始まりの勝負 4



 モエギは、二階へ行きサーラの様子を確認した後、階下へと降りてきた。
「サーラ、何て?」
 ルイーダが怪訝そうに尋ねる。モエギは先程見てきたサーラの表情が頭から離れないまま、答えた。
「勝負を受けるって。今準備してる」
 告げた途端、冒険者たちは再び騒ぎ始め、皆好き勝手にサーラのことを喋り出した。モエギは嘆息し、肩をすくめる。
 サーラはあの性格だから、この酒場の中でも異質な存在で、普段サーラがいる時はそうでもないのだが、彼女のいない時はよく話のタネになったりしている。それがほとんど品のない話なので、聞くに耐えない。
 だが、飛び交う噂の全てが、全く違うとは言いきれなかった。
 モエギは、サーラの何かに取り憑かれたかのような怒りに満ちた表情と、以前彼女が自分だけに打ち明けてくれた過去を思い出していた。
 サーラから信じるという概念を奪い取った、出来事を。
「あの」
 突然声をかけられ、モエギは我に返り声の主に目をやった。
「君はあの人と親しいのか?」
 オルテガの息子アルトは澄んだ眼差しでモエギに問いてきた。いつもは年下に馴れ馴れしく話しかけられるのは気に食わないのだが、この少年に限っては悪くないとあえて指摘せず返答した。
「もっちろん! サーラの相棒ときたら、この東洋系美少女モエギって決まってんのよ!」
 得意気に胸を張るモエギに対し、アルトは神妙な面持ちをしている。半分うけ狙いだったのだが。
 アルトは瞳を伏せ、こうつぶやいた。
「……あの人は、何でいつもあんなに悲しそうなんだ」
 モエギははっとして、アルトのあどけない顔をまじまじと見つめた。それは問いかけのようであり、独り言のようでもあった。ルイーダの方を見やると、彼女もアルトの発言に驚きの色を見せていた。
「……サーラと、知り合いなの?」
 アルトはためらうことなくうなずき、話し出した。
「俺が十三歳ぐらいの頃、あの人に一度だけ、会ったことがあるんだ……」
 モエギとルイーダは顔を見合わせ、目をぱちくりさせた。少なくともモエギは、サーラからそのような話は聞いていない。
 アルトは喧騒の中でもよく通る、はっきりした声で話す。
「俺はその頃、ひたすら剣の稽古をしていて、ある日腕試しに一人で町の外に出たんだ。そしたら、スライムの群れに襲われて、あっという間にピンチになってしまって……」
 言い淀んでから、拳を握り締めるアルト。
「もう駄目かもしれない、そう思ったときに俺を助けてくれたのがあの人……サーラだった」
 話によると、サーラは舞うような剣さばきでスライムを一掃し、その姿はまるで物語に出てくる戦乙女のようだったという。少々大げさではあったが、アルトにとってはそれ程インパクトがあったのだろう。
 サーラは簡単な手当てを施し、城下町の入口まで自分を送ってくれた、とアルトは懐かしそうに語った。
 だが、その表情はどこか寂しげだった。
「あの時から、あの女は何かに怒っていて、悲しそうな顔をしていた。助けてもらった時は気付かなかったけれど、その時のことを思い返すと、そればっかりが頭に残っていて……」
「……そうだったんだ」
 モエギはアルトの話を頭の中で繰り返し、ふと思い付いた。
「ねえ、違ったら悪いけど……昨日サーラが会った男の子って、もしかしてキミ?」
 すると、アルトは瞬きをした後、
「ああ……会ったよ」
「なら、どうして昔のことを話さなかったの!? サーラったら全然思い出せなかったんだよ! キミが言っていたら、サーラだって……」
 だが、いずれにせよサーラは、アルトがオルテガの息子であることを今日初めて知ったはずだ。ならば、あの態度はどのみち変わらなかったのかもしれない。
 サーラはきっと、自分の経験が勝手に作り上げてしまった、英雄の息子というイメージから抜け出せずにいるのだ。
 この少年を――アルトという少年をまだ、見てあげられないのだ。
「……俺からは、言いたくなかったんだ」
「え?」
 アルトはきっと力強い瞳でモエギを見据えた。
「いくら年上でも、俺は女に助けられたのが悔しかった。だけど、あの人は俺の目標でもあった。だから、もっと強くなって、いつか勝負してみたいって、ずっと思ってきたんだ」
 その瞳は情熱に満ち溢れている。かつて、こんなにも輝く瞳をした少年に会ったことがあっただろうか?
 そして、この少年に思われていながら、あのような態度しかとることの出来ないサーラに微かな嫉妬と、同情を覚えた。
 だが、もしかすると――モエギは、自然と言葉を発していた。
「ねえ、お願い」
 アルトがきょとんとした表情でこちらを見る。モエギは、サーラの憎しみに歪んだ表情を思い浮かべながら、言った。
「絶対に、サーラに勝って」
 そして、サーラを救ってあげて。