ふたりの盗賊 7



 幸い、アルトの怪我は大事に至らず、モエギも落ち着きを取り戻したところで、サーラたちは金の冠を手にカザーブへの帰路についた。
 カンダタたちは全力で逃亡したのか、サーラたちの前に姿を見せることはなかった。今度会ったらあたしも奴らをぎゃふんと言わせてやる、とモエギは鼻息荒く宣言していた。
 そんなモエギには、カザーブを経つ前購入しておいた武闘着と、新品の鉄の爪を渡した。新調した武具で勇ましく戦うモエギは、捕われていた数日間のうっぷんを晴らすかのように会心の一撃を連発していた。
 塔を去ってから数日後の夜、サーラたちは山岳地帯の洞穴で野営を張っていた。ここのところ気温も大分暖かくなり、野宿もいくらかしやすくなった。
 サーラは洞穴の入口付近で、下火になった焚き火をジャックと囲んでいた。奥からはアルトとモエギの寝息が聞こえる。
「そういや、姐さんと見張りするのって久々じゃない? いや〜ドキドキするね」
「久々も何も、ロマリアを経った後の一日しか覚えがないが」
 ジャックはつれないなあ、といつものように苦笑いを浮かべ、横になり豪快なあくびをした。サーラは手持ちの薬草を分別している。
 ちらとジャックの方を見やると、もう瞳を閉じうつらうつらとしている。無理もない、シャンパーニの塔へ向かうまで夜通し馬を進めようとしていたのは、他でもないジャックだったのだから。
 だが、カンダタ一味こそ捕らえられなかったものの、ロマリア王から依頼された金の冠を奪取した今、案内役のジャックはサーラたちに同行しなくても良いことになる。ロマリアに着くまではついて来てもらうが、その後はどうするのだろう。
「……ジャック、お前はこれからどうするのだ?」
 ジャックはうっすらと目を開け、再び閉じた。
「どうするも何も、ロマリアに着いたら考えるけど」
「だが、アルトはお前を慕っているし、モエギや私も、もう最初のような印象はお前に抱いていないし……」
 すると、ジャックは起き上がり、上機嫌で尋ねた。
「へっへっへ。サーラさん、オレにホレたね? そう、会えなくなって気付く本当の気持ち、それを感じていただければ万々歳ね」
「うぬぼれるな。ただ、お前は私たちよりこっちの地域に詳しいし、意外と使える奴だと思っているだけだ」
 それでもなお、ジャックは笑みを崩さず述べる。
「でしょ? やっぱ土地勘のある男ってモテるんだな〜、地元の女の子しか相手にしてなかったのがまずかったのね」
「お前の頭は女に好かれることしか考えられないのか?」
 半ば呆れながらつぶやくと、ジャックはふと真顔になった。
「……そういうサーラさんは、何でそこまで男に無愛想な訳? モエギの奴とは女の子らしく笑い合えるのに」
 口調は穏やかだが、核心を突いた質問にサーラはしばし口ごもった。
 ジャックとは多少は馴れ合ったし、初対面の時よりは信用出来るようになった。だが言動はやはり所々軽率だし、相変わらず隙あらば口説くような奴だ。
 すごろく場での軽はずみなキスだって、忘れた訳ではない。この男にとってキスが挨拶代わりだったとしても、サーラにとっては違う。
 今となってはもう、苦い思い出しか連想出来ない。
「……まあ、一生独り身で生きていきたいんならいいけど。そんなんじゃ折角の美人が台無しだぜ?」
「私だって、好きでこうなった訳じゃない!」
 つい声を張り上げてしまい、奥の方でアルトがもぞもぞと起き上がった。
「何だ……? 魔物か?」
 寝ぼけ眼をこするアルトに、ジャックは「いいから子供はおねんねしてなさい」などとからかう。
 アルトはふてくした顔で渋々うなずくと、再び横たわった。それを見届けると、ジャックは洞穴に寄りかかり、苦笑した。
「……あのね、サーラさん。オレは別に弱みを握ったり、無理にそこら辺の女の子らしくしろって言いたい訳じゃないのよ。ただ、思い詰めすぎてないかって心配なのさ」
 ジャックは少し困ったような表情をしており、それはカンダタに対し自分の生き方を語った時のものと似ていた。
 お調子者ではあるが、ジャックは故意に人を傷つけるような奴ではない。それはこの数週間で理解出来たことだった。
 サーラは観念し、ジャックに過去のことを打ち明けることにした。
「……私は故郷にいた頃、ある男と恋仲だった。昔から密かに慕っていた奴で、私より二つ程年上だった」
 以前までは思い出すだけで嫌悪感が満ちたが、今は焚き火の明るみと、ジャックという聞き手がいるためか耐えられなくはなかった。
「へぇ〜、オレと同い年か。あ、何昔の男を思い出してオレを嫌ってたの?」
 サーラはゆっくりと首を振り、その男を思い浮かべた。傷口が開かないように、ぼんやりと。
「いや、お前とは似ても似つかない男だった。そうだな、本当に昔は、少しアルトのような雰囲気だった……」
 ジャックはアルトを見やり、軽く何度かうなずいた。サーラは失笑した。
