ふたりの盗賊 6



「おうおう、どこの若年寄かと思えばてめェか、ジャック。ついに女が出来たかと思えば、他にも連れがいるようじゃねェか」
「そっちの姉ちゃんはともかく、ガキまで連れて何のつもりだぁ?」
 手下たちがげらげらと笑う。ジャックは表情を崩さなかった。
「何とでも言えよ。すぐに笑ってる暇なんかなくなるぜ?」
 カンダタ一味とジャックの間に張り詰めた空気が流れる。サーラはそれをうかがいながら、隣に立つアルトに囁いた。
「アルト、分かってるな。血は流すな」
 アルトは無言でうなずいた。その横顔は静かな怒りをたたえていた。
「その減らず口も変わってねェなァ。いいぜェ、今度こそその口ぶった斬ってやろうじゃねェか!」
 カンダタの雄叫びと同時に、手下たちが一斉に襲いかかってきた。サーラたちも十字の通路に踊り出て、果敢に立ち向かう。
「おれたちゃ女にも容赦しねえぞ!」
 サーラが対するのは禿頭と三つ編みを下げた男だ。どちらかといえば力任せの体術を繰り出してくるので、落ち着いて対応すれば大事には至らないはずだ。
 躍るような足さばきで手下たちの攻撃をかわし、サーラは峰打ちをかけた。禿頭のみぞおちに見事命中し、残るは三つ編みだ。
 三つ編みはサーラの髪を掴み、壁に叩きつけた。衝撃が鎧を通し響くが、サーラはすぐさま三つ編みを睨みつけ、剣を握り構えを取った。三つ編みはすぐさまそれをかわす体勢に入るが、サーラは傍らにあった盗品の箱を踏み台に飛び跳ね、三つ編みの背後に降り立ち首筋に切っ先を突きつけた。予想外の展開に、三つ編みは驚愕を浮かべたまま硬直した。
「動いたら、貴様のその髪も斬り落としてやる」
「ああっ、髪だけはお助け〜っ! 命よりも大事なの!」
 剣を向けたまま数歩後ずさると、サーラはアルトとジャックの加勢に入った。
 既にアルトたちは数人片付けており、それに加わるとアルトが声を上げた。
「サーラ! 血は流してないぞ!」
 声からしてこちらの方が優勢のようだ。サーラは口元をつり上げ、言葉を返した。
「よし、それでこそお前だ!」
 ジャックはカザーブで購入したチェーンクロスを振り回しながら応戦していた。まるでこの争いを楽しんでいるかのように、その姿は生き生きとしていた。
「サーラさん、オレ猛獣使いみたいじゃない?」
 相手をしているのは熊のように毛深い男で、サーラも高揚した気分で笑みを浮かべた。
「そうだな、そろそろ毛を刈ってやらないとな!」
 目にもとまらぬ速さで熊男に剣を繰り出す。男は斬られたと思ったのか、でかい図体を縮こませたが、その直後にははらはらと刈られた毛が舞うだけだった。
「隙あり」
 心底嬉しそうな声でつぶやいてから、ジャックは鎖を熊男の首に巻きつけて締め上げた。ほどなくして熊男は気を失い、巨漢を床に沈めた。
 それと同時にアルトも手下の後頭部を柄で殴り、片付けたところだった。
「サーラさんすっげえ! 今度から姐さんって呼んでいい?」
「年下なのにか? 悪くはないな」
 床ぼこりが飛び交う中で微笑み合うと、奥で様子を見ていたカンダタが歩み寄ってきた。
「……やるじゃねェか。しかもわざわざ、無血たァ……ますます腹が立つぜ」
 唾を吐き捨て、カンダタは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「お、お頭ぁ……」
「てめェらはもう引っ込んでろ!」
 怒号が響き渡る。だがそれは、単に苛立ちから来るものではなかった。
「……オレがやる」
 倒れた手下たちの前に立ちはだかるようにして、カンダタは身体を張った。
「みんな、大丈夫?」
 階段のあたりに身を潜めていたモエギが駆け寄る。サーラがうなずくと、モエギは安堵し、瞳に力を込めた。
「……ごめんね。あたしももう、大丈夫だから」
 アルトやジャックもうなずく。それを見送ると、カンダタは奥の階段を親指で差し、低く告げた。
「……ついて来い」
