始まりの勝負 3



 翌日、酒場はいつもとは違う賑わいを見せていた。
「ルイーダさん、今日はいつもに増して皆騒々しいな。何だというのだ?」
 サーラは普段着で一階に降りてくると、カウンターに肘をついた。冒険者たちは興奮気味に何かについて弁論している。その中心にあるのは、どうやら一部の新聞のようだ。
 ルイーダはにこにこしながら、店の外を見やった。
「言ったでしょ? オルテガさんとこの息子、今日旅立つのよ」
 そう言えばそうだった。昨日の少年のことで頭がいっぱいだったので、オルテガの息子のことは記憶の片隅に追いやられていた。
 結局少年のことは思い出せないままだったので、サーラは気持ちを切り替えて輪の中に入った。
「さっきから何を見ているのだ?」
「あ、サーラ見てよこれ!」
 冒険者仲間の魔法使いに新聞を押し付けられ、サーラはその一面を読み上げた。
「何……“英雄オルテガの息子、本日国王陛下に謁見”……」
 流石は英雄の息子だ。王とご面会って訳か。皮肉げな笑みが浮かぶ。
 いくら何でも盛り上がりすぎなのではないだろうか。それとも、その息子というのは一面を飾るほどの素晴らしい人物だとでもいうのか。
「誰か、この息子のこと知ってる奴はいないのか?」
 すると、中年の僧侶が口髭をいじりながら答えた。
「確か、つい数日前ここに来ましたよ。その時は皆出払っていたので、ルイーダさんと私ぐらいしか会っていないはずです」
「どんな奴だった?」
 僧侶が口を開くと同時に、入り口のベルが軽やかに客の来訪を告げた。その場にいる全員が、扉の方に注目する。サーラも視線を動かす。それまでの騒ぎが嘘のように、酒場は静まり返った。
 扉は軋んだ音を立てながらゆっくりと開かれ、人影が一歩中に進み出る。
 昨日の、あの少年だった。
「こんにちは、ルイーダさん」
「よく来たね! さあ、こっちへおいでなさいな」
 丁寧にお辞儀をする少年に、ルイーダは瞳を輝かせ歩み寄った。
 少年は昨日とはうって変わって、旅装束に身を包み、額には金属製の鉢金を被り髪を逆立てている。背中には銅の剣を背負い、今すぐにでも旅立てそうな出立ちだった。
 そこで、サーラははっとした。
 まさか――
 ルイーダは少年の両肩に手を置き、母親のような慈しみのこもった眼差しでしみじみと言った。
「こうして見ると、あんたのお父様の若い頃を思い出すよ」
「ありがとう」
 少年は少しはにかんでみせると、サーラたちの方に向き直った。目が合う。真っ直ぐな瞳だけが変わらず、サーラは視線をそらした。心臓が落ち着きを失い、新聞をつかむ力が強くなる。
 ルイーダは我が息子を紹介するかのように、声高らかに告げた。
「みんな、この子が我らオルテガ様の息子、アルトだよ!」
 酒場は一斉に歓声を上げ、少年を――アルトを歓迎するため群がった。アルトは戸惑いながらも、笑顔でそれを受け入れる。サーラだけが、取り残されたかのように立ち尽くしていた。
 冒険者たちはアルトを取り囲むと握手をしたり拝んだり、口々に話しかけ始めた。アルトは一人一人に人なつっこい笑みで答える。ルイーダはその様子を満足げに見守っていた。
「いやーん、やっぱり美少年! 程よくたくましいしもう最高! ねえサーラ、あたしたちも話しに行こう!」
 モエギが興奮気味に促すが、サーラはただこの状況を受け入れるのに精一杯だった。
 あの少年が、オルテガの息子?
 そこには喜びも失望もなく、ただ驚愕だけがサーラを支配していた。
 冒険者たちが一旦落ち着くと、アルトは人が変わったかのように表情を引き締め、こう切り出した。
「皆、聞いてください。俺の父は、何年も前に志半ばで命を落としました。さぞかし無念だったことでしょう。
 俺も、成長するにしたがって父の偉大さを知るようになり、父の名に恥じぬよう強くなりたいと願い、今日この日を迎えました」
 周囲は皆うんうんと深くうなずきながら、アルトの話に聞き入っている。だがサーラはその話し方が気にくわなかった。
 昨日とはまるで別人ではないか。
 アルトはサーラの方には目もくれず、続ける。
「だけど、俺一人ではきっと、父のように悲運をたどることになるでしょう。だから、俺と一緒に戦ってくれる人を探しに、ここへ来たんです」
 アルトが口を閉じると、冒険者たちは火がついたように次々と自己アピールを始めた。だが、アルトはそれを制止し、告げた。
「待ってください。俺はもう、一緒に戦って欲しい人を決めているんです。まずはその人と話をさせてください」
 アルトはゆったりとした足取りで、こちらへ近付いてきた。その瞳は自分を映している。冒険者たちが途端にどよめき、はやし立てた。
「ちょっと、サーラこっちに来たよ!」
 モエギが袖をつまんで引っ張る。サーラはアルトに厳しい視線を向けた。
 オルテガの息子が何だというのだ。自分には協力する義理も筋合いもないはずだ。
 アルトはサーラの真正面に立つと、真顔でこう言った。
「俺のこと、思い出したか?」
 サーラはわざと見下すような目つきでアルトを一瞥し、ふいとそっぽを向いた。
「なら、今はそれでいい。俺と勝負してくれないか」
 思いがけない申し出に、サーラの片眉がぴくりと動く。
「あんたが勝ったら、他の人に頼む。だけど、俺が勝ったら、一緒に来て欲しい」
「……嫌だと言ったら?」
 サーラの言い方をモエギが咎めるが、言い直すつもりはない。
 アルトは表情を動かさず、淡々と告げた。
「あんたは俺に負けるのが嫌なんだと思うことにする」
「きさま!」
 サーラはカッとなってアルトの胸ぐらをつかんだ。酒場が異様な空気に包まれる。
 何故、この少年はこんなにも心をかき乱すのだろう。イラつかせるのだろう。
 たかがガキのくせに。
「オルテガ様の息子ってのはそんなに偉いのか。強いのか。
 何でも自分の思い通りになると思うな!」
 吐き捨てると、サーラは階段を駆け上がり二階の突き当たりの部屋の前で立ち止まった。
 思い知らせてやる。
 英雄の息子などという肩書きが、どれほど意味のないものなのかを。