「だが、アルトとも似ても似つかぬ奴でな。まるで暴君のような男だった」
 恋人であるからには己の言いなりになると思っていたのだろう。その男はサーラの気持ちを重んじることなく、まるで自分の所有物であるかのように連れ回し、遊び、乱暴に扱った。
「恋人らしいこともあったのだろう。けれど、ほとんどが私の意思に関係なく行われた……」
 気付けばぼろぼろになっていて、男はそんなサーラに愛想をつかし、別の娘を選んだ。
「その時悟ったのだ。男は心など求めていないのだ、と」
 だから、自分を見る男の目も、仕草も嫌だった。ほんのわずかに触れられるだけでも悪寒がした。
「だから男を遠ざけようとした。そうしたら、こんな可愛げのない女が一人、出来上がった訳だ」
 自嘲気味に笑みを浮かべ、サーラは虚ろな瞳で弱まった炎を眺めた。
 小さくなってもなお、赤々と燃える炎。まだ無知だった頃は、心にこんな炎を灯していたのかもしれない。
 だが今も、心のどこかでくすぶるのは、黒々とした闇の炎。故郷を離れ、アルトらと旅をしていても、未だ消えることのない憎悪の炎。
「……たまに思う。あんな思いさえしていなければ、今はもっと違う自分でいられたのではないか、とな」
 それ以上は語る気になれず、サーラは唇を閉じ、膝を抱いて消えかかりそうな炎をじっと見つめた。
 ジャックはしばらく黙っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……そっか。若いうちに色々、痛い思いしちゃったのね」
 わずかにうなずいたのが見えたのか、ジャックはいつになく優しい口調で語った。
「……そりゃあね、サーラさんは……美人だしスタイルもいいし、大抵の男なら興味持っちゃうよ。オレだってそうだったもん」
 ややジャックに警戒するが、暗闇に紛れ表情はよくうかがえない。
「けど、世の中そういう男ばっかりじゃないのが、そろそろ分かってきたでしょ? そりゃ男はそういう所あるよ。でも、それだけって言われちゃこっちも名誉棄損で訴えたくなっちゃうわ」
「……分かってる。すまない」
 するとジャックは、ふいに笑い声を上げた。
「謝らなくてもいいんだぜ? まあ、その男もさ、まだガキだったんだよ。若気の至りってやつ?」
「……そうだな。だから私は、ガキが嫌いだった」
 人の気持ちを考えずに、自己中心的で自分が一番偉いと思っているような、そんな奴ばかりだと思っていた。
 ジャックはふーん、と息をつき、こう尋ねた。
「……アルトを相手にしてる時は、そんな風には思えないけど?」
 サーラはしばし口ごもると、アルトが寝ている方に視線を動かした。
 最初は正直言って、気に入らなかった。ある意味自己中心的だったし、オルテガの息子というのを後ろ盾にいきがっているようにも思えた。
 だが、成り行きとはいえ共に旅をするにつれて、汚れのない精神や父に対する複雑な思いを知り、最初に抱いた印象はもはや薄れつつある。
 こういう少年もいるのだと、日々目の覚めるような思いをさせられた。
 サーラは微笑み、静かに告げた。
「……アルトは嫌いではない。それだけだ」
「それだけかねえ。オレ見ちゃったんだよね〜、サーラさんの極上の笑顔」
 もったいぶるジャックを問い詰めると、愉快そうな答えが返ってきた。
「カンダタの野郎が逃げた後さ。アルトに手ぇ掴まれて、それはもう嬉しそうにね。鏡があったら見せたかったぜ、ホント」
「なっ……まさか!」
「まあ、そういうたま〜に見せる笑顔にコロッといっちゃう男も少なくないわな。どう? オレならもう、すぐにでもいっちゃうよ」
「どうだかな。お前は時々信用出来ないのでな」
 ちえっ、とジャックが口を尖らせているのが暗がりでも想像出来て、サーラはくすりと微笑した。
 ジャックは横に寝そべると、毛布を被りサーラに声をかけた。
「とにかく、サーラさんもオレも、これからの人生まだまだよ。いつ恋に落ちて結婚するかも分からないし、いつ死ぬかも分からない。今を生きりゃあいいんだよ」
 おやすみ、と愛嬌たっぷりに言葉を残し、それきりジャックは喋らなくなった。サーラは焚き火を消すと、就寝の準備に入った。
「今を生きればいい、か……」
 確かに、今の旅を取り払ってしまえば、路頭に迷うに違いない。アリアハンでまた護衛をするのも億劫だ。だが、まだ故郷に戻る気にはなれない。
 それに、この生活を失えば、モエギやアルトとも別れなければいけないかもしれない。
 離れたくない――胸に走った、単純でいて痛烈な思いに、サーラは自ら驚いた。
 ジャックをこの輪の中に繋ぎ留めるものがあるとすれば、それもまたやはり、離れたくないという情なのだろうか。
 何故だろう。
 この輪が、いつの間にか居心地良くなってしまったのは。
 あれこれ考えている内に、溜まった疲れが押し寄せ、サーラは眠りについた。