 素直に従い、サーラたちは後をついて階段を上った。
 その先に広がっていたのは、手を伸ばせば届きそうな青天の天井だった。
「……最上階」
 アルトがつぶやくと、カンダタはどこからか鉄の片手斧を持ち出し、肩に担いだ。
「てめェらの戦いっぷりを見させてもらった。どうやら、その姉ちゃんらの方が強ェらしいな。どこで捕まえてきた? ジャックよォ」
 ジャックは得意げに腕を組み、あっけらかんと答えた。
「捕まったんじゃねえよ。オレが捕まっちまったの」
 カンダタは一瞬呆気に取られ、吹き出した。こちらまで唾が飛んできそうなくらい、豪快な笑いっぷりだった。
「そうかよ。盗み以外はどこまでもヘタレって訳だ。ならどうして、賊を抜けた? てめェの腕ならよォ、一人でも成り上がれたんじゃねェのか」
 ひとしきり笑った後、不満そうにカンダタが尋ねる。ジャックはしばしの間笑みを消したが、やがてぽつりとこぼした。
「……あんたは言ってたな。この生き方が好きだ、だから世界一の大盗賊になりたいってよ」
「おうともよ。それがどうした」
 ジャックは短く尖った銀髪を掻くと、淡々と告げた。
「オレはヘタレだから、ずっと悪さをして生きていくことも出来ねえし、そのせいで守りたかったものからも見捨てられちまった。
 あんたと違って、オレには失いたくないものがわんさかあるのよ」
 そう言ったジャックの横顔は、初めて年相応の男に思えた。
 カンダタはゆるい目でジャックを眺めた後、斧をぶらりと床に下げた。
「……自分でヘタレって言う奴ァ、本当のヘタレじゃねェよ」
 やぶからぼうに斧を振り回すと、カンダタはぴたりと手を止め、斧をアルトに向けた。
「おい、そこの小僧。名前は?」
 アルトは一瞬驚いたが、すぐに表情を引き締め、よく通る声で名乗った。
「アルトだ」
「アルト、か。よし、てめェオレと勝負しろ」
「はあっ!? どういうつもり!?」
 モエギが叫ぶと、カンダタはいたずら好きの子供のように瞳を輝かせた。
「さっき見ていて、こいつが一番戦ったら面白そうだった。もちろんタダでとは言わねェ。
 小僧が勝ったら、金の冠を返してやる。んで、オレが勝ったら……そうだな、嬢ちゃんを数日貸してもらおうじゃねェか」
「ちょっと、まだあたしに構うつもり!?」
「ああ。オレは未練がましい野郎なのさ。嬢ちゃんがジャックの女だったら尚更だ」
 一瞬沈黙が流れた後、モエギとジャックはカンダタに詰め寄ると全力で否定にかかった。これにはさすがのカンダタも少々たじろいでいたので、サーラはこみ上げる笑いを噛み殺すのに必死だった。
「……まァ誤解もあったみてェだが、そういうことでどうだ?」
 やや気力の欠けたカンダタが問うと、アルトは一歩進み出て答えた。
「いいよ。だけど、俺の仲間を傷つけたことだけは、許さない」
 アルトの瞳に、炎のような闘志が揺らめいていた。カンダタはアルトを愉快そうに眺めた後、口元を片方つり上げた。
「いい瞳してらァ。手加減はしねェぞ、小僧!」
 一声上げるなり、カンダタは斧を振り上げ真っ向からアルトに襲いかかってきた。
「みんな、下がっててくれ!」
 サーラたちが左右に散ると同時に、刃がぶつかり合う強烈な音が響いた。
 アルトはカンダタの斧を鋼の剣で受け止め、歯を食いしばっている。わずかにアルトの靴が擦れ、押されている。
 戦いのセンスこそあるものの、力だけではアルトより一回りも二回りも大柄なカンダタにかなわないだろう。
「へへっ、大抵の奴はオレの斧にかかると吹っ飛んじまうが、なかなか骨があるじゃねェか」
 刃を離し、カンダタは空気を裂くように左右から斧を繰り出す。アルトも負けずに刃を受け、激しい金属音を立てる。だが、明らかに押されているのはアルトだった。
 モエギもジャックも、固唾を飲んで二人の対決を見守っている。特に向こう側の壁に張り付いているモエギは、神妙な表情でアルトから目を離さずにいる。
 それもそのはず、アルトはモエギのためにも戦っているのだ。その胸中は親友のサーラにも計り知れない。
