ふたりの盗賊 4



 ロマリアの中部から北部にかけて連なる山脈の奥深くに、カザーブ村は存在するという。サーラたちは城下町で入念な準備をし、北へ向けて旅立った。
 一時的にではあるが、仲間に加わったジャックという男。アルトが同行を頼んだのは、おそらくこの地域の知識に長けているのと、オルテガと縁のある人間だということが決め手だったのだろう。
 だが、それだけの理由では、正直言って短絡的な動機と思われる。
 この旅では魔物の危険が常に付きまとう。それをある程度処理出来る人物なのかを見極め、役立たずであれば即刻ロマリアに強制送還させようとサーラは考えていた。
 しかし、ジャックはその懸念を見事に断ち切ったのだった。
 城下町を発ってから初めて魔物に遭遇した時、ジャックはここぞとばかりにいばらの鞭を振りかざし、一網打尽とはいかずまでも敵を弱らせるのに十分な働きをしてくれた。その後サーラたちで止めを刺すという戦法は、今までに比べて格段に効率の良いものだった。
 おまけに、盗賊だった頃の名残か、戦闘を終えるとちゃっかり魔物が隠し持っていたものをいただくという習性も身に付けていた。
 そんなジャックをアルトは即戦力だと褒め称え、男二人は数日の間にすっかり意気投合したようだった。サーラもジャックの能力を認めざるを得なくなり、モエギもまた同じだった。
 カザーブへと続いている山脈のふもとにある、妙に豪華な造りの娯楽施設に立ち寄った時も、ジャックは率先して興味を示した。
「おおっ、すごろく場じゃねーの! いや〜、昔はよくスッたすごろく券で遊んだものよ」
 堂々と過去の犯罪を述べながら施設を歩くジャックに、サーラは閉口した。
「何だ、すごろくって?」
 アルトが無邪気に尋ねる。ジャックが得意げに答えようとすると、モエギがそれに割って入った。
「すごろくっていうのは、サイコロを転がして出た目の数だけマスを進んで、決まった所に止まれたらゴールっていう遊び。あたしの故郷に昔、東の国から伝わってきた遊びなんだよ」
「へえ、よくそんなの思いついたな」
 素直に感心するアルトに対し、ジャックは指を振った。
「まあそんなとこだが、ここはただの遊びじゃねえのよ。魔物も出るし体力も要る。だけど、上手くいきゃ金も物ももらえるっていう、まさに人生を凝縮したギャンブルなんだよ!」
 ジャックの熱弁っぷりにアルトは目を輝かせているが、サーラにはその情熱がいまいち分からなかった。
 だが、旅の資金や役立ちそうな物が手に入るのであれば、素通りする訳にもいかない。
「……ジャック」
「ん? 何、サーラさんやりたい?」
 サーラはいや、と首を振り、腰に提げた袋から一枚の紙を取り出した。
「そこまで好きなら、お前がやって何か獲ってこい」
 微笑してその紙――すごろく券を渡す。ジャックはそれを受け取ると、顔いっぱいに笑みを広げた。
「オレ、すごろく券プレゼントされたの初めてだわ! しかもサーラさんの頼みときたら、オレめちゃめちゃ頑張っちゃうよ〜?」
「まずはどんなものか、お前を実験台にしようと思ってな」
 意地悪に微笑んでみせると、ジャックは微苦笑に顔を歪めた。
「……つれねえなあサーラさん。まあいいや、オレ頑張っちゃお!」
 陽気に階段を駆け上るジャックを見送りながら、改めて掴めない男だとサーラは息をついた。
 施設の二階には、どうやって造り上げたのか巨大なマスのフィールドが連なっており、ジャックは早々にスタートの位置で柔軟体操を行っていた。
「ジャック、頑張れよー!」
 アルトが手を振ると、ジャックはにこにことそれに応え、サーラに視線を移した。
「サーラさん、ゴールしたら何かごほうびくれよー」
「そういうのは獲らぬ狸の皮算用と言うのだ。ゴール出来るものならしてみろ!」
 はっぱをかけたつもりだったが、ジャックはどこか含んだ笑みを放った。もしかすると、ゴールすれば褒美をくれてやってもいい、という意味で受け取ったのではないだろうか。
「これで何も獲ってこれなかったら、後で文句言ってやろうね!」
 モエギが鼻息を荒くして腕を組んだ。サーラは一抹の不安を抱えながらも、ジャックを見守ることにした。
 陽気な元盗賊はサイコロを抱え、力を加減して放り投げる。マスを進む足取りは自負していた通り慣れたものだった。
 止まるマスごとに様々な仕掛けが用意されていたが、ジャックは軽口を叩きながら難なくそれらをこなし、やがてフィールドの奥へ消えていった。
