ふたりの盗賊 3



 格闘場と言っても、美しく整えられた城下町にそのような異質の建物はどこにも見当たらない。人々に話を聞くと、どうやらそれは店の地下に設けられた施設らしい。
 その店に辿り着いた頃にはもう日も暮れかかっており、その割には同じく地下へと潜っていく人々の姿も数多く見ることが出来た。
 格闘場と名のつくからには、人間同士が武闘などで競い合う見世物だと思っていたが、実際にはサーラの想像と全く違ったものだった。
 深く掘られたコロシアムの中で、調教された魔物たちが争いを繰り広げ、どの魔物が最後に生き残るかを予想するという、賭博場だったのだ。
 様々な風貌の男女がコロシアムに群がり、魔物の殺し合いを見物しながら一喜一憂する。初めて目にする異様な光景に、サーラは顔をしかめた。
「普段は魔物を恐れながら暮らしているというのに、魔物同士の争いは見れるのだな……」
「サーラ、別にあたしたちこれをやりに来てるんじゃないんだから、気にしないの!」
 モエギも格闘場の実態を目の当たりにして多少引いていたが、明るく振る舞った。アルトはというと、呼び込みのバニーガールにいつの間にか捕まっている。
「あら、キミみたいな若い子も興味あるの? いいわよ、お姉さんが手取り足取り教えてあげる」
 甘ったるい声でアルトの手を取ろうとするバニーを見て、サーラはモエギより先にその手を押し止めた。
「私たちは賭博をしに来たのではない。カンダタという奴を知っているか」
 するとバニーは不機嫌そうに眉を歪め、知らないとつぶやき別の客をひっかけに行った。
「ありがとな、サーラ。あの人香水の匂いがきつくってさ……」
 アルトが鼻の前で手のひらをはためかせると、サーラは思わず笑みをこぼした。
「何だよ、また子供扱いする気か?」
「いや、別に」
 すると、アルトはしばしサーラを見つめた。曇り一つない瞳を向けられ、急に落ち着かなくなる。
「……うん、サーラの方がいいや」
「なっ……」
 意味深な言葉を放たれ戸惑っていると、背後からモエギが顔を覗かせた。
「ほーう。いつの間にか仲良しさんになったみたいで」
「モエギ、からかうな!」
 声を荒げてもモエギは奇妙な笑顔を浮かべている。これさえなければ良き相棒なのだが。
「とりあえず、手当たり次第カンダタのことを聞いてみようか」
 何事もなかったかのようにアルトが提案し、サーラとモエギもそれに賛同した。
 手始めに商人風の男に声を掛けようとすると、横から音もなく一人の男が行く手を阻んだ。
「ちょっと、そこのおねえさん」
 サーラたちの目の前に割り込んできた男は、歳は若くなかなか端正な顔立ちをしていた。黒のタートルネックにマスタード色のベストを羽織り、少々薄汚れた白のカーゴパンツを革のブーツに入れ履きこなしている。
 そして何より目立つのが、照明の光を受けて白銀に輝く、毛先の鋭い短髪だった。
 男は整った顔立ちをにへら、と崩し、サーラに目線を合わせ話し始めた。
「おねえさん、ここの賭場は初めてかい? 今ならたったの四十二ゴールドで、金がガッポリ儲けられるんだけどどう?」
 締まりのない笑顔とは裏腹に、どこか抜け目のなさそうな口調。その手には、コロシアムを囲む人々が持っているのと同じ賭け札が握られている。
 サーラはまた呼び込みか、とため息を挟み、即座に返した。
「賭博には興味がない。それより――」
「へぇ〜、おねえさん顔に似合わず無骨な喋り方するのね。でもそこがまたそそられるわ」
 えへへと声を漏らし、男は口を挟む隙を与えず続けた。
「まあ、そう言わずやってみなって。この札絶対当たるからさ。な」
 無理矢理手を取り札を押し付けようとする男に、サーラは我慢しきれず腰に提げた鞘から剣を抜こうとした。
「ちょっと、サーラ!」
 慌ててモエギが制止し、ずいと男の前に出て睨み上げた。
「あのね、サーラはあんたみたいな男が一番嫌いなの! ついでにあたしもね!」
 男はモエギを見下ろし、一通り眺めると吹き出した。
「お生憎様、ガキには興味ねーよ」
「ムッカー! あたしこれでも十九なんだけど!」
「十九!? どう見ても十六以下にしか見えねー」
 男は勧誘を忘れ、腹を抱えて笑い出した。それに憤慨するモエギとを交互に見やり、サーラはうんざりとため息をついた。
 ひとしきり笑うと、男は性懲りもなくサーラに向き直った。
「まあとにかく、この札でぼろ儲けしたらさ、夜の酒場にしゃれ込まないかい?」
 取ってつけたような誘い文句に、サーラは歯が浮くのを感じたが、まだ文句を並べているモエギを追いやり、今度はアルトが進み出た。
「いい加減にしろよ。俺たちは遊びに来たんじゃない」
 男はアルトに視線を動かすと、一気に興ざめした。
「……男のガキはもっと興味ねーや」