 だが、アルトはサーラたち仲間のためなら、誰であろうと真剣に立ち向かっていくのだろう。
 幾度目かの刃の交わる音の後、アルトとカンダタは互いに間合いを取り、対峙した。
「その小っこい身体でよく受け止められるなァ。小僧、相当訓練を積んでるな?」
 アルトは一つ息を吸い、不敵に微笑んだ。
「それなりにな」
 カンダタもわずかに微笑むと、勢い良く踏み出した。アルトも同時に飛び出す。
 するとカンダタは、アルトまで数歩と迫った瞬間身体をバネのように伸縮させ飛び上がり、脳天を狙ってきた。アルトはすんでの所で直撃をかわし屈み込んだが、マントが斧によって床に留められ、身動きが取れない。
 次の瞬間カンダタの横蹴りが炸裂し、アルトは床に倒れこんだ。
「アルト君!」
「出るな、モエギ!」
 駆け寄ろうとするモエギを制止し、サーラはうなるように言い聞かせた。
「お前が手を出したら、アルトのプライドはどうなる」
「でも……!」
 渋るモエギの叫びを、アルトの咳き込みがかき消す。
 カンダタは刺さった斧を拾い上げてから、裂けたアルトのマントを踏みつけ、狡猾な笑みを浮かべた。
「ケンカは刃だけじゃ勝てねェぜ? 分かってるよなァ?」
 剣をついて立ち上がろうとするアルトを、カンダタはなおも蹴り飛ばす。痛々しいくぐもった悲鳴が上がり、サーラたちは思わず顔をしかめた。
 壁際に転がったアルトは激しく咳を繰り返すと、マントを緩め、脱ぎ捨てた。そしてゆらりと立ち上がる。
 カンダタを睨み据える燃えるような眼差しと、口元に滴る紅の筋に、サーラの心臓が跳ねた。
 カンダタは脱ぎ捨てられたマントを一瞥すると、蹴って隅に追いやり、ヤニで汚れた歯をむき出しにした。
「そうこなくちゃなァ。ぞくぞくするぜ、その瞳」
 そしておもむろに自分のマントも脱ぎ捨て、カンダタは斧をぶらぶらと弄んだ。
 アルトはカンダタから視線を外さぬまま、血を吐き剣を構えた。
「勝負の時でもずいぶんお喋りだな。そんなに口でフォローしたいのか?」
 カンダタは腕を止め、目元をひくつかせた。
「……そうでもねェよ」
 吐き出した言葉と同時に、再び刃が交わり合った。
 アルトとカンダタの交戦はさらに激化し、息もつかせぬ競り合いが青天の下繰り広げられた。
 サーラの隣でずっと黙っていたジャックは、二人から視線を離さず語った。
「あいつぁ……カンダタは、何かと争いの好きな奴でさ。賊の中でいさかいが起きると、必ずそれに便乗して暴れるような奴だったのよ」
「……お前もとばっちりを受けたことがあるのか」
「まあね。けど、弱い奴ばっかりを痛めつけるような奴じゃあない」
 アルトに向かって斧を振り回すカンダタは、先程までより真剣で、それでいて生き生きとしていた。
「あいつは、戦って楽しそうな奴としか、暴れねえのさ。昔から」
 ジャックの顔をうかがうことは出来なかったが、その声は呆れているというより、カンダタの人柄を面白がっているように聞こえた。
 アルトとカンダタは距離を取り、再び向かい合った。どちらの息も荒く、上空から吹き込む風には微かに、血と汗の匂いが宿っている。
 サーラたちは、二人の世界から完全に閉め出されているような気がした。
 アルトは肩を大きく上下させ、目のあたりをぬぐうと、中腰になりカンダタを捉えた。カンダタも斧を構える。
 飛び出したのは、カンダタが先だった。
 カンダタが咆哮と共に斧を振り上げるが、それより遅れて飛び出したアルトは下ろされた斧を踏み台にカンダタの頭上を舞い、右足で後頭部に蹴りを入れた。
 カンダタがよろめき、振り返った瞬間、アルトの剣はカンダタの喉元に突きつけられた。その背後には、壁のない風景が広がっていた。
 アルトが荒い息をつきながら、唾を飲み込んだ。
「……どうだ」
 カンダタは背後を見やると、斧を離し床に落とした。金属の歪んだ音がこだまする。
「……てめェの勝ちか。オレより息上がってるのによ」
