大きなあくびをした。あまりの大きさに、隣に座る王女――イザベルがくすりと笑みをこぼす。
「アルト様、昨夜はよく眠れまして?」
 アルトは力なく首を振り、イザベルに顔を向けた。
「いや、それが慣れないベッドで、うとうとするまでに一時間はかかりました……」
「あら、アルト様敬語はよして下さいませ。父の策……勝手とはいえ、今のロマリア王は貴方なのですから」
 イザベルは多少ごまかすように微笑んだが、それでもその表情は王族独特の気品に溢れていた。
 アルトはわずかに口元を緩めてから、ため息をついた。
 王の朝は早かった。朝日が昇ると同時に侍女が部屋の扉をノックし、身支度を整えるとまずは城の見回りをした。
 仕えの者たちは既に食事を作ったり花壇の手入れを行っており、アルトが顔を見せると口を揃えてカンダタとの武勇伝を賞賛した。そしてこれからの働きに期待を寄せた。
 人当たりの良いアルトなので、それらをにこやかに受け止めた後朝食の席に着いた。その時述べられた今日の予定は、午前中いっぱいが国の予算会議、昼食を挟んで書類の審査、茶の時間の後もう一つ会議を行い、夕食後就寝という過密なものだった。
 今はようやく会議を終え、昼食の仕度が整うのを王女と待っている。
「王様っていうのは、玉座に座っているだけじゃないんだな……」
 アルトがぼやくと、イザベルは苦笑した。
「もちろんですわ。一日中城の中で過ごすとはいえ、労働時間は民にも引けを取りませんのよ」
「それにしたって、いきなり会議だなんて……」
 てっきり前王がついて助言してくれるものと思っていたが、前王は朝食後いずこかへ姿を消し、会議はほぼ大臣にまかせっきりだった。大臣はいつも進行をまかされているので構わない、と笑ってくれたが。
 それでも目の前で繰り広げられる話し合いを理解出来ず、ただ問いかけられた時だけ相槌を打つというのは、苦痛以外の何物でもなかった。
 勝手にしろ――ふと、サーラの言葉が蘇る。サーラはこうなることが分かっていたのかもしれない。アルトはサーラの不機嫌そうな表情を思い返しながら、そっと打ち明けた。
「……俺、やっぱりここに座るのは、向いてないような気がします」
 イザベルは数回瞬くと、身を乗り出し告げた。
「そんなことありませんわ。最初は誰でもそうですのよ、いずれ――」
「駄目なんです。……本当にやりたくて、なった訳じゃないし」
 さらに言い留めようとイザベルが口を開きかけたが、ふるふると首を振り、静かにつぶやいた。
「……そうですわね。なら、父に直接申してみてはいかがかしら」
 イザベルはゆったりした身のこなしで玉座を離れ、階段の方に歩んでいく。アルトも後を追う。
 広間へ降り、イザベルは近くにいた侍女に何か言いつけ、通路を進む。慌てて階段を登っていく侍女を目で追いながら、アルトはだんだんと人気のない所へ連れて行かれた。
 やがて辿り着いたのは、使われなくなった厨房だった。
「父はいつも、ここの勝手口から城を抜け出しているのです。王は無断で城を離れてはいけない決まりですので」
「でも、そんな勝手に……」
「勝手は貴方に玉座を譲った父ですわ。何も遠慮することはありませんのよ」
 アルトが戸惑っていると、先程の侍女が何かを抱えて駆けつけた。その手にあるのは、アルトの旅装束だった。
 イザベルはそれをアルトに手渡すよう指示すると、少し寂しげに微笑んだ。
「せめて、本当は私と一緒にお茶をいただくまで待って欲しかったけれど、貴方はきっと……行かねばならない道があるのでしょうね。さあ、どうかお行きになって」
 アルトは渡された服を両手で掴み、深く礼をした。
「……ありがとうございます」