「それならそれでいい。カンダタって奴を知らないか」
 すると、男の目の色が変わった。
「……へえ。あんたら、あいつを知ってるのか」
「そう言う貴様こそ、カンダタをあいつ呼ばわりとは随分親しげだな」
 サーラが鋭く睨みをきかせると、男は札を握りつぶし諸手を上げた。
「あー、いや知ってるけど、オレカンダタの一味じゃないからね? そこんとこヨロシク」
 サーラたちが詰め寄ると、男はたじたじといった様子で冷や汗を流した。
「それじゃあ、潔白を証明してもらおうじゃないの」
 モエギのとどめの一言に、男はふてくした声で「……へいへい」とぼやいた。



 男はジャックと名乗り、歳はサーラの二つ上であることが判明した。
「最近この国に流れ着いてよ。所持金も底をついてたし、頼み込んであそこで働かせてもらってたワケ」
「それがあのボッタクリだったって訳、と」
 サーラたちは町の酒場でジャックから話を伺うことにした。サーラとモエギがアルトとテーブルを挟み、その間にジャックが椅子にもたれて座っている。
 中心となって話を進めるのはモエギで、ジャックはそれをつまらなさそうに受け答えていた。
「つーか、なんでガキに事情聴取されてんのオレ。なんかのごっこ遊び?」
「うるさいなあ。ていうか、あたしにはモエギっていうれっきとした名前があるんだけど」
 ジャックは適当に聞き流すと、耳をほじりながらサーラに目を向けた。
「で、おねえさんは名前なんて言うの?」
「……サーラだが」
「サーラ! いーねピッタリ! 早速呼び捨てしてもいい?」
「貴様に呼び捨てされる筋合いはない」
 氷のような眼差しを送ると、ジャックは歯を出して苦笑した。
「で、俺はアルト。俺たちはアリアハンから来たんだ」
 へーとジャックは一旦聞き流してから、急に目の色を変えアルトをまじまじと見つめた。
「……アリアハンって、あのオルテガの?」
「父さんを知ってるのか?」
 アルトの問いかけにジャックは一瞬固まり、一人で笑い出した。指など指しながら、実に豪快な笑い声を上げる。
「まさか、お前がオルテガの……! マジかよ! うっわすっげー! オレって超ツイてる? やっべーっ!」
 一人で盛り上がるこの得体の知れない男を、サーラたちは呆然と眺めていた。この男はシラフで笑い上戸らしい。
 ジャックは目じりを手の甲で拭いながら、いきなりアルトの肩をつかんだ。
「あーすまねえ。オレさ、昔オルテガさんに会ったことあるんだわ」
「本当か!? どこで!?」
 アルトが声を上げると、ジャックはきょとんとした顔で尋ねた。
「え? あれ、家に戻ったんじゃねえの?」
 ジャックはオルテガの訃報を知らなかったらしい。サーラが説明しようとすると、アルト自らそれを話した。
 オルテガがネクロゴンドの火山で消息を絶ったのは、もう十年近く前のことになる。そのためか、オルテガのことを語るアルトの様子は落ち着いていた。
 だが、サーラはそんなアルトを羨ましい、と思った。
 サーラには両親の記憶がない。気が付いた時には森の中の村で神父に育てられ、彼こそが本当の親だと思っていた。
 神父は元気にしているだろうか――サーラは遠い故郷に思いを馳せた。
「……そっか。そりゃ、残念だ」
 毛先の尖った髪を掻くと、ジャックはグラスに入った安酒に口をつけた。注文してからまだ一度も手をつけていなかったのだ。
「気を取り直して、本題に入りたいんだけどいい?」
 モエギが遠慮がちに尋ねると、ジャックはうなずいた。
「あんたは、カンダタとどういう知り合いなの?」
 それに対し、ジャックは少し間を置いた後、こう答えた。
「……仲間だよ。昔のな」
「仲間ってことは、あんたも――」
 アルトが言いかけると、ジャックは手を振って否定した。
「だから、今は違うっつーの。けどまあ、盗賊だった時期もあったかなってこと」
「どうりでちゃらついた男だと思った」
「んだと、ガキには言われたくねーよ!」
 モエギとジャックが火花を散らす。ガキ呼ばわりしているモエギに食ってかかる方も、同等の精神レベルだと思うが――サーラは咳ばらいをし、話を戻した。
「ということは、貴様――お前もカンダタの盗賊団にいたのか」
 ジャックは首を左右に振り、グラスの氷を弄びながら返答した。
「いんや。昔所属していた盗賊団に、カンダタもいたのよ。けどカンダタは頭領と考え方が違ってよ、自分から子分を引き抜いて分裂したんだわ」
 元々ここから南東を活動拠点にしていた盗賊団から抜けたカンダタは、同じ地域で成り上がるのは難しいと判断し、拠点をロマリアの方に置いたのだろうとジャックは語った。
「奴に遅れてオレも団を抜けて、今は賊抜けを図っているわけよ」
「その割には、やっていることがずるいな」