 アルトは無言のまま、せわしない呼吸だけを続けている。
「久々に燃えたぜ。おい、ジャック」
 ジャックがカンダタの視界に届く所まで歩み出ると、カンダタは顎でジャックの背後を示した。
「そこら辺にぼろ布のかかった箱があるだろ。その中にお目当てのモンがあるからよ、持ってけ」
 ジャックは軽くうなずいてから、布を取り去り鉄製の質素な宝箱を開けた。中身を取り出し、両手でカンダタに見せる。
「……これか?」
 それは紛れもなく、本物の金の輝きを持った、目もくらむ程まばゆい黄金の冠だった。
 カンダタはうなずき、後ずさるとアルトに視線を戻した。
「……小僧……いや、アルトだったか。てめェとよく似た男をよ、オレァ知ってるぜ」
「……何だって?」
 剣を下ろし、アルトは怪訝な声で尋ねる。
「生きてたらオレと同じ歳ぐらいか。オレと違って、陽の当たる道だが最も過酷な道を選んだ男だ」
「それは、まさか……」
 アルトが問い質そうとすると、カンダタは斧の柄を踏みつけ、空中で手元に掴んだ。
「アルト!」
 とっさにサーラが叫ぶが、カンダタは特に何をするでもなく、ただ一言告げた。
「そっくりだぜ。オレを見た、あの炎のような瞳がよ」
 そしてカンダタは自ら空中に足を滑らせ、飛び降りた。
「カンダタ!」
 アルトは慌てて真下を覗き込んだが、全身の力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
「アルト君!」
 サーラたちより早く、モエギがアルトのそばに駆け寄り、へたり込んだ。
「こんなに怪我して……あいつに殺されるんじゃないかと思っ……」
 モエギはバカ、と小さくつぶやいてから、声を殺して泣き始めた。
 いつも気丈に振る舞っているモエギが嗚咽を漏らすのを、サーラは初めて目の当たりにした。
「あーあ、その歳で女を泣かせた。罪な男ね〜アルトくんは」
「ジャック、それより奴のことはいいのか!? アルト、カンダタはどうした!」
 アルトはモエギを困った表情で見やってから、サーラを仰いだ。
「……大丈夫、下の階に飛び降りただけだ。逃げられたけどな」
 だがアルトの顔はむしろ、安堵に満ちていた。サーラもどっと緊張が解け、モエギの隣にしゃがみ込んだ。
「そうか……。モエギ、こんな目に合わせたのも私のせいだ。本当にすまなかった」
 モエギは唇を噛みサーラを見つめると、そっと肩にしがみ付いた。
 おそらく、本当にモエギが求める場所は、サーラの懐ではないのだろうが――サーラはモエギの頭を撫でると、アルトに声をかけた。
「アルト、ホイミは出来るか?」
 全身にかすり傷と汚れを纏ったアルトは、小さくうなずいた。
「ちょっと休んだらな。モエギ、心配かけてごめん」
 モエギは両目をこすり、うさぎのような瞳をアルトに向けた。アルトは苦笑した。
「人と剣を交えたのはサーラ以来だったから、余裕もなくて……。でも、俺はもう、最後は自分のためだけに戦ってたんだ」
 そんな言葉を、モエギは望んでないだろうに――サーラはアルトの馬鹿正直さに閉口した。それを知る由もなく、アルトは続けた。
「それに、この塔まですぐに駆けつけられたのは、ジャックのお陰だし。な?」
 アルトと視線が合うと、ジャックは照れ臭そうにぽりぽりと頬を掻いた。モエギは立ち上がると、ジャックの真正面に立ち腕を組んだ。
「……どうして?」
 ジャックはあさっての方向を向いて首を傾けていたが、ちらとモエギを見下ろし、ぶっきらぼうに告げた。
「オレが村かけずり回って頼み込んで、馬を三頭借りたの。それだけ」
「……そう」
 モエギはしばし俯いた後、腕を解きジャックを見上げた。
「……ありがと」
 小さな声だったが、ジャックの耳にはちゃんと届いたようだった。そっとモエギの頭に手を乗せ、ジャックはわしわしと不器用に撫でた。
「……この際言っとくけどな、お前オレの妹と似てるんだわ。だからいじりたくなるの。……嫌いな訳じゃねえからな」