 イザベルは目を細め美しい笑顔を見せたが、何故悲しそうに見えたのかは分からなかった。



 サーラたちは各々好きなものを買って、噴水のある広場でベンチに腰かけた。ここも人がひしめき合っているが、皆何をするでもなく他愛もない会話をしたり、サーラたちと同じように軽食を取ったりしている。
「そんで? サーラさん話って何?」
 ジャックはケチャップとマスタードの引かれたホットドッグを頬張りながら、ごく普通に尋ねてきた。サーラはレタスとハムのクレープに口をつけないまま、ジャックに真面目な顔を向けた。
「……お前、いつまで私たちと一緒にいるつもりなのだ?」
 ジャックはホットドッグを加えたまま、しばし固まった。隣にいるモエギもジャックの顔を覗く。あまりにも黙り続けているので、クレープに口をつけようとすると、ジャックはため息混じりにつぶやいた。
「……だってさ。アルトにはまだお別れ言ってねえし、行くあてもねえし」
「……やっぱり、魔王退治は重い?」
 モエギは生クリームたっぷりのクレープをちびちびと食べながら、いつになく静かな声音で問いかけた。ジャックはまっさらな青空を仰いだ。
「魔王討伐ねえ……あのオルテガさんでも無理だったんだぜ? 正直言って、そんなモンに付き合う気にはなれねーよ」
「……それが一般人の考えることだろうな、おそらく」
 この底抜けに明るい城下町の人々は、魔王が世界を脅かそうとしていることすら知らない。カンダタ盗賊団に怯えたり、格闘場で熱を上げているのはまだ十分平和のうちに入る。
「じゃあ、何でサーラさんたちは付き合ってるの?」
 ジャックは若葉色の瞳で、射抜くようにサーラとモエギを見つめた。この男の質問は時々嫌になる程核心を突いてくる。サーラが口ごもっていると、モエギが勢い良く立ち上がった。
「最初は成り行きみたいなものだったけど、あたしは今はアルト君の力になりたいって思ってる。もっと強くなって、一緒にバラモスをこてんぱんにしてやるのよ!」
 クレープを握りつぶし、モエギはしまったと慌ててこぼれた生クリームをなめ始めた。ジャックは一つも笑わず、サーラに視線を移した。
「……サーラさんは?」
 サーラは瞳を伏せた。そしてアルトの顔を思い浮かべる。
 アルトとの勝負に敗れ、こちらの意思に関係なく同行せざるを得なくなったのが実際のいきさつだ。
 だが、アルトはすさんだ心を持ったサーラにこう告げた。
 一緒に旅をしよう。色んなものを見て、色んな人に会って。そうしたら、きっと心の底から笑えるようになるからさ、と。
 そして今、少しずつ笑えるようになっている自分が、ここにいる。
 サーラはジャックを見据え、答えた。
「……アルトは私を救ってくれた。だから、私もアルトを助けたい」
 あの少年が自分を必要としてくれている限り、サーラの居場所はその隣なのだから。
「……うらやましいねえ。オレもさ、人のためになりたかったのに、上手くいかなくなっちまってさ。怖くなっちまったのよ」
 ホットドッグを噛みちぎり、ジャックは遠い目をした。
「死ぬのが怖いか?」
「まあね。でも……散々盗み繰り返してきたオレの手は、あいつに貸すにゃ汚ねえよ、きっと」
「かっこつけちゃって」
 モエギがぼやく。すると人ごみの中から誰かが抜け出し、サーラたちの前に立った。
「みんな、ここにいたのか」
 その声にサーラは耳を疑う。見上げた目の前には、いつもの旅装束に身を包んだ少年が立っていた。
「アルト、お前何故……!」
 立ち上がろうとすると、アルトはサーラの肩を押さえ、口の前で人差し指を立てた。
「勝手口から出てきたんだ。なあ、ロマリア王がどこにいるか知らないか?」
「知るか! それよりどうして、その格好で町に出てきた!」