 単刀直入にアルトが指摘すると、ジャックは上等だとでも言うように口の端を上げた。
「お前みたいな育ちのいい奴にゃ分かんねえよ。金のためならな、オレはどんなこすい手使ってでも稼げんだよ」
 ならば盗賊稼業を何故辞めたのだろう、とサーラは疑問を感じたが、本題から逸れるので聞かないことにした。
「それで、カンダタ一味の消息は知っているのか」
 ジャックは口元に手を当て腕を組み、視線を遊ばせた。
「さあねえ……。でも、ある程度の予想はつくかな」
「じゃあ、ジャックの考えを聞かせてくれ。見たところ、俺たちよりこの辺のことには詳しそうだし」
 アルトが期待を込めると、ジャックはそう? と上機嫌で説明を始めた。
「まず、ここロマリアってのは丁度三つの地域の中継地点になってるんだ」
 ジャックはサーラたちから正面に見えるように、グラスをすっと動かしロマリアと仮定した。
「ロマリアの南東には商業都市アッサラーム。逆に西には、海洋貿易で栄えているポルトガって国がある」
 位置通りに他のグラスを動かし、ジャックは最後に自分のグラスを自分の前に置いた。
「んでもって、北のカザーブ村。このカザーブあたりまではロマリアの国領になってるんだが、何せ険しい山中にある村だから、ほとんど自治区域だな」
「随分詳しいな」
 サーラが感心の声を上げると、ジャックは得意げに目を細めた。
「どう? 地理に詳しい男ってモテる?」
「そういうことを聞く奴はモテないよ」
 モエギが水を差すとジャックは口を尖らせたが、説明を続けた。
「んで、カンダタたちはここからカザーブにかけて出没しているって噂だが、そこら辺にねぐらを構えているとは思えねえんだよな」
「もしそうだったとしたら、今頃城の兵士たちが見つけてるもんな」アルトがうなずいた。
 ジャックは微笑すると、手前のグラスをたん、とテーブルに叩きつけた。
「となると、怪しいのはカザーブ周辺にかけて、だ」
「カザーブのあたりについても詳しいのか?」
 サーラの問いに、それまで自信満々に語っていたジャックが一瞬ひるみ、こめかみのあたりを指で掻いた。
「いやー、オレが詳しいのはここまで。そっから先は未知の領域ってかんじ」
「何だ、頼りにならない奴だな」
 落胆するサーラに、アルトはいや、と首を振った。
「それだけ絞れたら、後はカザーブまで行けば多分、見当はつくんじゃないかな。十分だ、ジャック」
 アルトが微笑みかけると、ジャックは感嘆の目つきで見つめ返し、その手を取り少年に詰め寄った。
「お前、さっすがオルテガさんの息子だな。オレぁ気に入ったぜ!」
 そしてアルトの肩を力加減なしにばんばん叩き、酒の追加注文をした。
「ちょっと、アルト君をあんたみたいなうさんくさい奴に近づけたくないんだけど!」
「うっせー、もしかしてお前こいつのこと好きとか? だったらマジでウケる」
「ふっ……ざけんなこの白髪!」
「んだとこの貧乳!」
 ついにモエギとジャックの間に戦が勃発した。二人の言い争いを、他の客はつまみ代わりに楽しんでいる。アルトが仲裁に入る中、サーラはモエギの態度に驚きを覚えていた。
 今、モエギの頬が朱に染まったのは気のせいだろうか。
 アルトを一目見たときから、モエギは少年をひどく気に入った様子だったが――サーラは複雑な感情に見舞われ、それに苛立ちを覚えた。
 モエギとジャックの争いが一旦収まると、アルトはジャックに向かって申し出た。
「……あのさ、もし良かったら、カンダタ探しに協力してくれないか?」
 ジャックがきょとんとした顔で聞き返す。モエギの抗議をなだめつつ、アルトは続けた。
「それに、オルテガの……父さんの話を、聞かせて欲しいんだ」
 そう言って微笑んだアルトの表情はわずかに憂いを帯びていて、サーラは胸のあたりが小さく絞られるような気がした。
 ジャックは少し唸ってから、よしと明るい声を上げた。
「いいぜ、お前の頼みなら。それに、キレイなおねえさんもいることだし」
 サーラはハッとして、ジャックに視線を移した。
「つーわけで、よろしくなサーラさん! と、チビ助」
「誰がチビ助だってこの二枚目半!」
 再び口論が始まると、アルトはサーラに歩み寄った。
「大丈夫、悪人には見えないよ」
 いつもの人なつっこい笑みを見せるアルトから目を背け、サーラはつぶやいた。
「……もし何かしでかしたら、私が責任を持って始末してやる」
「あはは、ホント用心深いよなサーラは」
 ちらと視線をやると、屈託のないアルトの笑顔があった。
 不思議なものだ。モエギもジャックも、民も国の王でさえ、この年端もいかない少年に魅かれ、何かを見出そうとする。
 自分はどうなのだろう。サーラはグラスの酒を口に注ぎ込んだ。
 魅かれていないと言ったら、嘘になるのだろうか。