 すると、奥からファンファーレが鳴り響き、サーラたちは顔を見合わせた。スタート地点にいた係員がこちらに向かってくる。
「おめでとうございます! お仲間の皆さんは下でお待ち下さい」
「ってことは、もしかして……」
 アルトは一目散に階下へ降りていった。サーラとモエギも半信半疑でその後を追うと、アルトはジャックと二人で兄弟のようにはしゃいでいた。
 ジャックの手には、いくつかの戦利品がきちんと握られていた。
「すごいよジャック! さすがだな!」
「まあ、オレの手にかかればちょろいもんよ。ほれ、お前にやる」
 アルトは鞘に収められた一振りの剣を渡され、刀身を抜いた。
 それはえんじ色の柄を持つ、鋼から鍛え上げられたすらりとした剣だった。
 アルトは剣を目でひと撫でし、ほうと吐息を漏らした。
「……こんなに立派な剣、もらっていいのか?」
「あったりめえだろ。オレとお前の仲じゃねえか!」
 ジャックが口の端をつり上げると、アルトは新しいおもちゃをもらった子供のように、うきうきと手持ちの武器と取り付けの交換を始めた。それを満足そうに見てから、ジャックはサーラに向き直った。
「どう? オレゴールしたっしょ? 本当はその剣、サーラさんにあげたかったんだけどさ」
 サーラはいそいそとベルトに新しい剣を取り付けるアルトを見やり、自分の剣に視線を落とした。
「……悪いな。私は故郷を出た時からずっと、この剣を使っているのでな」
 ジャックはふーん、と不思議そうにつぶやいてから、ずいとサーラに近寄った。
「そんじゃ、お礼もらおうと思ったんだけど、よく考えりゃすごろく券くれたのはサーラさんだし。だからこれはオレからのお礼」
 にんまり微笑むと、ジャックはほんの一瞬の隙をついて、サーラの頬に口付けた。
「あ」
 アルトとモエギの声が同時に上がり、ジャックは顔を離した。
「オレだってやる時はやる男なんだぜ? サーラちゃん」
 何の悪びれもなく笑顔を保っているジャックに対し、サーラは腹の底が一気に煮えくり返った。
「貴っ……様――!」
 掴みかかろうとするとジャックはそれをひらりとかわし、サーラは憤慨してジャックを追いかけ回した。
「貴様は今ここで私が成敗してくれる! 覚悟しろっ!」
「うわー怒ったサーラさんもステキッ! アルト助けてーっ!」
 ふざけた叫び声を上げるジャックを追いながら視線を動かすと、何故かアルトは複雑な表情で、サーラたちを見つめていたのだった。



 その後サーラがジャックに制裁を加え(ついでにモエギも)、一向は改めてカザーブを目指した。
 アルトは何事もなかったかのようにジャックに接していたが、制裁の後はせがまれてもホイミを使おうとしなかった。
 ジャックには今度何かしたら斬ると脅しをかけておいたが、その反面自分のガードが緩くなっていたことを恨めしく思っていた。
 生まれ持った容姿のせいか、アリアハンにいた頃も言い寄ってくる男はいたが、最初はルイーダにも咎められる程の虚勢を張っていた。
 その自分が、あんな軟派な男にいとも容易く隙をつかれるだなんて、屈辱だった。
 そして、あの時のアルトの表情が、どこか心の中で引っかかっていた。
「おっ、着いた着いた。ほれ、カザーブだ」
 険しい山中を抜けると、木のぬくもり漂う集落がサーラたちを出迎えた。
「うわー、こんな山の中にも、本当に村があったんだ……」
 モエギは辺りを見渡し、感嘆の息を漏らした。サーラは村の中を歩きながら、深く息を吸った。
 高山地帯でこそないものの、この村の穏やかな空気はどことなく、故郷と似ていた。
「サーラ、疲れたか?」
 しばらく立ち止まっていると、隣にアルトが並んだ。サーラはゆっくり首を振る。
「いや……。お前こそ、疲れていないか?」
「俺は大丈夫。でも、今日はゆっくり休みたいかな……」
 膝を押さえ屈み込むアルトは、疲労を心地良く感じているように思えた。
「……私もだ。ほら、宿へ向かうぞ」
 ジャックとモエギは、既に宿の前でサーラたちを待っていた。
「アルト君もお疲れみたいだね。とりあえず休憩して、カンダタについて探りを入れるのは明日にしよっか」
「賛成。と言いたいところだが、オレは飯食ったら地酒でも飲みに出よっかな。サーラさん一緒に行かない?」
 ジャックが杯を飲むふりをしながら誘う。サーラは眉根を寄せた。
「いや、私は遠慮する」
「そう言わずにさ、ねえ?」