 小声で問い詰めると、アルトは首を傾げ、頭を掻いた。
「なんか、王様の仕事って大変なんだよ……俺には無理だと思う」
 アルトは浮かない顔をしている。昨日散々もてはやされて引き受けた時の顔と重ねると、苛立ちが蘇ってくる。サーラは思わずアルトの胸倉を掴んで怒鳴った。
「王になると言ったのはきさまだろう!? 愚痴をこぼすくらいなら最初から断れ!」
 サーラの怒声に反応したのか、人々のどよめきが広がり、群衆が集まり出した。モエギはあちゃー、と額を叩き、ジャックはサーラを横目で見てにやりと笑みを浮かべた。
「サーラさんドジったね。そういう所もスキよ」
「貴様、この期に及んでまだ言うか!」
 言い合いをしているうちに人々はどんどん群がり、ざわめき立つ。
「新しい王様って確か、まだ若いんだよな?」
「となると、あの黒髪の坊主か? 噂じゃあのカンダタをやっつけたって話だぜ」
 アルトが特定されると、人々は好き勝手に感想を述べ始めた。まだガキじゃないか、などという声の他に黄色い声もちらほらと上がる。
「ちょっと、なんでアルト君とカンダタのことが広まってるの!?」
「俺も知らないよ! ジャックが話したんじゃないのか!?」
「オレぁそんな口の軽い男じゃねーよ!」
 広場が混乱してくると、城の方向から兵士が二人駆けつけてきた。
「アルト様! 外出されているとはどういうことですか! あれ程言ったではありませんか!」
「これ以上は民の混乱を招きます! さあ、城にお戻り下さい!」
 兵士二人がアルトの両脇を挟み、強引に連れ去ろうとする。
「待って下さい! 俺、やっぱり王様は――」
 それでもなお、広場は新しい王を一目見ようとする人でごった返している。女性の悲鳴に近い黄色い声も、既に遠くからまで聞こえる。
 と、サーラは耳を澄まし、城下町の通りの方を振り返った。
 通りにいた人々が一目散に広場へ押し寄せてくる。露店が次々と崩れ、喧騒は次第に本物の悲鳴へと塗り変えられた。
「魔物だ! 魔物が侵入してきたぞ!」
 魔物という単語を耳にし、サーラはベンチに登り目を凝らした。
 人の波の向こうから、奇怪な鳴き声と破壊音が押し寄せ、鼓膜を震わす。視界の先に映ったのは、淀んだ青い皮膚を持つ巨大蛙の群れ。
「ポイズントードか……!」
 低く唸り、モエギやジャックと顔を見合わせ飛び出す。しかし、ジャックは立ち止まり大声を上げた。
「ジャック、どうした――」
 聞きかけて、サーラは帯剣していないことに気付き、舌打ちした。
「ちょっと、早く行かないと!」
 モエギがサーラたちをせかす。すると、サーラたちの背後でアルトの声が上がった。
「離せ!」
 倒れこむようにして兵士たちの腕を振りほどき、アルトは次の瞬間ベンチを蹴って通りの方へ踊り出た。
「アルト!」
 サーラたちも後を追う。だがアルトは小柄な身体で人々の間をすり抜け、どんどん距離を広げていく。
 アルトの背中には、鞘も剣も見当たらない。
 通りの人々がほぼ広場へなだれ込んだ頃、通りから逃れようとする女の子が転び、その背後からポイズントードが迫ってきた。女の子は身体を強張らせ、とっさにうずくまった。
 その時、アルトの鮮烈な叫びと同時に、襲いかかってきたポイズントードが鮮やかな炎に飲み込まれた。
 逃げ惑う人々を掻き分け、サーラたちも通りに出ると、アルトは女の子をかばうように助け起こした。
「大丈夫かい? さあ、早く逃げるんだ!」
 女の子はうなずくと、真っ直ぐサーラたちの元へ走ってきた。その勢いでモエギにしがみつき、途端にしゃくり上げる。モエギはしゃがみ込むと、女の子を抱き寄せアルトを見つめた。サーラも、ジャックも同じ背中を正面に捉える。
 じりじりと近付くポイズントードの群れに、アルトは腕をかざし、一人で立ちはだかった。