 分かっとけ、と仕上げにモエギの頭を軽く叩き、ジャックはいたずらっぽく笑った。モエギは不満そうに口を尖らせたが、しばらくして微笑した。
 それを見守ってから、サーラはアルトの怪我の具合を調べた。
「骨は大丈夫か? 痛むか?」
 カンダタが蹴ったあたりに触れようとすると、アルトはサーラの手を掴んだ。触れた部分から、アルトの冷め切らない熱が伝わる。
 アルトはサーラを見つめ、口を開いた。
「……俺の勝負を見守ってくれて、ありがとな」
 血の滲んだ顔で屈託なく微笑むアルトに、サーラは目を細め、破顔した。



 カンダタは塔の四階に着地した後、一目散に手下たちのいる上の階に引き返した。
「おい、てめェらずらかるぞ!」
 部屋中に声が響き渡ると、既に起き上がっていた数人の手下が群がった。
「お頭、ジャックとその一味はどうしたんですかい!」
「それに、全身傷だらけじゃねえですか!」
 手下たちは口々にジャックたちへの不満を募らせたが、カンダタはそれを一蹴した。
「うるせェ! 一度負けたてめェらがゴタゴタぬかすんじゃねェ! おら、とっとと荷物まとめやがれ!」
 カンダタの剣幕に、手下たちは慌てて他の仲間を叩き起こし、各々の所持品を抱えた。
「よし、ここの巣とは今日でおさらばだ。行くぜェ、野郎ども!」
 全員揃うと、カンダタは手下を率いて慌ただしく塔を降り始めた。
「お頭、ジャックとの決着がつかねえままじゃ……いいんですかい?」
 手下の中でも最も信頼を置いている、禿頭のマックが尋ねる。カンダタはかすり傷に唾をつけながら答えた。
「盗賊じゃなくなっちまった奴にはもう、執着したって意味がねェよ。それよか、あの小僧の方が面白ェ」
「小僧って……あのガキですかい?」
 カンダタはああ、とうなずき、歯の隙間から苦笑を漏らした。
「おう。前にも話したことあるだろ、あの男――あいつにそっくりだ」
 マックはカンダタの言わんとすることをすぐに理解し、口の端を歪めた。
「……お頭がかなわなかったっつう、奴ですかい」
 カンダタは再度首を振り、その男の記憶を脳裏に再生した。
 今から十年以上前、アッサラーム近辺で名を轟かせていた盗賊団。カンダタはその中でも随一の暴れん坊だった。
 その頃は今よりも沢山の旅人が各地を行き来しており、カンダタはそういった旅人を襲い金目のものを盗むのを生業としていた。
 ある日、カンダタはいつものように旅人に目をつけ、斧片手に脅しにかかった。
 偶然なことに、その旅人はカンダタと歳もそう変わらない男で、持つ武器も同じ斧だった。
 男はカンダタの脅しにも動じず、そのまま道を行こうとしたので、カンダタは腹を立て男に襲いかかった。
 それでも男は応戦しようとせず、カンダタはますますいきり立ち本気で男を仕留めにかかった。
 するとその男は、一瞬にして紅蓮の炎を瞳に宿し、カンダタの斧をいとも簡単に薙ぎ払った。そしてこう告げた。
 こんな世の中だから、人とは争いたくないのだと。
「……オレとは見てる世界が違ェ奴だった。だから興味を持ったのかもしれねェな」
 男とは少しの会話を交わしただけで、すぐに別れ二度と会うことはなかったが、男が見せた瞳はこの歳になっても、思い起こせばすぐにカンダタの心に迫ってくる。
「……それがあのオルテガだったっつうのは、不思議な縁ですね」
 マックは階段を下り終え、ぽつりとつぶやいた。
「……ああ。あいつがおっ死んじまったって聞いた時ァ、オレも少なからずショックを受けたもんよ」
 やがて塔の入口に辿り着き、カンダタは最後に塔を出ると、ふと足を止めた。
 日はもう暮れかけており、遥か天井からは燃えるような夕焼けが広がり始めている。
 今になって思い出した。
 オルテガには、妻と一人の息子がいるということを。
 カンダタは口元を緩め、塔のてっぺんに向かって斧を掲げた。
「あばよ、アルト」
 願わくば、また人生のどこかで会えることを祈って。