 懲りないジャックにきっぱり拒否しようと口を開くと、アルトがモエギを突き出した。
「ジャック、酒ならモエギが強いんだ。飲み比べでもしてこいよ」
「ちょっと! アルト君、あたしこんな奴と二人っきりなんて嫌だよ!」
「安心しろ、オレも激しく意見が一致するから」
 例のごとく口喧嘩が始まり、サーラは頭を抱えた。アルトもこの二人が犬猿の仲と分かっていて、何故一緒に行動させようとするのだろう。
 忠告しようとすると、アルトは二人にこう提案した。
「じゃあさ、こうしよう。二人で飲み比べ対決をするんだ。それで勝った方に、いい装備を買わせてあげるよ」
 咎めようとしたが、モエギとジャックは意外にもそれに乗り、アルトは上機嫌でうなずいた。
「アルト、どうせ買うなら全員いい装備を……」
 火花を散らし合うモエギたちを尻目に囁きかけると、アルトは落ち着き払った様子で答えた。
「分かってるさ。ほら、いざカンダタたちと渡り合うとなったら、チームワークが大事だろ。二人には酒の力を借りてでも馴れ合ってもらわないと」
「いや、ある意味馴れ合っていると思うが……」
 互いに酒豪であることを自慢し合う二人の間に、中から出てきた宿の主人が割って入った。
「お客さんがた、人の店の前で何騒いでるの。泊まるの? 泊まらないのどっち?」
 物凄い剣幕で問われ、モエギとジャックは口を揃えた。
「……泊まります」



 その晩、夕食を終えるとモエギたちは早速夜の酒場に繰り出していった。
 あの二人もなんだかんだ言ってじゃれ合うことをやめないので、実は意外と気が合うのではないだろうかとも思う。
 何でも遠慮なく言いたいことを言い合える仲はある意味、羨ましいと思った。
 サーラが部屋で一人剣の手入れをしていると、扉越しにアルトの声が聞こえた。
「サーラ、入ってもいいか?」
 手を止め、サーラはベッドから腰を上げて扉を開けた。目の前に、旅装束を脱いで軽装に身を包んだアルトが立っていた。
「一人だと落ち着かなくってさ。ジャックとモエギが戻るまで、ここにいてもいいか?」
「……別に、構わないが」
 部屋に通すと、アルトはモエギのベッドに腰を降ろし、辺りを見回した。
「村の宿屋にしてはちゃんといい造りしてるよな。やっぱり旅人が結構来るのかな?」
「さあな。まあ、他にも宿泊客はいるようだがな」
 再び剣の手入れを始めると、アルトは立ち上がって、サーラの隣に移りそれを覗き込んだ。
「……何故わざわざ隣に座る」
「だってさ、もっと間近で見たいんだ」
 しげしげと観察してくるアルトが妙に気になり、サーラは手入れを早めに切り上げることにした。細身の剣を鞘に収めようとすると、アルトは不思議そうにぼやいた。
「……その剣、だいぶ使ってるはずなのに、何で刃こぼれ一つないんだ?」
 鞘をベッドの脇に立てかけると、サーラは首を傾げた。
「私もよく分からないが、聞いた話によると、特別な金属から鍛え上げられている剣らしい」
 買ったのかと尋ねられ、サーラは否定した。
「故郷を出た時に持たされたのだ。私のもう一人の相棒みたいなものだな」
 薄く笑うと、アルトはふーんと目を細めた。
「ところでさ、サーラの故郷ってどこなんだ?」
 突然の質問に、サーラは目を丸くした。そういえば、今までは故郷のことを聞かれてもそれとなくかわしていたような気がする。
 無理もない。アルトは旅立つまで、平和なアリアハン以外の世界を知らなかったのだ。もっと広い世界を知りたいという思いが、このロマリア地方に来て高まっているのだろう。
 サーラも、故郷と似たカザーブの空気に感化されたのか、今日は答える気になれた。
「……私の育った村は、アリアハンのずっと西にある大陸の、深い森の中にある。このカザーブよりもひっそりとしていて、人も少ない村だった」
「そうか……。でも、何年も村を離れて、家族が恋しくなったりしないのか?」
 アルトの問いかけに、サーラは表情を強張らせた。うつむき、静かに口を開く。
「……家族は、いない」
 そう告げると、アルトの表情がゆっくりと、さざなみのように変化を遂げた。
「……え?」
 アルトがまるで自分のことのように力をなくしてしまったので、サーラは逆に慰める側に回らなければいけなくなった。
「そんな顔をするな。今更嘆くような話ではない」
 でも、と眉を下げるアルトは実年齢よりも幼く見えた。まだアリアハンで出会った時の方が大人ぶっていたような気がする。
