ふたりの盗賊 1



 その村は、深く鬱蒼とした森の奥にひっそりと、息づいていた。
 険しい山脈から流れる川に面した村は穏やかな空気が漂い、人々もそれに同調するように暮らしを営んでいた。
 そして彼女も、その一人だった。
 彼女は物心ついた頃から村の教会で育ち、村人からも可憐な少女として親しまれていた。捨て子にしては品のある娘で、年月を重ねるにつれその美しさは輝きを増していった。
 やがて年頃になった彼女は、村のとある少年に淡い想いを抱くようになった。
 その少年は、村を魔物の手から守る守人の家系の者で、昔から彼女も馴染みがあった。少々おごる所があったが、明るくやんちゃな少年で、憧れはいつしか恋心へと姿を変えていた。
 だが、大人へと近付くにつれ、少年は段々と人柄が変わり、村の中でも悪い連中とつるむようになった。
 少年の評判は悪化し、それに耐えられなくなった彼女は、ある日少年に訴えた。昔の貴方に戻って、と。
 だが少年は聞く耳を持たず、それどころか彼女の好意に勘付き、その気持ちを弄んだ。
 最初は想いが通じ、戸惑いつつも少年と恋仲になった喜びを噛みしめていた彼女だが、少年は真剣に彼女を想っておらず、やがて別の娘と関係を結んだ。
 その時既に彼女は、少年に身も心も全て許した後だった。
 それからしばらくして、少年は素行の悪さから勘当され、乗り換えた娘を連れて村を出ていった。
 一連の出来事は村中の噂となり、彼女は同情と好奇心の目から隠れるようにして悲嘆に明け暮れた。
 そして彼女に残ったのは、男に対する不信感と、自分の弱さを許さない、鋼のように凍てついた心だった。
 彼女は剣術に打ち込むようになり、次第に言葉遣いも愛想のないものへと変貌していった。それに反して、容姿はさらに女としての磨きがかかり、彼女を艶やかに仕立てていった。
 血の滲むような努力を重ね、彼女はついに守人の長とも互角に渡り合える程の剣士となった。だが彼女は、その力を村のために注ぐ気にはもう、なれなかった。
 十数年間暮らした村での出来事を振り切るため、彼女は一人、森を出て未知の世界へと旅立った。
 育ての親だった神父が託してくれた、片道だけの乗船券。その行き先は、神父の話にもよく出てきた場所だった。
 古の王都――アリアハン。



 かたん、とくべた薪が崩れ落ちる音を耳にして、サーラは寝ぼけた眼を軽くこすった。見張り番をしているうちに居眠りをしてしまったようだ。
 膝にうずめていた顔を上げると、下火となった焚き火を挟むようにして、小柄な女と少年が毛布に包まり寝息を立てていた。
 ああ、夢だったのか――サーラは眉間を押さえた。
 村を出てからもう四年近く経つというのに、未だにあの頃の夢を見るのか。所詮過去を全て捨てることなど出来やしないのだ。口元が苦笑に歪む。
 天を仰ぐと、木々の間から星空が望める。もう見張りを続けてから随分経つ。そろそろ交代の時間だろう。
 サーラは立ち上がると、少年の枕元にそっとしゃがみ込んだ。
 安らかな寝顔にはまだあどけなさが残っており、見る者を和ませる。サーラも例外ではなかった。
 が、そんな自分を振り払い、サーラは少年の肩を揺さぶった。
「……起きろ、交代だぞ」
 少年は唸り声を上げ、何度か身体をもぞもぞさせると、虚ろな目でサーラに焦点を合わせた。
「んん……もうか?」
 少しすねたような声が上がるが、サーラは容赦なく少年の毛布を引き剥がした。
「ったく、これだからガキは……」
「何だって?」
 ガキという単語に反応し、少年は顔をこするとサーラに渋い表情を向けた。
「あのさ、何かにつけて俺のことガキって言うのやめてくれよ……」
「少なくとも、私よりはガキに違いないだろ」
 冷たくあしらうと、少年はむくれてあぐらをかいた。
「分かったよ。もう寝ろよ」
 ああ、と短く返事をして、サーラは自分の場所に戻り寝る用意をした。
「ちぇっ。いつか、絶対見返してやるからな……」
 背中越しに少年の独り言が聞こえたが、サーラは知らない振りをして毛布を被った。
 十六の男というのは、こんなに幼いものだったろうか。



 アリアハンを発ってから半月以上経過し、サーラたちの旅も徐々に軌道に乗ってきた。
 オルテガの息子アルトは旅の経験もなく、実戦もほとんど初めてだったが、柔軟性に富んだ少年で、旅立ってから数日で順応した。
 やはり血は争えないのか、アルトの戦いに関するセンスは剣術に熟練したサーラから見ても目を見張るものがある。一度勝負で敗れた手前なので、面と向かって褒めてやることはなかったが。
 それに加えアルトは非常に人なつっこく、何かにつけてサーラやモエギに話しかけ、自分の意見や思いを明朗に伝えた。それだけでなく、途中に立ち寄ったレーベの村人たちともすぐに打ち解け、容易に情報を集めることが出来た。
 おそらく、この少年に備わっている天性のものなのだろう。
 そんなアルトをモエギはさらに気に入ったらしく、旅の合間に今までのことをあれこれ聞き出していた。
 そこから分かったことは、父方の祖父から剣術を教わっていたこと、剣術に明け暮れるだけでなく母親の手伝いもしていたこと、そしてオルテガの息子ということをあまり気負わず育てられたこと。
「そりゃ、父さんは俺の目標だし、立派な人だったと思う。だけど父さんは父さん、俺は俺、って思ってるから」
 それでも偉大な父をプレッシャーに感じることは少なくないと、アルトは笑って答えていた。
 サーラはまだ完全に気を許していなかったが、四六時中行動を共にするとなると、嫌でも距離は縮まっていくものだ。そのお陰で普通の会話は日常茶飯事となってしまった。とはいえ、相変わらず憎まれ口を叩くことがほとんどなのだが。
 だが、この旅に問題点がない訳でもなかった。
 それは、魔法を使えるのがアルトだけということだ。しかもアルトの魔力は剣術と比べまだ未熟なもので、力にして乏しいことは明白だった。
 何故術者を仲間に迎えなかったのか問い詰めてみると、
「あの中には、俺のやろうとしていることを真剣に協力してくれそうな人がいなかった」らしい。
 おそらく、町民の護衛に飽き飽きしていた酒場の冒険者たちに、刺激のある旅に出たいというエゴをぶつけられたのだろう。
 それなら何故私に頼んだのかと尋ねると、アルトはこう答えた。
「サーラは、エゴで生きているようには見えなかったから」
 その時は何も知らないくせに、と一蹴したが、否定はしなかった。何故か出来なかったのだ。
 そして、旅が始まってから丁度、一ヵ月が経とうとしていた。