 右手で剣を持つアルトは、左手で呪文を放つ。
「失せろ!」
 アルトが叫ぶと同時に、その手からまばゆい白銀の閃光が生まれ、魔物たちは光の中に飲まれて跡形もなく消えた。
 魔物が消滅すると、アルトは肩を大きく上下させてから、こちらを振り返り駆け戻ってきた。サーラたちの後ろからは若い女性がやってきて、モエギにくっついていた女の子をひしと抱きしめた。
「マリー、無事で良かった……!」
 アルトが立ち止まると、女性はアルトを仰ぎ、深く頭を下げ何度も礼を述べた。人々はまだざわついている。
「……よくやったな」
 声をかけると、アルトはうなずくだけで、何か別のことを考えているように見えた。
「アルト様、ご無事でしたか!?」
 人ごみの中から城の兵士たちが駆けつけると、すかさずモエギがねめつけた。
「あんたたち、あんまりアルト君を過保護にしないでくれる!? あれじゃあんまりでしょ!」
 モエギの気迫に押されて、兵士たちは踏みとどまる。すると、アルトが進み出、兵士たちに告げた。
「……俺に王様は無理です。ロマリア王に会わせて下さい」
 通りの近くにいる群衆はどよめき、顔を見合わせる。サーラはやはり、この少年はある意味自己中心的かもしれないと呆れた。
 兵士たちが戸惑っていると、通りの向こうから人影が姿を現した。
 服装は平民のものだったが、その顔はまさしく、ロマリア王だった。
「陛下! お怪我はありませんか!?」
 アルトを相手にしていた兵士たちが目の色を変え、ロマリア王に駆け寄った。見たところ、王は無傷のようだ。
「わしは平気だ。ずっと店の中に隠れておったからの」
 王はアルトを視界に捉えると、大股で歩み寄ってきた。人々のざわめきが止まぬまま、アルトは王に向き直り、地面に片膝をついた。
「……王様、すみません。俺には王なんて、とても出来ません」
「どうした? 楽にしてよい、理由を申せ」
 アルトはゆっくり立ち上がると、徐々に言葉を紡ぎ始めた。
「……俺は、王様やジャックたちが薦めてくれたから、それに応えようと思って王様になっただけです。いざやってみたら会議はよく分からないし、落ち着かないし、とても無理です」
「なに、そんなものこれからいくらでも慣れるであろう。そんな気の短いこと言わずに、あと数日続けてみぬか?」
 アルトは折れそうなくらい首を左右に振り、言葉を吐き出した。
「それに、城から出られないのなら、俺は守りたいものも守れません!」
 アルトの叫びは、おそらく町中に響き渡っただろう。人々のざわめきが一瞬止んだ。
「……少なくとも、俺はそうなんです。だから――」
「アルト、もうよい」
 ロマリア王はやんわりとアルトを止め、穏やかに告げた。
「……先程のおぬしの勇姿、しかと見届けた。どうやらおぬしは、自らが働きかけないといけない性質のようだのう」
 アルトはしばし沈黙して、こくりとうなずいた。ロマリア王は笑いじわを浮かべ、それに答える。
「気を落とすことはない。それが世の言う、勇者なのだから」
 肩に手を添えられ、アルトはロマリア王を見つめると、今度は深くうなずいた。少しだけ泣きそうな笑みをたたえて。
「アルト、お前やっぱサイコーだわ!」
 ジャックが耐え切れなくなったと言わんばかりに、アルトにしがみつく。それを合図に、城下町は拍手と歓声の渦に飲み込まれた。
 モエギはとろけそうな笑みでアルトを見つめ、自分のことのように喜びを放っている。アルトは照れ臭そうに頭を掻き、民に太陽のような笑顔を向けた。
 その小さくも頼もしい後姿を眺め、サーラはつぶやいた。
「……だから反対だったのだ、私は」
 だがどうにも口元が緩んで、笑うことしか出来なかった。