「肉親はいないが、家族と呼べる人はいた。だから、寂しくはないし、お前が悲しむことはない」
 アルトはサーラを真っ直ぐ見つめた。微かに震える瞳に向かって、サーラはぎこちなく微笑んでみせた。
「……そうか」
 視線を床に落とし、アルトはそっとつぶやいた。それに安堵したのは、寄せられた少年の瞳があまりにも曇りなく、落ち着かなかったせいだろうか。
 静寂がこぢんまりとした部屋に漂う。アルトと二人きりのこの空間は、何故か穏やかな気持ちになれた。
 しばらくして、アルトがぽつりとこぼした。
「……サーラは強いな」
 一瞬耳を疑った。自分の何がアルトをそう思わせたのか、すぐには分からなかった。
「……そうでもない」
 弱い自分を閉じ込めて、出て来ないように外で見張っているだけだ。
 アルトはサーラのつぶやきに大して反応せず、独り言のように漏らした。
「俺は、まだ父さんの背中ばっかり追いかけてる」
「……自分は自分、じゃなかったのか?」
 尋ねてみると、アルトは首を傾げた。
「分からない。だけど目標はやっぱりオルテガっていう英雄で、でもオルテガは俺の父さんで……。いっそ、他人だったら良かったのにって、昔思ったことがある」
 アルトは微笑んだが、いつもオルテガのことを語る時と違って、どこか苦しそうだった。
 他人ならばただひたすら憧れとして追うことが出来る。だが、父と言う密接な関係にあるからこそ、あらゆる思いが積み積もる。
 その思いは、今も続いているのではないだろうか。
「……だが、ジャックからオルテガ様の話は聞いたのだろう?」
 アルトは素直にうなずいた。
「その時は英雄オルテガじゃなくて、父さんの話を聞きたかっただけだ」
 膝の上で拳を握り締め、アルトは瞳を伏せた。意外と睫毛が長いことに気付く。
「どれだけ自分は自分って主張しても、俺はやっぱり、オルテガの息子だし、それを切り離せない」
 それがもどかしい、とアルトは唇をきつく結んだ。
 いつも屈託なく微笑むこの少年が、心の内に抱いていた複雑な感情を知り、サーラは戸惑った。
 改まった時の態度はきっと、オルテガの息子であろうとする気持ちの表れなのだろう。いわばよそ行きの姿だ。
 だが、本当はありのままの自分を、アルトという一人の独立した存在を表現したがっている。
 けれどそうしようとしないのは、おそらく愛する父の名に恥じぬ息子であろうとする気持ちが、同時に存在するからだろう。
 この少年は幼い外見の内側で、どれだけのものを抱えていたのだろうか。
 サーラは熱いものが胸を伝うのを感じ、アルトに語りかけた。
「……アルト」
 それまで険しい表情をしていたアルトは、声をかけると瞳を見開き視線を向けた。サーラはそれを臆することなく受け止め、口を開いた。
「お前の気持ちは、両親を知らない私にはないものだが、分からない程愚かではない」
 口調はいつものものだが、出来るだけ柔らかく言えるよう、はやる鼓動を抑えながら続けた。
「……そのままで、いいのではないだろうか」
 サーラの放った言葉に、アルトは驚きを見せた。人に説教するのは慣れていないが、どうしても言葉をかけたかった。
 この、悩める純粋な少年に。
「確かに、お前とオルテガ様を切り離して見ることは難しい。だがそれは、お前という人間を知らない者からすれば仕方のないことだ」
 ほとんどの人間はオルテガを知っていても、その息子であるアルトまでをも最初から知っている訳ではない。
「これからきっと、皆お前のことを知れば、お前を見てくれる。それに――」
 サーラは一旦言葉を切り、アルトを見つめた。
 出会った頃、ただこの少年に苛立っていた感情はもう失せかけていた。サーラは自然と表情を和らげた。
「お前が父上を好いている故の葛藤は、とても――尊いと思う」
 言い終えて、サーラは自分の発言に動揺した。
 今のは本当に、いつもの自分だったのだろうか。
 視線を外した後、そっとアルトをうかがうと、少年は弾かれたように顔を背け、微かに鼻をすすった。
 その様子を見守っていると、アルトは勢い良く立ち上がり、口早に告げた。
「……ありがとな、サーラ!」
 そして顔を見せないまま、大股で入口に向かい、そさくさと部屋を出ていった。
 それを見送り、サーラは肩にこもっていた力を抜くと、古びた扉を見つめた。
「……私は」
 多分、やっとアルトという少年だけを、見つめ始めることが出来たのだろう。